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第31話①、守りきれない戦場


鳴り響く警報が、森の静寂を切り裂いていた。


地面を揺らしながら押し寄せる魔物の群れ。


その数は、少なくとも数十匹。


グレイウォルフをはじめ、普段なら森の奥から出てくることのない魔物までもが、何かから逃げ惑うように走り続けていた。


「第一騎士団、前衛を維持しろ! 後衛は負傷者の確認と退路の確保を!」


アルフォンスの声が響く。


「第三騎士団は左右に展開! 街道へ抜ける魔物を食い止めてください!」


セドリックもまた、部下たちへ指示を飛ばした。


「了解!」


騎士たちが一斉に動き出す。


第一騎士団が剣を構え、迫り来る魔物を迎え撃った。


「来るぞ!」


先頭を走っていたグレイウォルフが、大きく口を開いて飛びかかる。


ガキンッ!


騎士の剣と鋭い牙がぶつかり、甲高い音が響いた。


「くっ……!」


グレイウォルフの勢いに押され、騎士の足が地面を滑る。


その隙を狙い、別の個体が横から飛び込んできた。


「危ない!」


私は反射的に駆け出した。


剣を抜き、グレイウォルフの進路へ割り込む。


刃で魔物の前脚を弾き、その軌道を逸らした。


「今です!」


「あ、ああ!」


体勢を立て直した騎士が、グレイウォルフを押し返す。


私はすぐに距離を取り、次の魔物に備えた。


「イリスさん! 勝手に前へ出ないように!」


アルフォンスの鋭い声が飛ぶ。


「すみません!」


返事をしながらも、私は周囲を見回した。


あちらでも、こちらでも、騎士たちが魔物と戦っている。


一つの場所を抑えれば、別の場所から魔物が押し寄せてくる。


倒しても、倒しても、終わりが見えない。


まるで森そのものが、魔物を吐き出しているかのようだった。


「こんなにたくさん……!」


「イリス、右!」


ノアの声に、私はとっさに身をひねった。


鋭い爪が、ほんの数センチ先をかすめる。


目の前にいたのは、グレイウォルフよりも一回り大きな魔物だった。


その黄色い瞳が、私を捉えている。


「っ……!」


魔物が低く唸り、再び飛びかかってきた。


私は剣を横に構え、攻撃を受け流す。


衝撃が腕に響いた。


(……重い!)


真正面から受け止めるには、大きすぎる力だった。


それでも、私は歯を食いしばって踏みとどまった。


「はあっ!」


剣を押し返し、魔物との距離を取る。


そこへノアが駆け込んだ。


「イリス、下がって!」


ノアの剣が魔物の脇を捉える。


魔物は苦しげな声を上げ、地面へと崩れ落ちた。


「ありがとう、ノア!」


「お礼はあと! まだ来るよ!」


「うん!」


私たちは互いの背後を守りながら、次々と迫る魔物に対処した。


ノアが攻撃を受け止め、私が隙を突く。


私が体勢を崩した魔物を引きつけ、ノアがその横を抜けて別の魔物を食い止める。


同期として積み重ねてきた訓練が、自然と二人の動きを噛み合わせていた。


けれど。


それでも、足りなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「街道側へ抜ける個体が増えています!」


「こちらも抑えきれません!」


騎士たちの切迫した報告が飛び交う。


第三騎士団が左右へ展開しているものの、魔物の数はあまりにも多かった。


さらに厄介なのは、魔物たちが統率の取れた動きをしていないことだった。


こちらを狙う個体がいるかと思えば、騎士を避けて無理やり突破しようとする個体もいる。


互いにぶつかり、進路を変え、時には仲間を押しのけながら、ただひたすらに森の外を目指している。


「おかしい……」


アルフォンスが呟いた。


剣を振るいながら、魔物たちの動きを観察している。


敵意はある。


だが、戦うために押し寄せているのではない。


何かに追い立てられ、恐怖に駆られている。


その証拠に、魔物たちは騎士たちとの戦闘を避けようとさえしていた。


「いったい、森の奥で何が起きている……?」


そのときだった。


「きゃあああっ!」


甲高い悲鳴が響いた。


街道の先。


避難誘導にあたっていた兵士たちの近くで、一頭の魔物が進路を変えたのだ。


その先には、荷車のそばに取り残された人々がいた。


逃げ遅れたらしい親子が、身を寄せ合って震えている。


「お母さん……!」


「大丈夫よ、すぐに騎士様が――」


母親の言葉は、魔物の咆哮にかき消された。


「危ない!」


私は走った。


頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。


魔物と親子の間へ飛び込み、剣を構える。


「こっちだよ!」


魔物の注意が私へ向く。


次の瞬間、巨大な前脚が振り下ろされた。


私は身をひねってかわしたものの、衝撃で体勢を崩し、地面に片膝をついた。


「イリス!」


ノアの声が聞こえる。


けれど、ノアもまた別の魔物を食い止めていて、すぐには駆けつけられない。


目の前の魔物が、再び爪を振り上げた。


私は剣を握り直す。


(……受け止められる?)


いや、考えている暇はない。


「……っ!」


その瞬間。


横合いから飛び込んできた騎士が、魔物の攻撃を弾き返した。


「下がれ! ここは俺が引き受ける!」


「ありがとうございます!」


私はすぐに親子のもとへ駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


母親は呆然としたまま、何度も頷いた。


「は、はい……! ありがとうございます……!」


「よかった……」


私はほっと息をついた。


けれど、安堵したのも束の間だった。


「騎士様! あっちにも人が!」


母親が指さした先では、別の荷車が横倒しになり、数人の人々がその陰に身を隠していた。


そのすぐそばを、複数の魔物が駆け抜けていく。


さらに遠くから、別の悲鳴が聞こえた。


一人を助ければ、別の誰かが危険にさらされる。


目の前の人を守っている間にも、守れない人が増えていく。


「……そんな」


唇が震えた。


もっと速く動けたら。


もっと力があったら。


もっと、もっと――。


「イリスさん!」


アルフォンスが駆け寄ってきた。


「住民の避難が完了するまで、前線から離れすぎないように。

 あなた一人ですべてを救おうとしてはいけません」


「でも……!」


私は言いかけて、言葉を詰まらせた。


アルフォンスの言うことは正しい。


自分が無茶をすれば、助けられる人まで助けられなくなる。


騎士として、命令を守り、仲間と連携することが大切なのも分かっている。


それでも。


目の前で誰かが危険にさらされているのを、黙って見ていることなんてできなかった。


「……はい」


私は唇を噛み、頷いた。


アルフォンスは一瞬だけ私を見つめ、それ以上は何も言わず、再び戦場へ戻っていった。


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