脱走
〖レ・サーベル盗賊頭カイン視点〗
辺りが騒がしくなっているのに気がついたのは昼過ぎごろのことだった。
目には布が巻き付けられていて昼夜の区別程度しかできないが、聞こえてくる物音や会話内容からある程度は推測することができる。
帝国の奴らはどこかへ進軍しており、おそらく俺は侵攻における拠点の中心あたりに連れてこられていると思われる。兵士たちが忙しなく武器を持って歩いている音や、軍の上層部らしき内容の会話が数時間前まで時折聞こえてきていた。
俺が帝国軍に捕らえられたのは二週間前のことだ。帝国の罠に引っかかり、謎の毒矢を受けてしまったのだ。
俺が殿を引き受け、それなりに奮戦したとは思っているが、結局殺されるどころか生け捕りにされてしまった。
盗賊団の頭を生け捕りにしてすることなんて予想するに難くない。
見世物として大衆の前で処刑される、拷問されて死ぬ、人体実験に使用される、などなど想像するだけで嫌になる死に方だ。
だが、その前に人質として利用される可能性が高いだろう。
俺の盗賊団の規模は大きい。それでいて絆が深い。頭を捕らえたのだから、つぶすには持ってこいだ。
よって一刻も早く逃げ出すべきであるが、現状、両手足が頑丈な金属の枷が取り付けられていてろくに身動きもできない。
もちろん魔力も封じられている。
流石に帝国の奴らも間抜けではないようだ。
しかし、今なら脱げられるかもしれない。
何か騒動が起きて、混乱状態になっているようだった。周囲の気配を探ってみると、見張りの気配もなくなっている。
逃げるか。
俺は芋虫のようにテントの端、金属の支柱のところへ這って移動する。
今までの間に、何か拘束を解くことができるものがないのかを探っていたのだ。そして見つけた僅かに尖った部位。頭に傷ができてしまうが、目隠しの布を擦り付ける。
何度も繰り返すと、目隠しを切り落とすことに成功した。
ずっと暗い視界だったため、直接日光の当たる場所ではないのにとても眩しかった。
目が慣れてきたら、出入口の隙間から周囲の様子を窺う。
ほう。
耳から入ってくる情報より、目で見た状況ははるかにひどいものだった。
軍であるのにもはやそこに指揮系統は存在しておらず、ただただ自身の命を守るためだけに逃げまどっていた。
てっきり帝国軍のほうが攻めているものと思っていたが、そうではなかったのか。
明らかに壊滅状況に陥っているのは帝国軍のほうだ。
しかし、どうしてこんなにも無残な状態になった?あの謎の毒矢があっただろうに。
俺には、どうしても帝国軍が負けるイメージができなかった。一度戦ったからこそわかる。あれは脅威だ。一瞬掠っただけで即死する毒矢。放つ側にもリスクは発生するが、撃たれる側はたまったものじゃない。
ともあれ、それは今俺が考えて分かることではない。
俺が目隠しの次に解決すべき問題は足枷だ。手枷は最悪外れなくても、足枷さえなければ逃げられる。
鍵の場所は分からない。それ以前に存在していないように思う。鍵穴がない。
鍵がないならば、破壊するしかない。
俺では魔力が封じられているため不可能だ。誰かにやらせるしかない。
あいつならいけるか。
俺は一人の帝国兵を標的とした。ただの一兵卒で気が弱そうな男。何をしたらいいのか分からず右往左往している。ここから数メートル程度しか距離がなく、その間に兵士はいない。
「おい、そこの男。」
「っ!!」
鋭く低く、そして少しの殺意を込めてそう呼ぶ。男は体をビクッと震わせ、こちらを恐る恐る振り向いた。
「来い。」
「な、なんでしょう?」
「いいから来い。」
見た目から想像された通り気の弱さで、ゆっくりと近づいて来た。俺は捕縛されている側なのに敬語を使ってきているところからかなり怯えているように見える。
この調子ならもう少しできることがありそうだ。
「何がどうなっている。」
「ええと、自分にもよくわからないのですが、何でも突然化け物が現れたらしくて。滅茶苦茶になってます。」
化け物、ねえ。そんな強力な魔物が現れる場所なのか?
