第四十一話。
そのまま草原を飛んでいると、下にブラキオサウルスの群れが見えた。
でかい。
前世でも見たことはあったが、空から見るとまた違う。大体二十メートルほどはある巨体が、何頭もゆっくり首を動かしながら草を食んでいる。首の動き一つ、足の踏み出し一つがひどく悠然としていて、周囲の小さな恐竜や草地そのものが、その巨体のために用意された舞台みたいに見えた。
俺に気づく様子はない。
ディモルフォドンの小さな影など、あいつらからすれば虫に近いのだろう。
「……すごいな」
小さな嘴の奥でそう呟く。
さらに視線を上げると、空の高いところを、かなり大きな影が横切っていった。
翼が、でかい。
ディモルフォドンやプテラノドンとは比べものにならない。滑空するだけで空そのものを切り取っていくような存在感がある。
「あれ、ケツァルコアトルってやつだ」
思わず嬉しくなる。
前世で設定だけは書いて、実際にじっくり見た記憶の薄い古代翼竜だ。空の王者。あれに変身できたら面白いだろうが、今の俺にはまだ無理だろう。大きさが違いすぎる。
だが、見られただけでも少し得をした気分になった。
次の玄室へ行きたい。
その気持ちはある。だがその前に、どうしても偵察しておきたい場所があった。
十七階のボス部屋。
ピラミッドだ。
あそこにはレッサードラゴンがいる。前世でも相当苦戦した相手だし、倒して地上へ持って帰ればかなりの金になったことも思い出す。今すぐ戦うつもりはない。ミラーカにも止められている。だが、周囲の様子だけは見ておきたい。
俺はディモルフォドンの翼を傾け、ピラミッドの方へ進路を取った。
草原が徐々に荒れた地面に変わり、その向こうに石の巨大建造物が見えてくる。
ピラミッド。
かなりデカい。
近づくにつれ、その圧が分かる。迷宮の地下にこんなものがあるのがおかしいと改めて思うが、ここではそういう理屈はもう意味がない。古い石積みの階段が何層にも重なり、頂部近くには大きく口を開けた入口がある。あの中に、レッサードラゴンがいる。
「相変わらず、嫌な存在感だな……」
俺は高度を少し上げ、周囲を観察した。
ここの周りは、以前はラプターだらけだった。
今もそうか。
答えは、そうだった。
やはりラプターが沢山いる。
草陰にも、石の陰にも、小型の二足歩行恐竜たちがうろついていた。群れで動き、獲物を探し、時々ピラミッドの方へ視線を向けている。あれだけでも相当に面倒だ。
だが、それだけじゃなかった。
「……アロサウルスまでいるのか」
より大きい影が見える。
太い尾、強靭な後脚、重そうな頭部。ティラノサウルスほどではないが、それでも十分に危険な肉食恐竜だ。ラプターの群れに加え、アロサウルスまでいるとなると、ボス戦以前に周辺の突破だけでかなり消耗する。
「厄介だな」
そう思いながらも、俺はそこで深入りはしなかった。
目的は偵察だ。
周囲の配置と危険度が分かれば十分。
俺は森の中にある次の玄室へ向かうことにした。どうせここにもカルノタウルスがいるだろうし、あと一体くらいなら狩って帰ってもいい。
森へ入る。
草原より視界が悪い。だがフクロウの術を重ねている今なら、暗さそのものは問題にならない。枝葉の隙間、獣道、踏みしめられた土、そうしたものがはっきり見える。
その途中で、嫌な反応があった。
下だ。
地面に近い大きな気配。
俺はすぐに速度を落とし、枝の影へ紛れた。
見えたのは、ティラノサウルスだった。
でかい。
巨体そのものが暴力みたいな存在感だ。頭部の一振りで木の幹が折れそうな首の太さ。後脚の踏み込み一つで地面が沈む。しかも、鑑定するとレベル三十。
「……化け物だな」
さすがに今の俺が正面からやり合う相手じゃない。
