脱走(2)
〖レ・サーベル盗賊団頭カイン視点〗
木々が生い茂る隙間を一歩、また一歩進むたびに足が悲鳴を上げている。直りかけていた傷口が開き、血が滲み出ている。
決して歩きやすい道ではない。しばらく歩いてきたが、それほど距離は取れていないだろう。
この調子だと、足の傷を治すために使い続けている魔力が枯渇するのが先か、帝国兵に見つかって殺されるのが先か分からない。
ただの一兵卒一人なら負けはしないだろうが、それでも大勢に囲まれたら終わりだ。
俺は前方から複数人が走って来る気配を感じたため、木の上へと避難する。
・・・すごい血相だな。
俺に気づくことなく走りすぎて行った四人を見ると、恐怖と苦痛に歪んだ顔をしていた。苦痛の原因はおそらく火傷だろう。皮膚がところどころ焼けただれている。
その足取りは必死なもので、走る速度に足の回転が追い付いていないのに速度を落とすことなく無理やり走っていた。
あれはリミッターが外れている。それだけの命の危機を感じるようなことがあったということだ。
彼らはそのまま遠ざかって行ったため、木から降りて再び歩き始める。本調子なら木から木へと飛び移るだろうが、今は無理だ。
ところどころに死体が転がっている。そのどれもが恐怖や悲嘆にくれた表情だった。
さて、この先にいったいどんな化け物がいるのか・・・。といっても出会ったら終わりだがな。
心の中で少し笑って、気力を振り絞る。
怪我のせいだけではない。帝国の捕虜だったのだからろくに食事も与えられていないのだ。
そのためか、全身から寒気がしていた。
だんだんと、開けた空間が見えてきた。
木々が見たことも聞いたこともない黒い炎で焼失しつつあり、じわじわとその何もない空間が広がっている。
炎の勢いはそこまででもないのに、これ以上近づくと熱い。今は秋のはずなのに、まるで真夏のようだった。
しかし、それでいて全身の寒気は強まるばかり。
寒いのに熱い。
おかしい。熱でもあるのか・・・?
熱が出たのは何年前のことだろう。
少なくとも俺が盗賊業を本格的にやり始めてからは熱どころか軽い風邪すら引いていない。ということは20年以上前だ。
状況が状況だったのでありえなくはないが、どこか熱とは違うような気もしている。
ただの寒気ではない
薄ら寒い。
・・・まずいな。
開けた空間は身を隠すことができないため通ることができない。
ここから確認したところ、走りすぎていくにしても無理があるほどの範囲の木々が消失していた。
迂回するしかない。
右から回るべきか、左から回るべきか。そもそも俺はどこに向かおうとしている?
ここで俺は自分に目的地がないことに気がつく。
行き先なんてない。もとより混乱に乗じて帝国軍から逃げようとしていただけだ。
俺は何を、何をすべきだ?
隠れ家を目指す?
それともこのまま事態が終息するのを待つ?
あいつらが今戦っているかもしれないのに?
俺のせいで苦しんでいるかもしれないのに?
「・・・違うだろ。」
俺が今すべきはあいつらのところへ合流すること。そうすればあとはどうにでもなる。
俺が人質になっていないという情報。これは戦局を大きく変え得る。
俺たちは盗賊だ。戦うことは軍隊には劣るが、逃げることに関しては誰にも負けない。
今度はあの時と同じ失態を犯さない。
そう覚悟を決め、方向を変えて再び進み始めたとき、声が聞こえた。男の声と女の声だ。
聞こえてきたのは開けた空間からで、この状況を分かっていないのか緊張感のないものだった。
そのことに違和感を覚えたため、少し聞き耳を立てる。
「――相性いいんだな。」
«そうですねー。温度の種類が違うので。熱いけど冷たいみたいになります。»
「あー、なるほどな。」
«はい、それもあって、一緒に行動することが多くてー、結構仲良くなりました。»
「へぇ~。・・・なぁフレア。」
«ん?なんですか?»
「ちょっと近い。」
«へ?»
