幸せになる権利
ふと雨が降ってくる。わたしは空を見上げる。この一面の快晴のどこから雨が来るのだろうか。雨は心地の良い冷たさをはらんでいる。わたしは雨に打たれる。内に溜まる負の感情が、悪玉菌や悪玉コレステロールが流れ落ちていく気がする。わたしは健康になっていく。気が付くと彼女はいなかった。濡れた髪をかき上げる。
「雲がなくても雨は降るのだ青よ青のあわいで縁となれよ」とわたしは詠う。
橋子と永遠がいばらと呼ぶ声がする。
「どうしたの。びしょ濡れじゃん」
「あ、雨降らなかった?」
「降ってないよ、鼻血はどう?氷貰って来たよ」わたしはティッシュを取ってみる。血は止まっていた。
「だ、大丈夫みたい」わたしたちは木陰へと戻る。タオルで髪を拭く。わたしは渡されたポカリスエットを飲む。一応氷を首に当てる。
「いばら、帽子は?」
「か、貸した」
「誰に?」
「帽子が、す、好きな子に」見ると制服に付いた血が、跡を残さずきれいに落ちている。
「さ、探すの、再開しない?」
「大丈夫?」
「うん、私いま、げ、元気」そう、けっこう時間使っちゃったしね。うん。リュックを背負う。
「い、一番近くから、また、は、始めようか」わたしは碑に目を止める。するとそこに曾祖父の名がある。
「あった」とわたしはつぶやく。近くにある別の一枚には北海道の文字もある。あったよとふたりにいう。え、とふたりはいう。わたしたち三人は碑を見つめる。
「わたしたち、全部見たよね? ここもちゃんと見たよね?」
「み、見た」
「二回見たよね?」
「見た」えーとふたりは声を上げる。
「なんでだろう」
「そんなことも、あ、あるよ」とわたしはいう。そう言いながらどんなこともあるのだろうと思っていた。
わたしは遠くから、近くから刻銘碑を撮影する。刻まれた曾祖父の字をアップで撮る。
「お、おじいちゃん、ひ、ひいおじいちゃんの碑、見つかりました」
わたしたちは花をそえ手を合わせ目を閉じる。祖父の言葉と、先ほどの女の人が言った言葉をわたしは思い出す。わたしは曾祖父には罪の意識を感じて沖縄を彷徨っているのではなく、自由な気持ちで広い世界をてくてくと歩きまわっていてほしかった。死者にも幸せになる権利がある。そうしていいのだから、きっとそうしているだろう。だから心配しなくていい。帰ったらそう祖父には伝えようと思う。




