第三十二話。
ある日、ミラーカとカダスとリアンに呼ばれた。
呼び出される理由には、だいたい二種類ある。
一つは訓練だ。もう一つは、何か新しい段階に進む時だ。
今回の空気は、後者だった。
俺は応接室に入る。ミラーカはいつものように優雅に座り、カダスは窓もない壁際で半ば浮くように寄りかかり、リアンは椅子の背後に立っていた。三人とも、ただ雑談のために集まっている顔ではない。
最初に口を開いたのはリアンだった。
「もうそろそろ、訓練も第二段階に進もう」
その一言で、背筋が自然と伸びる。
ミラーカがワイングラスを揺らしながら続けた。
「とりあえず戦闘訓練は続けるとして、実戦に入ってもらうわ」
「実戦」
俺がそう繰り返すと、カダスが狼面のまま笑う。
「そろそろ訓練場だけじゃなくて、実際に叩いた方がいい頃合いってことだ」
ミラーカは頷いた。
「最初は、私たちが作り出した不死者と戦ってもらうわ」
いきなり迷宮の深部に放り込まれるわけではないらしい。その点には少しだけ安心した。もちろん、安心していい内容ではないが。
「わかった」
俺は短く答える。
ミラーカは少しだけ目を細めた。
「少しはあなた、強くなっていると思うわ。このままレベル上げしてもいい頃だと思うのよ」
その言葉を聞いて、俺は自分を鑑定した。
半透明の板が浮かぶ。
クレイヴ ダンピール(ストーカー)、17歳、レベル1
生命点:180
精神点:300
魔力:160
体力:110
知性:170
教養:40
器用さ:90
生命力:150
敏捷性:110
魅力:90
先天性スキル:鑑定(第二段階)、収納(第一段階)、魔法の素質(第五段階)、豪運(第三段階)、王命(第二段階)
後天性スキル:苦痛耐性(第五段階)、鉤爪戦闘術(第一段階)、忍び(第二段階)、探知(第二段階)、魔法(第三段階)、剣術(第二段階)、盾術(第二段階)、鉄獅子剣術(第二段階)、武神套路(第二段階)、占術(第二段階)、詠唱破棄(第三段階)、精霊術(第一段階)、影使い(第二段階)、血魔術(第二段階)、畏怖術(第一段階)、術応用(第一段階)、早抜き(第三段階)
俺はそれをしばらく見つめた。
前世のレベル1の頃と比べる。
教養と魅力以外、ほぼ上だ。
スキルも多い。しかも内容が濃い。ただ魔法が使える、剣が振れるという話ではない。影使い、血魔術、占術、精霊術。前世でもそう簡単には揃わなかった系統が、今の俺には並んでいる。
それに、表示のされ方も変わっていた。
前は初級と無印くらいだったのに、今は段階制になっている。鑑定してみると、それぞれ第五段階まであるらしい。
「……進化してるな」
思わず呟く。
リアンが静かに聞く。
「どうだ」
俺はステータスの説明を三人にした。
能力値の伸び。
スキルの多さ。
段階制に変わっていること。
それぞれが第五段階までありそうだということ。
三人とも、なるほど、という顔をする。
ミラーカが言った。
「それなら、戦闘に出しても良いわね」
リアンも頷く。
「数値だけなら、初期よりずっとましだ」
カダスが笑う。
「むしろレベル1にしちゃ気持ち悪いくらいだな」
褒められているのかどうか微妙だが、たぶん悪くはない評価だ。
そのまま外へ出る。
庭の一角、訓練場として開けた場所に、アドールがすでに待機していた。
その後ろには、ガイコツが三体。
なるほど、相手はこいつらか。
ガイコツたちは武装している。剣を持ったものが二体、片手斧を持ったものが一体。どれもただ立っているだけなのに、骨の隙間から薄い青い光が漏れていて、不快なくらい整然としていた。
リアンが俺に何かを差し出す。
「使え」
革鎧だった。
受け取ると、見た目よりも重い。だが着てみると体にぴったり沿う。硬い。しなやかさもあるが、表面の張りが強い。
「十七階のモンスターの革だ。硬いぞ」
「ありがたい」
俺は素直に装着する。
次にミラーカが小手を渡してきた。
「これは仕込み小手よ。鉤爪が出るわ」
「便利そうだな」
「便利よ。あなた向き」
俺はそれも受け取る。腕にはめると、機構の存在が分かる。手首の角度か、あるいは意識で鉤爪を出せるらしい。
最後にアドールが指輪を出した。
銀と黒の細工が施された指輪だ。
「これは魔法の発動体だ。これなら剣を握りながら魔法が使える」
「助かるな」
