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第7話、魔法師団

 


 魔の森。



 王都から少し離れた場所に広がる、巨大な森。


 木々は空を覆うように生い茂り、昼間だというのに森の中は薄暗い。


 風が吹くたびに、葉が擦れる音が響いていた。


「……これが、魔の森……」


 馬車から降りたイリスは、森を見上げた。


 思っていたよりも、本当にずっと大きい。


「初めて見る?」


 隣に立っていたノアが尋ねる。


「はい! こんなに大きな森、初めてです!」


「僕も実際に来るのは初めてだよ」


「そうなんですか?」


「うん。話には聞いてたけどね」


 イリスは森の奥へ視線を向けた。

 その瞬間。


 ――ざわ。


 木々の間から、何かが動いたような気がした。


「……」


 イリスは思わず目を細める。


 けれど、何もいない。


「どうしたの?」


「いえ……なんでもないです!」


 笑顔を浮かべる。

 そのときだった。


「第一騎士団、集合!」


 アルフォンスの声が響いた。

 騎士たちがすぐに集まっていく。

 イリスとノアもその列に加わった。


「今回の任務では、魔法師団との合同での討伐です」


「魔法師団……」


 イリスが小さく呟く。


 魔法師団は黒を基調とした制服。

 腰には杖や魔導具。

 騎士たちとは明らかに違う格好をしている。


「来たようですね」


 アルフォンスがそちらを見る。

 先頭に立っていた魔法使いが、一歩前へ出た。


「魔法師団、到着しました」


「ご苦労さまです」


 アルフォンスと魔法使いが簡単に言葉を交わす。

 イリスは、その様子をじっと見つめていた。


 魔法使い。

 自分とは違う。

 そう思っていた。

 けれど――。


(……もしかしたら)


 胸の奥が、ほんの少しだけ高鳴る。


(この人たちなら……)


 自分と同じように。


 精霊の声を聞くことができる人が。


 どこかにいるのかもしれない。


 三年前のあの日から。

 イリスは、自分と同じ力を持つ人に会ったことがなかった。

 だからこそ。

 もしかしたら、と思った。


 魔法師団なら。

 魔法を専門に扱う人たちなら。

 自分と同じ魔法を使える人がいるかもしれない。


「……」


 イリスは、魔法使いたちを見つめた。

 すると、一人の魔法使いが杖を取り出した。


「では、今回の討伐における魔法支援について説明します」


 地面に杖を向ける。

 すると――。

 淡い光が広がった。

 地面に、複雑な模様が浮かび上がる。


「わぁ……」


 イリスの目が輝いた。

 魔法陣。

 知っている。

 それは、イリスが普段使っている魔法と同じものだった。


「これが、現代魔法です」


 魔法使いが説明を始める。


「現代魔法は、自身の体内にある魔力を用いて発動します」


 魔法陣の中心に、小さな光が集まっていく。


「魔力を集め、魔法陣を構築し、詠唱によって術式を完成させる」


 次の瞬間。


「――火よ、我が意に従え」


 ボッ。


 小さな炎が浮かび上がった。


 魔力の制御に長けた者ほど、必要な力だけを使い、精密な魔法を発動できる。


 だから。

「すごい……!」


 イリスが思わず声を漏らす。

 周囲の騎士たちも、それぞれ興味深そうに見ていた。


「生まれつき魔力を持っている者であれば、訓練によって習得することができます」


「へぇ……」


 ノアが感心したように呟く。


「なら、魔力があれば誰でも魔法使いになれるのですか?」


「誰でも、というわけではありません。才能や適性もあります。しかし、努力によって扱える魔法を増やしていくことは可能です」


「なるほど」


 イリスは、浮かんでいる炎を見つめた。

 自分も。

 魔法を使うときは、魔力を集める。

 詠唱をする。

 魔法陣を作る。

 今見せてもらったものと、同じだ。

 ――ただ。


(……こんなに違うんだ)


 イリスは、胸の奥で呟いた。


 自分の魔法とは、何かが違う。


 同じ「魔法」という言葉で呼ばれているのに。


 その仕組みも。

 力の源も。


 まるで違っていた。


 そして。

 イリスは気づいた。

 誰も。


 精霊の話をしていない。


「……」


 少しだけ、周囲を見回す。


 魔法使いたちは魔法陣について話している。


 魔力について。

 詠唱について。

 術式について。

 けれど――。


 精霊について話す者は、一人もいない。


(……あれ?)


 胸の奥にあった小さな期待が、少しずつ消えていく。


「古代には、現在とは異なる魔法体系も存在したとされています」


 魔法使いが続ける。


「古代魔法と呼ばれるものです」


「古代魔法……?」


 イリスが反応した。


「はい。現在では失われたとされている特殊な魔法です」


 その言葉に、イリスは息を止めた。


「古代魔法には、現在の魔法とは異なる術式が存在したと言われています。詳しい記録はほとんど残っていません」


「……」


 イリスは黙って聞いていた。


 ――精霊。

 古代魔法。

 自分が使っている力。

 もしかしたら。

 今度こそ。

 そう思った。


「古代魔法を使える人って、いるんですか?」


 思わず尋ねてしまう。


 魔法使いたちが一斉にイリスを見る。


「ああ……」


 説明していた魔法使いが少し考える。


「少なくとも、現在確認されている者はいません」


「……そう、ですか」


「文献上では存在したとされていますが、現在では失われた魔法と考えられています」


「……」


 イリスは笑った。


「そうなんですね!」


 いつもの笑顔。

 けれど。

 ほんの少しだけ。


 その笑顔は寂しかった。


(……いないんだ)


 自分と同じ人は。

 精霊の声を聞いて。

 精霊と話して。

 その力を借りる人は。

 どこにもいない。

 ――自分だけ。


 その事実を、改めて思い知らされた。


 すると。


《イリス》


 聞き慣れた声がした。


「……!」


 イリスは振り返る。


 けれど、そこには誰もいない。

 木々が揺れているだけだった。


《寂しい?》


「……」


 イリスは小さく笑う。


「……ちょっとだけ」


 誰にも聞こえない声で呟いた。


《私たちがいるよ》


「うん」


 今度は、本当に笑った。


「……ありがとう」


 精霊たちの声は、いつだって自分のそばにある。


 それだけでいい。


 そう思おうとした。


 イリスは胸元に手を当てる。


 そこには、誰にも見せていないペンダントがあった。

 ――リリア・アステリア。

 そこに刻まれた、自分の本当の名前。

 それを握りしめる。

(私は、イリス)

 今は。

 それでいい。


「……よし!」


 パン、と両手で頬を叩く。


「イリス?」


 ノアが不思議そうに見る。


「なんでもないです!」


 イリスはいつもの笑顔を浮かべた。

 そして。

 魔法師団の人々を改めて見つめる。


 古代魔法は失われた。


 自分だけが、その力を使える。


 その事実を。


 絶対に知られてはいけない。


 イリスは、心の中で静かに決めた。


(……この力は、隠す)


 魔法使いたちが準備を始める。

 騎士たちも、それぞれ武器を確認していく。

 アルフォンスが前へ出た。


「では、これより魔の森へ入ります」


 騎士たちが一斉に動き出す。


 イリスも剣を握った。

 魔法師団と、騎士団。

 それぞれの役割を果たしながら、森の奥へ進んでいく。


 ――このときのイリスは、まだ知らなかった。

 この合同任務で。

 魔法師団と騎士団の間にある、思いもよらない「違い」を目の当たりにすることになるなんて。

 そして。

 その違いが――。


 イリスに、自分が「守る」ということの意味を考え直させることになるなんて。


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