↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/75

第37話①、もう一度、あなたに

光が、静かに消えていった。


森を覆っていた白い輝きが薄れ、荒れ狂っていた風が穏やかさを取り戻していく。


舞い上がっていた土埃が地面へ落ち、折れた木々の枝が、かすかな音を立てた。


つい先ほどまで、耳をつんざくような咆哮と剣戟が響いていた戦場。


そこには今、奇妙な静けさが広がっていた。


「…………」


騎士たちは、誰もすぐには動けなかった。


目の前に広がる光景を、理解することができなかったからだ。


森の奥から現れた、あの異質な魔物。


周囲の魔物たちを恐怖に陥れ、最初に現れた黒い角の巨大な魔物さえ怯えさせた存在が、今は動きを止めていた。


その巨体を、無数の淡い光が包み込んでいる。


四肢に絡みついた光の糸は、まるで生き物のように形を変えながら、魔物を地面へと縫い留めていた。


魔物が低く唸る。


しかし、先ほどまでのように暴れることはできない。


身をよじろうとするたびに、光の糸が強く輝き、その動きを押さえ込んでいた。


「……止まった、のか?」


誰かが、呆然と呟いた。


その声をきっかけに、ようやく周囲が動き始める。


「全員、気を抜くな!」


ヴィルヘルムの声が、戦場に響き渡った。


「負傷者の救護を最優先! 動ける者は搬送を手伝え! 巨大個体には近づくな!」


「了解!」


「それから、黒い角の魔物にも注意しろ! あいつまで消えたわけじゃねえ!」


騎士たちが一斉に動き出す。


少し離れた森の縁では、最初に現れた黒い角の魔物が、身を低くしていた。


その赤い瞳は、拘束されたもう一体の魔物へと向けられている。


先ほどまでの凶暴さは影を潜めていたが、だからといって安全になったわけではない。


周囲には、まだ逃げ遅れた魔物たちも残っている。


戦いは、完全には終わっていなかった。


「アルフォンス!」


「はい!」


「第一騎士団は後方の防衛を固めろ。セドリックと連携して、負傷者の搬送路を確保しろ!」


「承知しました!」


アルフォンスは頷き、すぐに周囲の騎士たちへ指示を飛ばした。


「第一隊は防衛線を維持! 第二隊は負傷者の搬送を優先してください! 魔法師は防御を継続し、魔物の動きに変化があれば直ちに報告を!」


「はっ!」


騎士たちが、それぞれの役割へ戻っていく。


だが、アルフォンスの視線は、何度も後方へ向けられていた。


そこには、先ほどまで戦場の中心に立っていた小さな少女がいる。


白い髪。


幼さの残る顔立ち。


まだ十二歳の、最年少騎士。


あれほどの力を使った少女は、今、意識を失っていた。


アルフォンスは、彼女を支える腕にわずかに力を込めた。


「……イリスさん」


返事はない。


それでも、少女の呼吸は確かに続いている。


そのことに、彼はほんの少しだけ安堵した。


そして、静かに呟いた。


「もう十分です」


誰にも聞こえないほど、小さな声だった。


「残りは、私たちに任せてください」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「イリス!」


ノアが駆け寄ってきた。


アルフォンスの腕の中で目を閉じている少女を見て、その顔が青ざめる。


「団長、イリスは……!」


「意識を失っています。呼吸はありますが、かなり消耗しているようです」


「……そんな」


ノアは唇を噛んだ。


つい先ほどまで、あんなに強く立っていたのに。


怖いと言いながらも、精霊たちに呼びかけていたのに。


今は、目を開けてくれない。


「……イリス」


約束したじゃないか。


ちゃんと戻ってくるって。


そう言いたかった。


けれど、言葉にはならなかった。


「救護班!」


アルフォンスが声を張り上げる。


「こちらに負傷者がいます! 至急、確認をお願いします!」


「ただいま!」


駆けつけた治療師たちが、すぐにイリスの状態を確認し始めた。


左腕の負傷。


身体のあちこちに残る打撲や擦り傷。


そして、極度の消耗。


治療師の一人が、慎重に呼吸と脈を確かめる。


「……命に関わるような状態ではなさそうです。ただ、かなり消耗しています。

 左腕の状態も詳しく確認する必要があります」


「すぐに治療できますか?」


「はい。まずは安全な場所へ運びましょう」


「お願いします」


アルフォンスは頷いた。


そのとき。


「アルフォンス!」


ヴィルヘルムが駆け寄ってきた。


「イリスはどうだ!」


「意識を失っています。治療師によれば、今のところ命に関わる状態ではないようです」


「……そうか」


ヴィルヘルムが、深く息を吐いた。


安堵と、心配。


そして、わずかな苛立ち。


いくつもの感情が、その表情に浮かんでいた。


「……ったく。無茶しやがって」


彼は、イリスの白い髪を見下ろした。


あの小さな身体で、あれほどの力を使ったのだ。


倒れて当然だった。


だが、責める気にはなれなかった。


イリスが何を思って、あの力を使ったのか。


それだけは、誰よりもよくわかっていたからだ。


「総長」


アルフォンスが、静かに声をかける。


「彼女の力についてですが……」


「ああ」


ヴィルヘルムは、周囲を見回した。


騎士たちの間には、戸惑いと好奇心が広がっている。


当然だろう。


詠唱も魔法陣もなく、あれほどの魔法を使ったのだ。


理由を知りたいと思う者がいても、不思議ではない。


しかし。


「全員、聞け!」


ヴィルヘルムの声が、鋭く響いた。


近くにいた騎士たちが、一斉に姿勢を正す。


「今回の件について、今この場でイリスを詮索することは許さん!」


その声には、有無を言わせない迫力があった。


「まずは負傷者の救護と、周囲の安全確保だ。見聞きしたことを憶測で広めるな。必要な報告は指揮官を通せ!」


「はっ!」


「イリスのことは、俺が責任を持つ」


ヴィルヘルムは、はっきりと言い切った。


騎士たちは再び頭を下げ、それぞれの持ち場へ戻っていく。


アルフォンスは、その様子を見て静かに頷いた。


「ありがとうございます」


「礼を言われるようなことじゃねえ」


ヴィルヘルムは短く答えた。


「約束したからな」


イリスが、震える声で願ったこと。


自分の秘密を守ってほしい、と。


あのとき、彼女がどれほどの勇気を振り絞っていたのか。


ヴィルヘルムには、すべてを理解することはできない。


それでも。


あの少女が、自分たちを信じようとしてくれたことだけは、確かだった。


「……約束は守る」


彼は、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。