「いや、そのくっつく過ぎてて歩きにくいから。」
«えへへ。いいじゃないですかぁ。だって私今本当の意味で琉斗様と恋人に慣れてすごくうれしいんですからっ。»
「・・・。」
«うわっ!え。»
「ほら。前に言ってただろ?お姫様抱っこしてほしいって。まだこっちのほうが歩きやすいから・・・。」
«あ、はぃ。・・・嬉しすぎて死にそう。»
どうやら本当に状況を分かっていないらしい。
なかなかに図太い神経の持ち主だと呆れながらも、緊張がいいぐらいに和らいだ。過度な緊張は良くない。
そのお礼としてここから離れたほうがいいという助言ぐらいしてやろうかと思ったが、あの二人の空気感に入って行くのに気が引け、帝国兵に見つかる危険性を考慮してやめた。
それじゃ、行くか・・・っ!!
振り返ると、目の前に牙があった。
反射的に足に魔力を集中させ、開けた空間へ飛び退く。
「・・・おいおい、まじか。」
ゆっくりとその化け物が姿を現した。
竜だ。しかし、その体は通常の竜とは全く違う。
スケルトンの竜だった。
そもそもスケルトンの竜なんて聞いたことがないが、それ以前に骨が黒い。
そして、明らかに有毒そうな黒い瘴気が出ていた。
さすがにこいつに武器なしは厳しいか・・・。
並みの魔物ではない。俺が振り向くまで気がつかなかったということからも分かるが、何より強者の風格を纏っていた。
おそらく負ける。
だから最初から勝つことは放棄する。
竜の口が開いた。逃走していた四人の皮膚を爛れさせた炎のブレスが来るのだろう。
俺は足と拳に魔力を込める。
・・・今!!
ブレスが吐かれたのと同時に俺は横へ跳び、もう一度今度は逆方向に跳んで竜に拳をぶつけようとした。
ぶつけた衝撃によってできる隙で逃走する算段だった。
視界の端に異物が見えた。
は?なぜ――
竜のブレスは炎だ。そしてそれが放たれた後に軌道を変えることはない。高圧になっているため、一直線にしか飛ばないのだ。
だが、この竜のブレスは曲がった。
180度回転して俺へとぶつかる。
「ぐっ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
熱っ・・・いや冷たい。痛い。炎じゃ、ないっ!
竜のブレスという時点で吐いてくるのは炎だと思い込んでいた。それが間違いだった。
冷たい。氷よりもはるかに冷たい。それも体の芯から凍える冷たさだ。
あいつらは火傷、じゃなくて、凍傷だったのか・・・いや、違う?
俺は痛みに絶叫しながら違和感に気がつく。
体は冷たく、ない?じゃあ、これは・・・?
体中が痛い。
体が崩壊していくような感覚。
何もかもがなくなる。
俺が失われていく。
ふと、とある光景が見えた。
街だ。燃えている。
鐘の音が鳴り響いている。
そこに響くは無数の悲鳴と怒号。
虐殺される住民。
人間の肉を食らう化け物たち。
俺の故郷の記憶。
俺はただただ見ていた。
行きつけの店の店主が、友人が、家族が生きたまま食われているのを。
炎に包まれた瓦礫の中から。
なぜ今になってこんなものが見えたのか分からない。
走馬灯というやつだろうか。
だとしたらあまりにも酷い。
最後に見るのがこんな最悪の光景だなんて。
熱い。熱い、熱い。あつい。あつい。あつい。死にたくない。嫌だ。やめろ。やめてくれ。死にたくない。死ぬ。嫌だ。母さん。父さん。燃えてる。姉さん。やめろ。なんで。どうして。嫌だ。嫌だ。もう、嫌だ。死にたい。死にたくない。死にたい。死にたくない。熱い。寒い。死にたい。殺したい。
«――イ。レイ!ストップストップ!!その人たぶん敵じゃない!»