「部隊の大半がカラズか盗賊の拠点に向かってるので。・・・はあ、楽な戦いなはずだったのに。」
「そうか。」
本来ならもう少し情報を聞き出したかったが、感情がそれを邪魔した。
カラズを攻めようというのに盗賊の拠点を攻めるなんて余計なことはしない。つまり、帝国軍はその盗賊を攻める必要があったということ。そんな盗賊そうそういない。
男の目を覗き込み、本気の殺意を向ける。
「っ。」
「悪いが、俺はその盗賊団の頭だ。死にたくなかったらいうことを聞け。いいな?」
男は黙ってこくこくと頷く。
「俺の枷を外せ。」
「・・・で、ですがそれには鍵が」
「ないなら壊せ。」
「む、無理です!自分にはとても・・・」
「こいつについてる魔力を禁じる作用を壊すだけでもいい。・・・といっても無駄か。それなら俺の両手足を切り落とせ。先端のほうでな。」
「へ!?」
できるだけやりたくはないがな。
驚くのも無理はない。自分から両手足を切り落としてくれと頼む奴なんてそうそういない。
「これが取れさえすれば俺は魔法を使える。安心しろ。それで後からお前を殺すようなことはしない。レ・サーベルの誇りに誓おう。」
「・・・わか、りました。」
「俺は盗賊だ。遠慮はいらない。」
「はいっ。」
声が裏返っていて少し不安だ。
一見相手のことを気遣ったかのように見えるかもしれないが、遠慮されたら困るのだ。本当に。中途半端に何度も切りつけられるのは嫌だ。
「じゃあいきます。」
「ああ。」
持っていた剣が振り下ろされた。両足が切り落とされる。
「・・・次、はやくっ!」
「・・・っ!!」
「・・・はぁ。」
俺は切り落とされた両足の切断面をくっつける。魔力を封じていた枷は既に体から離れているため、魔法がもう使える。
これほどの大怪我に使用したことがないからうまくいくか分からない。もし失敗したら、ここから逃げることはできないだろう。
「赫。」
体から赤いオーラが滲み出る。切断面に魔力を凝縮させて、少しでもくっつくように押し付ける。
俺の魔法属性は赫。
その特性を説明するのは難しい。
エレメントに分類されるわけでもなく、かといって効果単体を表すものでもない特殊系だ。世界に100人もいないだろう。もしかすると一桁かもしれない。なお、これに基づくギミックは何一つ生成できていない。
性能を軽く説明すると、魔力を流したり集めたり放ったりすることによって、攻撃力上昇、防御力上昇、回復力上昇、状態異常の緩和、身体能力の上昇、防壁の生成、武器の生成、足場の生成などがある。
今やっているのは回復力上昇だ。強く想像すればするほど効果は上がる。
・・・っはぁ。さすがに完治までは無理か。
とりあえず右足はつながった。痛みがまだほとんど消えていないが、気合で歩くことぐらいはできるだろう。
左足もつながるにはつながったが、動かない。後でじっくりと回復、または誰か回復魔法が使える人にやってもらうしかない。
次は手だ。
足の時は地面に立てて、そこに体重をかけることでつなぐことができたが、手はそれができない。
脇の下に挟んで、そこに腕を押し当てる。
「赫っ。」
手のほうが断面は小さいので、回復は速い。もう一方の手も同様にくっつける。
「・・・つながった。」
「う、そ。本当につながるなんて。」
俺は激痛に耐えながら立ち上がり、手伝ってくれた男に声をかける。
「助かった。感謝する。この礼はまたいずれ返す。」
「・・・。」
男は返事をしなかった。盗賊から礼をされるなんて思っていないのだろう。
俺は祈る。彼が、俺を逃がした罪で罰せられないことを。礼をする機会を与えられることを。
俺はタイミングを見計らって、帝国兵が逃げていくのとは逆方向。化け物がいると思わしき場所へと静かに歩きだした。
より混乱状態になっている場所のほうが紛れやすいと考えたからだ。
元々もう少し進める予定でしたが、投稿しようと思ってた前日までに書き切らなかったので一旦ここまで。次話もカイン視点です。51話でこの章を終えるつもりで、その後いろいろ書き直したり、カクヨムのほうを更新したりして、それから二章に入りたいと思います。