見つかれば、逃げ切れるかどうかも怪しい。ヘイストや血の遡行、瞬速まで重ねればあるいは振り切れるかもしれないが、そんな賭けをする理由がない。
俺はじっと気配を殺した。
ティラノサウルスは幸い、こちらには気づかない。そのまま別方向へゆっくり歩いていく。狙っている獲物が他にあるのか、森の奥へ消えていった。
「……よし」
俺はそれをやり過ごし、玄室の前に降り立った。
石の扉。
前世で何度も見たやつだ。
俺は人間の姿へ戻り、扉を押し開ける。
中には、予想通りカルノタウルスがいた。
こいつももう、慣れた相手だ。
最初に動いたのは向こうだったが、俺の方が速い。
「スリープ」
まずは眠気を叩き込む。
カルノタウルスの目がわずかに濁る。
そこへライトニング。
雷が走る。
さらに踏み込み、鼻先への斬撃。のけぞったところへパラライズ。体勢が崩れたところへ、盾でいなしながら着実に傷を重ねる。
以前と同じ流れだ。
だが、以前よりもずっと滑らかにできる。魔法と剣と盾の連携が、もう身体に馴染んでいる。
数合でカルノタウルスは膝を折り、そのまま倒れた。
「これで最後だな」
俺は短く言って、その血を少しだけ吸い、死体を収納した。
宝箱も出る。
これもまとめて収納する。
「よし、帰るか」
欲張らず、さっさと帰る。
それが今日の一番賢いやり方だ。
十七階は面白い。
獲物も多いし、素材も豊富だ。飛べるし、変身の訓練にも向く。だがその分だけ、上を見ればレッサードラゴン、横を見ればティラノサウルス、周囲にはラプターだのアロサウルスだのがうろついている。気を抜けばすぐに喰われる階層でもある。
俺は森を抜け、来た道を頭の中でなぞりながら戻り始めた。
ディモルフォドンの姿に戻って飛ぶか、それとも人の姿で慎重に引くか、一瞬だけ迷う。だが、帰りは上空の方が安全そうだった。
俺は再び小型翼竜へ変身し、木々の上へ浮き上がった。
羽ばたきは相変わらず重い。
だが、一度風を掴んでしまえば、あとは滑るように進める。森の上を抜け、草原の縁をかすめ、危険な群れの位置を避けながら進路を取る。
下ではブラキオサウルスの群れがまだ草を食んでいた。
遠くではケツァルコアトルが、空の高みに黒い影を落としている。
そしてさらに遠く、アークスロット人の村跡に作られた木製の砦が小さく見えた。
「……また来るかもしれないな」
そう思う。
今はまだ偵察だけだ。
だが、あそこにいる奴隷達のことも、採掘基地のことも、完全に無視し続けるのは難しい気がした。
もっと強くなれば。
もっと情報が揃えば。
あるいは、解呪の手がかりと結びつけば。
何かやることになるかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は十六階への帰路についた。
レベルは二十に上がった。一般的に冒険者ランクAのレベルだが、初期の能力が高いのでそれ以上の強さはあると思う。
クレイヴ ダンピール(ストーカー)、17歳、レベル20
生命点:540(180)
精神点:900(300)
魔力:480(160)
体力:330(110)
知性:510(170)
教養:120(40)
器用さ:270(90)
生命力:450(150)
敏捷性:330(110)
魅力:270(90)
先天性スキル:鑑定(第三段階)、収納(第二段階)、魔法の素質(第五段階)、豪運(第三段階)、王命(第二段階)
後天性スキル:苦痛耐性(第五段階)、鉤爪戦闘術(第二段階)、忍び(第三段階)、探知(第二段階)、魔法(第四段階)、剣術(第三段階)、盾術(第三段階)、鉄獅子剣術(第三段階)、武神套路(第三段階)、占術(第二段階)、詠唱破棄(第三段階)、精霊術(第三段階)、影使い(第三段階)、血魔術(第三段階)、畏怖術(第二段階)、術応用(第二段階)、早抜き(第三段階)




