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第8話、守る剣

 

 魔の森の中へ入ってから、しばらく。


 木々の間を進んでいた一行は、開けた場所へと出た。


「全員止まれ!」


 先頭を歩いていた騎士が声を上げる。

 全員の足が止まった。

 森の奥から。

 何かが聞こえる。


 ガサッ。

 ガサガサッ。


「……来ます」


 アルフォンスが静かに告げる。


 次の瞬間。


「グルァァァッ!」


 茂みから、一体の魔物が飛び出してきた。


「魔物!」


 誰かが叫ぶ。

 獣のような姿。

 鋭い爪。

 大きな牙。

 その体は、普通の狼よりも二回りほど大きかった。


「戦闘準備!」


 アルフォンスの声が響く。


「魔法師団、詠唱準備!」


「は、はい!」


 魔法使いたちが一斉に杖を構える。

 地面に魔法陣が浮かび上がっていく。


「騎士団、前へ!」


「了解!」


 騎士たちが一斉に前へ出た。

 剣を抜く。

 盾を構える。

 魔法使いたちの前に立ち、壁を作るように陣形を組んだ。


「――!」


 イリスは目を見開いた。

 騎士が前。

 魔法使いが後ろ。

 それ自体は分かる。

 魔法使いは遠距離から魔法を放つ。

 その間、騎士が敵を食い止める。

 これが基本なのだろう。


「来るぞ!」


 魔物が飛びかかってきた。


「うおおっ!」


 騎士が盾で受け止める。


 ドンッ!

「ぐっ……!」


 衝撃で騎士の足が地面を滑った。


「今です!」


 魔法使いが杖を掲げる。


「炎よ――」


 詠唱。

 魔法陣が輝く。


「――我が敵を焼け!」


 ボッ!

 小さな炎の塊が飛んでいく。

 しかし。


 魔物の体に当たった炎は、表面を少し焦がしただけだった。


「グルァッ!」


「効いてない!?」


 騎士が叫ぶ。


「もう一度、詠唱を!」


「は、はい!」


 魔法使いが再び魔法陣を構築する。


 その間にも。


「来るぞ!」


 魔物が再び飛びかかる。


「ぐあっ!」


 騎士の腕を爪が掠めた。


「大丈夫ですか!?」


「これくらい平気だ!」


 騎士は剣を振る。

 魔物が後ろへ跳ぶ。


「魔法、まだか!」


「もう少しです!」


「急げ!」


 イリスは、その光景を見ていた。


「……」


 何かがおかしい。


 そう思った。

 魔法使いが魔法を放つ。

 騎士が魔物を食い止める。

 魔法使いがもう一度詠唱する。

 その間、騎士が傷つく。

 また魔法。

 また騎士が前へ。


「……あれ?」


 イリスが小さく呟いた。


「どうしたの?」


 隣にいたノアが尋ねる。


「いえ……」


 イリスは魔法使いたちを見る。


 魔法陣。

 詠唱。

 魔力。

 確かに、魔法は使っている。

 けれど。


「……時間が、かかりすぎてる?」


 小さな火。

 小さな風。

 小さな雷。

 一つ一つの魔法が、あまりにも弱い。

 もちろん、魔物は簡単には倒れない。

 それは分かる。

 けれど。


(……どうして?)


 イリスは首を傾げた。


 自分が使う魔法なら。


 もっと早く。

 もっと強く。

 もっと――。


「……」


 そこで、イリスは考えるのをやめた。


 今は自分の魔法について考えている場合ではない。


「イリス!」


 ノアの声が飛ぶ。


「はい!」


 魔物がこちらへ向かってきていた。


「前へ!」


 アルフォンスの声。

 イリスは剣を握る。


「はい!」


 地面を蹴った。


「はあっ!」


 魔物の爪を剣で受け流す。

 そのまま横へ回り込み、足を狙う。


 ザッ!


