第38話①、それでも、あなたに会いたかった
セレスティアの涙が、静かに頬を伝っていた。
「……ごめんなさい、リリア」
何度目になるかわからない謝罪。
けれど、どれだけ言葉を重ねても、胸の奥に積もった後悔は消えてくれなかった。
会いたかった。
ずっと、会いたかった。
もう一度会えたなら、伝えたいことがたくさんあった。
なのに。
再会した自分が口にしたのは、彼女を傷つける言葉ばかりだった。
「私……あなたが、あんなふうに笑うから……」
「……え?」
イリスが小さく顔を上げる。
セレスティアは、唇を噛みしめた。
「昔と、変わらなかったから」
楽しそうに笑って。
誰かに手を差し伸べて。
どんなに辛いことがあっても、前を向こうとする。
それが、昔のリリアだった。
けれど、セレスティアは知っていた。
笑っているからといって、何も傷ついていないわけではない。
それなのに、自分は。
「あなたが、何も失っていないように見えてしまったの」
声が震えた。
「私は……ずっと、あの日から進めなかったのに」
イリスは、何も言わなかった。
ただ、セレスティアの言葉を聞いていた。
「あなたがいなくなってから、何度も探したわ。けれど、見つからなかった。誰に聞いても、何もわからなかった」
セレスティアは膝の上で拳を握った。
「だから……もう、会えないのだと思っていた」
もう、二度と。
あの笑顔を見ることはできないのだと。
「それなのに、目の前にあなたが現れて……昔と同じように笑っていたから」
セレスティアは顔を覆った。
「どうして、私はこんなに苦しいのに。どうして、あなたは笑っていられるのって……そんなことを考えてしまったの」
沈黙が落ちた。
イリスは、胸元のペンダントに触れた。
あの日のことを思い出す。
暗い部屋。
冷たい床。
痛みと恐怖。
助けを求めても、誰も来てくれなかった時間。
そして、失った家族。
自分だって、何も失わずにここまで来たわけではなかった。
笑っていたのは。
笑っていなければ、立っていられなかったから。
「……ティア」
イリスは、静かに口を開いた。
「私ね、ずっと怖かったんだ」
セレスティアが顔を上げる。
「また、大切な人がいなくなっちゃうんじゃないかって。誰かを好きになったら、また失うんじゃないかって」
イリスは、指先をぎゅっと握った。
「だから、笑っていたの。笑っていれば、きっと大丈夫だって……そう思いたかった」
それは、姉から教わった言葉だった。
笑う門には福来る。
辛いときも、悲しいときも。
笑っていれば、いつか良いことがある。
ずっと、その言葉を信じてきた。
けれど。
「本当は、泣きたいときもあったよ」
イリスの瞳に、涙が浮かぶ。
「すごく、すごく怖かった。誰かに助けてって言いたかった。
寂しかったし、
会いたかった」
セレスティアの表情が揺れた。
「……リリア」
「だからね。ティアに会えて、嬉しかったんだよ」
イリスは、涙を拭った。
「でも……あのときは、悲しかった」
その言葉に、セレスティアは息を呑んだ。
「ティアに、あんなふうに言われるなんて思わなかったから」
責めるような声ではなかった。
それが、かえってセレスティアの胸を締めつけた。
「……ごめんなさい」
「うん」
イリスは小さく頷いた。
「まだ、ちょっと悲しい」
セレスティアの目から、また涙がこぼれた。
「……そうよね」
すぐに許してほしいなどと言えるはずがない。
自分が傷つけたものを、なかったことにすることはできない。
セレスティアは、ゆっくりと頭を下げた。
「あなたが許してくれるまで、謝り続ける……なんてことも言わないわ。
そんなことをしたら、あなたにまで私の気持ちを背負わせてしまうもの」
声を整えようとしても、うまくいかなかった。
「ただ……もう一度、あなたと話せるようになりたい」
顔を上げる。
「それを、願ってもいいかしら」
イリスは、じっと彼女を見つめた。
昔のティア。
いつも自分の手を引いてくれた、大好きな友達。
そして、今、目の前にいるティア。
冷たい言葉を口にした彼女も。
泣きながら謝っている彼女も。
どちらも、セレスティアなのだろう。
すぐに元通りにはなれない。
それでも。
「……うん」
イリスは、そっと手を伸ばした。
「また、お話ししよう」
「……っ」
「今度は、ちゃんと。お互いに、嫌だったことも、悲しかったことも、話そう?」
セレスティアは、伸ばされた手を見つめた。
触れてもいいのだろうか。
今の自分に、その資格があるのだろうか。
迷いながらも、彼女はゆっくりと手を伸ばした。
指先が触れる。
イリスの手は、少し冷たかった。
けれど、確かな温もりがあった。
「……ありがとう、リリア」
セレスティアは、その手を両手で包み込んだ。
もう、離したくない。
けれど、今度は無理に繋ぎ止めるのではなく。
彼女が自分の意思で、隣にいてくれるように。
少しずつ、関係を築き直していこう。
そう、心に決めた。




