第二十三話。
食事会になった。
と言っても、ただ大皿を囲んでわいわいやるようなものではない。場を仕切るのはアンデルセンで、彼は執事というよりも、ほとんど儀式の進行役のような落ち着きで全体を回していた。誰をどの席に座らせるか、どの順に料理を出すか、何を先に飲ませるか、そういったことにすべて意味があるらしい。
俺はその様子を見ながら、少しだけ感心していた。
応接室とはまた別の、食堂として整えられた部屋だった。長い卓ではなく、五人が顔を見渡せる程度の楕円の卓が置かれている。天井は高く、灯りは暖色で落ち着いている。窓はないが、圧迫感はない。壁には暗い色の木材めいた装飾が施され、その中を細い赤い筋が緩やかに流れていた。生きている屋敷の中だと意識させられる意匠だが、今となっては少し慣れてきている自分が嫌だった。
料理が並ぶ。
それぞれの前に置かれた皿と杯を見て、俺は思わず目を細めた。
ミラーカの前には、血の滴るステーキと赤いワイン。
本当に血が滴っていた。焼けた肉の上に、赤い肉汁とは別の濃い液体が艶やかに残っている。人間なら一瞬怯む見た目だが、ミラーカはそれを当たり前のように受け入れていた。ワインの色も深く、光の下では黒に近い赤に見える。
リアンの前には、肉と野菜がきちんと均衡よく置かれていた。焼いた肉に、温野菜、豆のようなもの、穀物の付け合わせ。酒は泡の立つ透明に近いもの。見た目だけなら、五人の中で一番まともな食事に見える。
アドールの前には、米でできた酒と簡単なつまみ。
小皿に塩気の強そうな乾物や、漬物めいたものが少しずつ並んでいる。骸骨のくせにずいぶん渋い趣味だなと思う。
カダスの前には、琥珀色の酒。
食べ物もあるにはあるが、酒が主役らしい。香りだけで強そうな酒だった。
そして俺の前には、肉と米とスープとワイン。
一番、人間に寄せた食事だ。
肉はほどよく焼かれ、米は香草が少し混ぜられている。スープは澄んでいるが匂いは濃い。ワインはミラーカのものより軽そうだが、それでも血の気配が薄く混じっている気がした。
「……それぞれ好みも違うんだな」
俺がそう言うと、ミラーカが楽しそうに笑う。
「当然でしょう。みんな同じ嗜好だったら退屈だもの」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「分かってるわ」
そのままミラーカは肉を切り分ける。
リアンは無駄のない手つきで食器を整える。
アドールは骸骨の指で酒器を撫で、カダスはすでに飲む気満々でグラスを傾けていた。
俺は改めて卓上を見渡し、ずっと気になっていたことを口にした。
「そもそも、なんでこんなに食材が揃うんだ?」
この十六階は迷宮の地下だ。外の市場へ自由に買い出しに行けるわけでもない。なのに、肉も野菜も米も酒もある。
答えたのはアドールだった。
「ワシの作り出したものが農業を行っているのだ」
「作り出したもの?」
「骨働きの連中だ。耕し、植え、刈り、運ぶ。余計な口もきかん。実に良い」
骸骨が農業をしている光景が頭に浮かんで、俺は少しだけ顔をしかめた。だが、合理的ではある。疲れず、文句も言わず、夜も昼も関係なく働けるなら、農業労働力としては優秀すぎる。
するとカダスがグラスを揺らしながら言う。
「酒は俺が作ってる」
「お前が?」
「おう。発酵だの熟成だのは、待つのも仕事だからな。こっちは時間だけはある」
なるほど、と俺は思う。長命……いや不死の連中にとって、酒造は相性が良いのかもしれない。待てる者ほど強い分野だ。
続いてリアンが静かに言う。
「肉は私の眷属が十七階で狩りをして仕入れる」
「眷属……」
「不死者にも色々いる。狩りに向いたものを使っているだけだ」
その答えはいかにもリアンらしかった。合理的で、余計な飾りがない。
最後にミラーカがワインを口にしながら言った。
「料理は私のグールが行うのよ」
俺は卓を見回した。
農業はアドール。
酒造はカダス。
肉の確保はリアン。
調理と運用はミラーカ。
「……共存してるんだなあ」
思わずそう呟くと、カダスが鼻先で笑った。
「それじゃなきゃやってられない」
その一言に、四人の空気が少しだけ揃った気がした。
