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第36話①、白き光に宿るもの

 光が、溢れた。


 私の足元から広がった淡い輝きは、まるで水面に落ちた雫のように、戦場へと波紋を描いていく。


 風が吹いた。


 けれど、それは嵐のような荒々しい風ではなかった。


 傷ついた騎士たちの頬を撫で、舞い上がった土埃を払い、倒れた木々の間を静かに吹き抜けていく。


 つい先ほどまで、魔物たちの咆哮と騎士たちの叫び声で満ちていた戦場。


 その空気が、少しずつ変わり始めていた。


『イリス』


『きこえる?』


 精霊たちの声が、心の奥へと響く。


 私は静かに目を閉じた。


「うん。聞こえるよ」


『いっぱい、いるよ』


『みんな、きてくれたよ』


『イリスを、たすけにきたの!』


「……ありがとう」


 胸がいっぱいになった。


 今まで、誰にも知られないようにしてきた。


 力を使えば、目立ってしまう。


 目立てば、何が起こるかわからない。


 だから、いつも必要最低限の力だけを使ってきた。


 剣を振るうときも。


 傷ついた人を助けるときも。


 精霊たちの声が聞こえていても、聞こえないふりをしてきた。


 それが、自分を守るために必要なことだと思っていたから。


 だって、怖かったのだ。


 自分の力を知られることが。


 また誰かに利用されることが。


 あの冷たい場所へ、連れ戻されることが。


 そして何より。


 せっかくできた居場所を、失ってしまうことが。


 でも、今は違う。


 目の前には、守りたい人たちがいる。


 助けを求める精霊たちがいる。


 そして、秘密を打ち明けた私を信じてくれた人たちがいる。


 ヴィルヘルムは言ってくれた。


 自分たちが道を作るから、好きなだけ頼れ、と。


 アルフォンスも言ってくれた。


 私一人に、すべてを背負わせるつもりはない、と。


 だから。


 今だけは。


 この人たちを信じて、自分の力を使いたい。


「みんな……お願い」


 私は胸元に右手を添えた。


 左腕には、まだ痛みが残っている。


 鎧の下では、肩から指先にかけて鈍い痺れが続いていた。


 それでも、精霊たちの気配を感じることはできた。


「私に、力を貸して」


 その言葉に応えるように、光が一斉に輝いた。


『うん!』


『まかせて!』


『いっしょに、まもろう!』


 温かな光が、身体を包み込む。


 その瞬間。


 私の中で、何かが静かに繋がった。


 風の流れ。


 大地の鼓動。


 水の気配。


 光の揺らめき。


 それぞれが別々のものではなく、世界を形作る一つの大きな流れとして感じられる。


 まるで、ずっと閉じていた扉を、そっと開いたようだった。


 懐かしい感覚。


 けれど、どこか違う。


 以前の私は、ただ力を使っていただけだった。


 自分にできることを、自分だけでやろうとしていた。


 でも、今は。


 精霊たちの声が聞こえる。


 私を信じてくれる仲間たちの存在を感じる。


 だから、きっと。


 一人ではできなかったことも、できるかもしれない。


 私は、ゆっくりと息を吸った。


「……来て」


 小さく、そう告げた。


 それだけだった。


 詠唱も、魔法陣も必要ない。


 私の声に応えるように、世界が動き始めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「……何だ、これは」


 ヴィルヘルムが目を細めた。


 魔法陣はない。


 詠唱もない。


 通常の魔法であれば感じ取れるはずの、魔力が練り上げられていく気配さえ、ほとんどない。


 それなのに。


 戦場を覆う空気そのものが、変わり始めていた。


 イリスの足元から広がる淡い光。


 その周囲には、数えきれないほどの小さな輝きが集まっている。


 一つ。


 二つ。


 十、二十。


 やがて、数えることすらできなくなった。


 光は少女の肩や髪の周りを飛び交い、時折、彼女の頬に触れるように揺れていた。


 まるで、少女の呼びかけに応えているかのように。


「団長……あれは、一体……」


 近くにいた第一騎士団の騎士が、アルフォンスへと視線を向けた。


 アルフォンスもまた、目の前の光景から目を離せずにいた。


「……わかりません」


 静かに答える。


「ですが、イリスさんが私たちを守ろうとしていることは、確かです」


 先ほど、イリスは言った。


 自分には、普通の魔法とは違う力があるのだと。


 精霊たちの声を聞き、その力を借りることができるのだと。


 しかし、実際に目にしてみると、想像していたものとはまるで違っていた。


 これほどの力を、あの小さな少女がずっと隠していたというのか。


 どれほどの不安を抱えながら。


 どれほどの恐怖を押し殺しながら。


 アルフォンスは、わずかに眉を寄せた。


 だが、今は考えている場合ではない。


 少女が勇気を出して打ち明けてくれた秘密を、無駄にするわけにはいかなかった。


「第一騎士団、周囲の警戒を続けてください!」


 アルフォンスが声を張り上げる。


「イリスさんの周囲には近づかず、負傷者の搬送を優先! 残存する魔物にも注意してください!」


「了解!」


 騎士たちが動き出す。


 そのときだった。


 森の奥から、低い唸り声が響いた。


 ――グルルルル……。


 戦場にいた騎士たちが、一斉に顔を上げる。


 そこには、二体の巨大な魔物がいた。


 一体は、最初に森から現れた黒い角の魔物。


 岩のような外殻に覆われた巨体と、赤く光る瞳を持つ、騎士たちを苦しめてきた存在だ。


 だが、もう一体。


 そのさらに奥から姿を現した魔物は、明らかに異質だった。


 木々の間に佇む巨大な影。


 その全貌は、舞い上がる土埃と薄暗い森の影に紛れ、いまだにはっきりと見えない。


 しかし、その存在が放つ威圧感は、遠く離れた場所にいる騎士たちにまで伝わっていた。


 何より異様だったのは、最初の巨大な魔物の反応だった。


 先ほどまで騎士たちへ猛然と襲いかかっていた黒い角の魔物が、今は身を低くしている。


 赤い瞳を森の奥へ向け、低い唸り声を漏らしていた。


 まるで、そこにいる存在を恐れているかのように。


「……あの化け物まで怯えてやがるのか」


 ヴィルヘルムが呟いた。


 その瞬間。


 森の奥から現れた魔物が、ゆっくりと顔を上げた。


 そして、その視線が。


 まっすぐに、イリスへと向けられた。


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