一番安全なんだから
当日、わたしは早く起きて部屋で自撮り棒を伸ばしている。
「お、おはようございます。き、今日は出発の、日です。た、楽しいことが、た、たくさん、あれば、いいなと思っています。い、行ってきます」とわたしはいう。
早速、撮影したのを確認してみる。なんだか堅苦しい。もっとくだけたほうがいい気がする。でも、どれくらいくだけたらいいかがわからない。撮ることに撮られることに慣れていないのだった。思ったより難しい。わたしは何度も撮りなおす。いばらーと母の声がする。もう時間だ。焦りながらもう一度撮る。制服を着る。玄関では母と父が見送ってくれる。
「気をつけてな」父がいう。
「つ、着いたら、連絡するね」
「みんなと仲よくやりなさいよ」と母がいう。
駅へと向かいながらふと家の方を振り返る。家族と離れて過ごすのは中学校の修学旅行以来だった。なんだか不思議だ。大学生になったら離れて暮らすのが普通になるのだろうか。一年に数日しか会わない、いつかそんな日々が来るのかもしれない。それを決めるのはわたしなのだろうか。いつも風がある。いつもただ風に吹かれている。今は学校がわたしを繋いでいる。束縛することで流れていくことから守っている。卒業して、結び目を解いた時、わたしの未来は何処にあるのだろう。新しい結び目を何処でつくるのだろうか。
空港でわたしたちは出発を待っている。雨が降っている。ガラス張りの向こう側にたくさんの飛行機がある。中学の時は列車を使ったので、こんなに間近で飛行機を見るのは初めてだった。あの形が飛ぶことにはとても適しているのだ。きょろきょろしていると見たことのないものがわたしの目に留まる。なんだろうあれは。機械。
「ねえ、あれって、な、なんだろう」とわたしは星野さんに聞く。
「あれはねえ、保険に入るやつだよ」
「そ、そんなのが、必要なんだ」
「何かと危ないことがあるからだろうね」
「ひ、飛行機、お、落ちちゃうから?」
「落ちないよ」と彼女は笑う。「一番安全なんだから」
わたしは自撮り棒を伸ばす。「こ、これから、はじめての飛行機に、の、乗ります。乗るね」
わたしたちは機内に乗り込む。乗客は生徒以外にもいる。通路を挟んでわたしの隣には、お婆ちゃんとちいさな男の子が座っている。男の子はちいさな車をお婆ちゃんの身体に走らせている。くすぐったいよとお婆ちゃんが笑う。じっとしててと男の子が真剣にいう。ふたりを見ていると初めての飛行機で固くなったこころがなごんでいく。いい席に当たったなとわたしは思う。
飛行機は動き出す。シートベルトのランプが灯る。乗った時からわたしはもうベルトを締めている。鼓動が早まる。大丈夫なんだろうか、こんなにもたくさん人を乗せているのに。ちゃんと飛ぶのだろうか。エンジンの音が高まる。もう後にはひけない。重圧が身体にかかる。