アドールが杯を持ち上げながら補足する。
「そもそも元々は、違う種類のアンデッドの支配下にあったのだ」
「支配下?」
「この外周一帯も、今ほど自由ではなかった。階ごとの縄張り意識だけで済んでいたわけではない」
カダスが続ける。
「そいつを倒して、今みたいに少し自由にできるようになったってわけだ」
俺はそこで少し身を乗り出した。
「そんなに支配力のある敵がいたのか」
ミラーカが頷く。
「スカルデーモンロードだったわ」
その名を聞いて、背筋にぞくりとしたものが走る。
俺の小説にも出せば確実に中ボス以上になる名前だ。骸骨系の高位悪魔か、不死系の王か、その中間みたいな響きがある。
「本当に強かったの」
ミラーカは、珍しく少しだけ遠くを見るような目をした。
「四人で協力して、ようやく倒したわ」
その言葉に、アドールも、カダスも、リアンも、小さく頷いた。
その様子を見て、俺は少しだけ安心した。
この四人は、少なくとも過去に協力して一つの強敵を倒したことがある。単なる利害の一致だけでなく、背中を預けた記憶があるのだ。それは、これから何かを学ぶ側の俺にとってもありがたい事実だった。
食事が進む。
酒も進む。
だが、不思議な宴だった。
アドールは骸骨の頭なのに、器用に飲み食いしている。どうやって酒を飲んでいるのか理屈がよく分からないが、ちゃんと減っているし、つまみもなくなる。見ているとそのうち慣れてしまうのが怖い。
リアンは面頬を外して飲み食いしていた。鎧の下の顔は、思っていたより若い。鋭い目元と、感情をあまり表に出さない口元。無骨な鎧姿から想像するより、整った顔立ちだった。
カダスに至っては、コップは机の上に載っているのに、少しずつ減っている。狼面のままどう飲んでいるのか分からない。だが、あまりにも自然に減っていくので誰も突っ込まない。
「便利だな、それ」
俺が言うと、カダスは肩を揺らした。
「霊体混じりの利点だな」
「利点って言っていいのか」
「言っていいだろ。飲みやすいし」
そんなことを言って、皆が少し笑う。
酒がだいぶ入る頃まで、五人で飲んだ。
それでも、誰一人べろべろに酔わない。
ミラーカは少し頬に色が乗るだけで姿勢が崩れない。アドールは骨のくせに飲み続けても語気が少しだけ丸くなる程度だ。リアンは泡の立つ酒を几帳面な速度で消費している。カダスはずっと楽しそうだが、全然潰れる気配がない。
「まあ、死者だしな」
カダスがそう言うと、今度は五人みな笑った。
俺も、アルコール耐性が高いらしかった。
ダンピールだからか、元の魂のせいかは分からないが、ワインを何杯か飲んでも頭ははっきりしている。少し気分が良くなるだけで、足元は揺れない。
その時、リアンがふいにこちらを見た。
「私の配下から聞いた話だが」
「ん?」
「十七階を制覇した女性が、平民から女伯になったと聞いた。本当か?」
その問いに、俺は少し目を瞬かせた。
「……ああ。それは本当だ」
俺の前世の時代の話だ。迷宮攻略で功を立て、身分を超えて爵位を得た女傑がいた。十七階制覇は大仕事だった。
リアンは静かに聞いている。
俺はついでに付け加えた。
「元ストーカーから騎士団長になった女性もいたぞ」
その言葉に、リアンの目がほんのわずかに揺れた。
「そういうのは、良いな」
ぽつりと漏らす。
「私も、お前の時代に生まれたかった」
その言い方は、羨望とも悔恨ともつかなかった。
俺はそこで、それ以上深くは聞かなかった。
リアンにも色々あるのだろう。
デスナイトになった経緯、戦士としての未練、女としての人生。そういうものが、この一言の中に詰まっている気がした。
だから俺は、ただ静かに杯を持ち上げた。
「お前なら、あの時代でもたぶん上まで行ってたよ」
そう言うと、リアンは少しだけ口元を緩めた。
それは笑ったと言うには小さすぎる変化だったが、少なくとも悪くは取られなかったらしい。
卓の上では、料理が減り、酒が減り、灯りだけが変わらず揺れていた。
死者の食事会。
そんな言葉にすればひどく奇妙だが、その奇妙さの中に、確かに共同体のぬくもりみたいなものがあった。
俺はそれを少しだけ不思議に思いながら、静かにグラスを傾けた。