「魔術師が毎回ワンドを握り直していたら話にならんからな」
もっともだった。
俺は指輪も装着する。
一通り身支度が整うと、ガイコツたちと向かい合った。
少しだけ緊張する。
訓練ではない。
とはいえ、本気の実戦でもない。だが、こうして武装した敵を前にすると、体の奥が自然と熱を持つ。
リアンが短く言う。
「始めろ」
勝負が始まった。
一体目が襲いかかってくる。
剣持ちだ。振り下ろしは素直。速さもない。訓練用にわざと鈍くしてあるのだろう。俺は慌てなかった。長剣を半歩ずらして受け、そのまま斜めに切り返す。
骨が砕ける。
ガイコツはその場で崩れた。
二体目が来る。
今度は正面からではなく、少し横へ回り込もうとする。だがこれも読みやすい。俺は指輪に意識を通した。
「ライトニング」
短く言う。
詠唱破棄で十分だ。
指輪から魔力が抜け、稲妻が走る。ガイコツの胴を貫き、そのまま骨組みをばらばらに吹き飛ばした。
「よし」
そこで最後の一体。
片手斧を持っている。これは少しだけ踏み込みが強かった。俺は一瞬だけ長剣を振ることも考えたが、せっかくだと思って仕込み小手に意識を向けた。
鉤爪が出る。
鋭い感触。
ガイコツが斧を振り上げるより先に、俺は踏み込んでいた。盾で腕をずらし、鉤爪で首元を裂く。
骨の接合が断たれ、頭蓋が飛ぶ。
三体とも、そこで終わった。
静寂。
俺は長剣を下ろし、少しだけ息を吐く。
思っていたより、あっさりだった。
いや、あっさりに見えるよう調整されていたのだろう。だが、その「あっさり」をきちんと取りこぼさずにやれたことは大きい。
俺はすぐに自分を鑑定する。
レベルが一つ上がっていた。
「……上がった」
思わずそう言うと、ミラーカが笑う。
「楽勝だったわね」
カダスが腕を組む。
「もうちょっと歯ごたえがあった方が良くない?」
だがアドールがすぐに言い返した。
「初戦だから、焦らないようにしたんだ」
その言い方に、俺は少しだけ意外そうな顔をしたらしい。アドールがこちらを見る。
「何だ」
「いや……アドール、優しいなあと思って」
骨の顔なのに、むっとした感じが伝わった。
「ここで死なれたらたまらんからな」
そう言うが、まんざらでもなさそうだった。
カダスが横で低く笑う。
「素直に面倒見がいいって言えばいいのによ」
「黙れ犬」
「犬じゃねえ、フェンリス族だ」
いつものやり取りらしい。
リアンはそんな二人を無視して、俺を見ていた。
「動きは悪くなかった」
短い評価だが、彼女がそう言うなら本当に悪くないのだろう。
「ただし、相手が鈍かったからだ」
「分かってる」
「実戦で同じようにいくと思うな」
「それも分かってる」
リアンは小さく頷く。
ミラーカがグラスも持っていないのに、どこか祝杯めいた声で言った。
「とにかく、これであなたもレベル2ね」
レベル2。
数字としてはたった一つ上がっただけだ。
だが、実感はそれ以上に大きい。迷宮へ落とされたあの日、俺はただのレベル1の化け物だった。そこから少しずつ、術を学び、剣を握り直し、今こうして初めて「戦って勝って上がった」レベルを手に入れた。
俺は自分の手を見る。
長剣を持つ手。
小手をはめた腕。
魔法の指輪の光る指。
どれも、少し前の俺にはなかったものだ。
そして、その全部が今の俺の武器になっている。
「……悪くない」
そう呟くと、ミラーカが楽しそうに目を細めた。
「でしょう?」
カダスは尾を揺らす。
「次はもっと走り回れるやつにしようぜ」
「その前に反省だ」
リアンが切るように言う。
「一体目の受けは浅い。二体目への魔法の切り替えは良い。三体目への踏み込みは少し前傾しすぎだ」
容赦がない。
だが、その厳しさがありがたくもある。
アドールはガイコツの残骸を見下ろしながら言った。
「魔法の発動は悪くなかった。ライトニングの通し方もまあ良い。次はダズリングも混ぜろ」
「了解」
「仕込み小手も使いこなせ。せっかくの道具を飾りにするな」
「わかった」
次々に課題が出る。
だが嫌ではなかった。
強くなるというのは、こういうことなのだろう。やった結果が出て、その上で次の課題が見える。
俺はもう一度、上がったばかりのレベルを心の中で確かめた。
レベル2。
まだ低い。
だが、確かに前へ進んでいる。
その事実だけで、少しだけ笑えた。




