明日またここに集まりましょう
回転ホウキを持ちながらわたしは図書室の掃除をしている。他の人の仕事を取らないであげてねと恵美ちゃん先生はある時わたしに釘をさす。わたしはそれ以来気を付けて仕事をしている。誰のものでもない仕事がもっとあればいいのになとわたしは思う。そんな仕事をたくさんして、恵美ちゃん先生に認めてもらいたいと思った。居場所をくれたことに感謝を現わしたかった。そのためなら何でもしたい。バケツの冷たい水に雑巾を浸す。何度もやると手がかじかんでくる。でも、誰よりも雑巾を絞りたいと思っていた。絞るたびにこころは熱くなっていく。
「何者だの問いに上手く答えられなくて雑巾を硬く絞る」とわたしは詠う。
わたしと橋子はカウンターに並んで座っている。人との応対がわたしは苦手だから、橋子がいてくれると安心だった。わたしたちは天気の話をする。練習しても難しかったことが彼女となら自然とできるのだった。くちびるの乾燥の話をする。加湿器の話をする。
「ねえ、藤原さん。どもるのって大変? どんな気持ち?」と彼女が不意にいう。でも、わたしはすぐに答えることができる。いつも頭の中にあることだったから。
「は、恥ずかしくて、な、情けなくて、悔しい。どうして、ふ、普通じゃないんだろう、って思う。高望み、してるんじゃ、な、なくて、ただみんなと、お、同じでいたいと願っている、だ、だけなのに」どんな気持ちか。それを誰かにいうのは初めてのことだった。
「そうなんだね。嫌だったらごめんね」
「そ、そんなこと、ないよ。き、聞いてくれて、ありがとう」
「それはなんで?」
「だ、誰かに言うことで、す、救われる、ところがあるの」
「じゃあ、他にも聞いていい? どうしてここでご飯食べてるの?」
「そ、それは長い話になる」
「わたしも聞いていいかな?」と背中から恵美ちゃん先生の声がする。
「聞いてください」とわたしはいう。わたしはこれまでの話をする。言いづらいことも隠さず話す。長い話をすることは、こころの中を隠し余さず話すことはわたしには肉体的にも精神的にも努力がいることだったが、聞くふたりにも同じように努力がいることだったろう。わたしが話し終わると静かな沈黙がわたしたちに降りた。
「実はね、藤原さんのクラスの図書委員の坂本さんから藤原さんの噂を聞いてたの。でも、今、本人の口から聞けて良かった」
「わ、わたしも小野寺さんに、き、聞きたいことが、あるの」
「そうなの? 聞いてみて」
「もう下校時間が過ぎてるよ」と恵美ちゃん先生がいう。「それはまた明日。明日またわたしたちここに集まりましょう」