 浅く斬れた。


「グルァァッ!」


 魔物が怒り、振り向く。


「イリス、下がって!」


「大丈夫です!」


 再び魔物が飛びかかってくる。

 イリスは身を低くして避けた。


「――今!」


 剣を振る。

 魔物の肩に傷が入る。


「すごい……」


 誰かが呟いた。

 けれど。


「魔法、撃ちます!」


 後方から声がした。


「はい!」


 イリスは横へ飛ぶ。


「――炎よ!」


 魔法が飛ぶ。


 しかし。

 またしても。


 魔物の体を少し焦がしただけだった。


 その少し焦がされた魔物を騎士団が討伐する。


「……」


 イリスは思わず魔法使いを見る。


 そして。

 魔物を見る。

 もう一度。

 魔法使いを見る。


「……あの」


「な、なんでしょう?」


 魔法使いが戸惑ったように返事をする。

 イリスは、純粋な疑問を口にした。


「魔法使いなのに……」


 一瞬。

 周囲の音が止まったように感じた。


「どうして、こんなに弱いんですか?」


「…………」


「…………」


「…………」


 凍った。


 本当に。


 その場にいた全員が、固まった。


 ノアの顔が引きつる。


「イ、イリス……」


「はい?」


「それ……」


 ノアが小声で続ける。


「今、言わないほうがいいと思う」


「え?」


 イリスはきょとんとした。


「でも、事実では……」


「イリスさん」


 アルフォンスの声が飛んできた。


「はい!」


「少し、こちらへ」


「はい?」


 アルフォンスは額に手を当てていた。


「……今の発言は、決して悪意があってのものではないと理解しています」


「はい!」


「ですが」


 アルフォンスは魔法師団を見る。

 そして、イリスを見る。


「言葉には、気をつけましょう」


「……?」


 イリスは首を傾げた。


「どうしてですか?」


「…………」


 アルフォンスは一瞬、言葉を失った。

 ノアが小さく呟く。


「本当に分かってないんだ……」


「?」


 イリスはますます分からない。

 魔法使いなのだから。

 もっと強い魔法を使うものだと思っていた。

 もっと威力が高くて、魔物も一撃でやっつけられるくらい強いんだって。

 ただ、それだけだった。


「……すみません」


 イリスは魔法師団の方を向いた。


「悪い意味で言ったんじゃないです!」


「……いえ」


 一人の魔法使いが苦笑する。


「君が思ったことを口にしただけなのは、分かるよ」


「本当ですか?」


「ああ」


 けれど、その表情には少しだけ苦いものがあった。

 イリスは気づかない。

 ただ。

 もう一度、魔法使いたちを見る。


(……どうして?)


 疑問は消えなかった。

 魔法は。

 もっと強いものではないのか。

 もっと自由で。

 もっと大きな力を使えるものではないのか。

 イリスが知っている魔法は。

 精霊たちが与えてくれる力は。

 もっと――。


「……」


 イリスは、ぎゅっと剣を握った。


 今は考えない。

 自分の力を知られてはいけない。

 それだけは、分かっている。


「来ます!」


 ノアが叫んだ。


「全員、構えろ!」


 アルフォンスの声。

 騎士たちが再び前へ出る。

 魔法使いたちは後ろで詠唱を始める。

 また同じ形。

 騎士が守り。

 魔法使いが魔法を放つ。

 けれど。

 イリスには。


 その形が、どうしても正しいものには思えなかった。


 ――守る。


 それは。


 誰かが傷つき続けることなのだろうか。


 イリスは魔物を見つめる。


 そして。

 その奥。

 森のさらに深い場所へ視線を向けた。


「……?」


 何か。


 いる。


 そんな気がした。

 さっきまでとは違う。

 森の奥から。

 ぞくりとするような気配が、こちらへ近づいてくる。

 精霊たちも。

 ざわめいていた。


《……来る》


「……え?」


 イリスが振り返る。

 森の奥。

 木々が、大きく揺れた。


 ――ズン。


 地面が、わずかに震えた。


「……何?」


 誰かが呟く。

 そして。

 もう一度。


 ――ズン。


 今度は、はっきりと。


 地面が揺れた。


 イリスは剣を握り直した。


 笑顔が。


 ほんの少しだけ消える。


 何かが。

 来る。


 それは。


 今まで戦ってきた魔物とは、明らかに違うものだった。


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