ここには不似合いな元気のある女の子の声が聞こえたところで俺は意識を失った。
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『カインは大人になったら何になりたい?』
『俺?俺は、うーん、特にないかな。今は。どうしてそんなことを?』
『・・・ううん。ちょっと聞いてみたかっただけ。』
『じゃあ姉さんは?』
『へ?』
『姉さんは何になりたいの?』
『・・・そうね。もし叶うのなら私は・・・薬師にでもなりたいかなあ。』
『えー。薬師なんて生活していけるかどうかだよ?回復役に仕事ほとんど取られるだろうし。』
『確かに薬師は回復役には敵わないけど、それでも身の回りの人達を助けられるでしょ?回復役にお願いするのはお金がかなりかかるから。』
『確かにそうだし、薬師もいないと困るけど・・・でも姉さんならもっとすごい人になれると思うけどなあ。』
『・・・でもそれは無理だから。』
『え?』
『ううん。何でもない。』
『嘘。姉さんの何でもないは絶対何かあるときだよ?』
『ほんとに何でもないから。じゃあさ、なんとなくぼんやりでもいいからどういう系統の人になりたいかとかある?』
『んー、何かを守る人、とか?』
『へぇ~!兵士さん?』
『そういうんじゃなくて、もっと身近な人達を守る人。兵士って戦争しにいくだけだからあんまりなりたいとは思わないかな。』
『・・・なるほどねえ。やっぱりカインは優しいね。』
そんなことない。俺は大切な人を失うのが怖かっただけだ。
辺りが暗くなって、姉さんが遠ざかっていく。
『・・・あのね、カイン。これだけは覚えといて。』
ずっと覚えている。これだけが生きる意味だったのだから。
『たとえ何が起きたとしても、私はカインのことを見守っているから。』
俺はあのとき不思議だった。
どうしてそんなに悲しそうな、寂しそうな顔をしているのかと。
瞼を上げる。
黒い何かが見える。
硬いものが体に当たっている。
少し揺れている。
「・・・お、目が覚めたか?」
俺は上体を起こした。
・・・待て、これはどういう――
「あー、とりあえず混乱するのは分かるが、一旦落ち着いてくれ。」
「・・・分かった。一旦落ち着こう。」
落ち着いて状況を理解しようと試みる。
まず俺はあの竜の上に乗っている。これだけでもうおかしい。
次に、隣にあの状況を全く分かっていなかったであろう男と女の子がいた。会話内容から想像された状態のままだった。つまりお姫様抱っこをしている。
そして、進行方向への竜のブレスと女の子の黒い炎が濁流となって帝国兵を蹂躙していた。
こいつらが敵か味方かは分からない。しかし、少なくとも帝国側ではないようだ。
「・・・少し質問してもいいか?」
「ああ。」
「お前たちは何者だ?」
「俺たちは、というか俺は魔人だ。でこいつらは俺の魔法だ。これ以上の詮索は避けてくれ。」
魔人。
聞いたことはある。
最近異世界から強力な戦力が召喚されると。
ただ、その中身はただの普通の人で、通常通りに接するようになどと国から発せられているのは聞いている。
この竜のような化け物を使役できるということは驚きだが、魔人については、ほとんど情報を持っていないのでひとまず納得しておくことにする。
「なるほどな。」
«私と琉斗様は恋人でもあるんですよっ。だから――»
「フレア。ややこしくなるからとりあえずストップ。」
«むぅ。»
これ以上の詮索をするなというのは、この女の子のことか?会話できる魔法なんて聞いたことがないが、こいつが自分でやっているわけではないようだし。
頬を不満そうに膨らませるその様子は、完全に人と同じものだった。自作自演にしては精巧すぎる。
「それじゃあ俺からも聞くぞ。お前はレ・サーベル盗賊団の者であっているか?」
「ああ。合っている。」
「フィシアという女の子を知らないか?お前らに協力していて、銀髪の虫人だ。魔法使いの。身長はフレアよりほんの少しだけ小さめだったと思う。」
「盗賊団のことを知っているのかっ。」
「質問に質問で返すな。いいか。俺はいつでもお前を殺せる。」
思いもよらない情報に俺は飛びついたが、すぐに冷静にさせられた。
「・・・分かった。だが悪いが俺は全くそのフィシアという人について知らない。そもそも俺はついさっきまで帝国に囚われていた。だから盗賊団について最近の情報は全くないと言ってもいい。」
「・・・そうか。えーっと、これは完全に俺の憶測でしかないんだが、お前は盗賊団の幹部か?」
「ああ。俺はレ・サーベル盗賊団頭、カインだ。」
俺の正体を完全に明かした。
この判断がよかったのかは分からない。
ただ、その男は少し笑みをこぼしていた。
「なるほど。そういうことか。」
最近投稿頻度めっちゃ落ちててすみません。もうそろそろテストが始まってしまうのでしばらくこの状況が続くかもしれないです。ですが、この作品を書き始めた季節に近づいて来て書く調子は取り戻してきているので、七月のテスト終わってからは投稿頻度上げたいと思っています。確実に週一は投稿して、初めのほうを推敲して、カクヨムのほうも更新しようと考えています。途中放棄は絶対にしないのでそこはご安心ください。




