線が見えなくなったとき
家に帰り、夕飯を食べ、風呂に入り歯を磨き、部屋の電気を消してベッドに入る。いつもは妄想を逞しくする時間に、わたしは橋子のことを考えていた。彼女は友達になってくれるだろうか。断られるのが怖かった。でも、勇気を出して頼んでみたいと思った。
次の日、わたしたち3人は準備室に集まる。
「で、聞きたいことってなんなの? ずっと気になってたよ!」
「ど、どうして、話したいのに、き、教室で本を読んでるの?」
「それが聞きたいことなの?」うん、とわたしはいう。そうなのと彼女がいう。
「わたし、つまらないことでクラスメイトと喧嘩しちゃったの。その人がクラスの中心人物的な人で、影響力があって他の人もなんかよそよそしくなっちゃって。それでわたしの方もこころが冷めてしまって。話す必要なんかないなと思っちゃって。だから本を読んでるんだよ」
「こ、ここにいる、時とは、ぜ、全然違ってた」
「黙ってるともやもやするから、ここではストレス発散してるんだよ。どっちもわたしなんだろうけど、ここのわたしがわたしは一番好き。こころが軽やかに感じるからね!」と彼女は微笑む。
こころにだけ立つ風が吹いてわたしは波立っている。小野寺さん、とわたしはいう。なにかね? と彼女はいう。わたしは緊張している。勇気が背中を支えている。
「わ、わたしの、と、友達に、なってくれない?」
「な、なんだって!? もう一回言ってくれる?」
「わ、わたしの、と、ともだちになってください」うーんと彼女はいう。ダメだろうかとわたしは思う。
「友達ってさ、なるものじゃなくて気づいたらなってるものじゃない? あのね、友達と友達じゃないの間にははっきりくっきり線が引いてあるの。ある時、幸運に恵まれたら、わたしたちは線を越えるの。でもね、その時その線のことを夢中なわたしたちは気づかないの。わたしたちは線を越えて友達の世界に分け入って、生活をするの。それでね、しばらくして、これはしばらくしばらくなんだけど、こころに暇ができたある時にふと思い出すの。あの線ってそういえばどうだったんだっけって。来た方を振り返るの。でももうずっと遠くにあるから見えないの。だからわたしたちは線なんてそもそも無かったのかなって思うの。それがわたしの思う。友達になるってこと」
「うん」とわたしはいう。
「藤原さんがそう言うってことはわたしたちは線の近くにいるってこと、まだ友達じゃないんだよ。でも大丈夫だよ、わたしたちにはまだたくさん時間があるもの」カウンターに生徒がやってくる。初めて図書室を利用するという。橋子は色々と説明している。わたしはそれを眺めている。
橋子の言ったことは腑に落ちるような気がした。私は無知で不自然なことばかりしているのだろうか。彼女は時間がたくさん残されているといった。確かにわたしたちにはまだ2年以上の時が残されている。でももう3分の1近くが終わってしまったのかとも思ってしまうのだった。一夜の夢のような気がするのだった。できるだけ長く長くこの時が進みますように。わたしは祈った。
「藤原さん」と橋子がいう。
「なに?」
「呼んでみただけ」
「藤原さんって趣味ある?」
「う、歌を、作るのが、しゅ、趣味かな」とわたしはいう。
「へぇ」
「う、歌を、詠う時は、どもらないの」
「そうなんだ。不思議だねえ。ねえ、わたしにも歌を作ってくれる?」彼女は身を乗り出す。
「じ、実はもう、あ、あるんだよ」
「え、教えて!」
「せ、線が見えなく、な、なった時に、あげる」えー、と彼女が不満げな声を上げる。じゃあ、待ってると彼女がいう。
「ねえ、藤原さん」
「なに?」
「わたしたち、いい友達になれるといいね」と彼女がいう。
「うん」
「ありがとうと言うとなんで?と返す君 今日この橋をふたりで渡る」とわたしはこころで詠う。この歌を渡せる日が早く来ればいいなとわたしは思う。




