第29話②、隣国の騎士たち
帰り道。
私は、ふと足を止めた。
「……?」
森の奥から、かすかな光が見えた気がしたのだ。
淡い青色。
木々の隙間で、一瞬だけ揺れた。
私は目を凝らした。
しかし、次に見たときには、もう何もなかった。
「イリス?」
ノアが振り返る。
「どうしたの?」
「……ううん。何でもない」
私は笑って首を横に振った。
精霊たちが見せてくれた光なのだろうか。
それとも、別の何かだろうか。
確かめたい気持ちはあった。
けれど、勝手に森へ戻ることはできない。
今は仲間と一緒に帰る。
そう決めていた。
私はもう一度だけ森を振り返り、歩き出した。
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その夜。
王宮の一室では、セレスティアが一枚の報告書を読んでいた。
「……森の魔物が、街道付近まで出てきている?」
「はい、殿下。騎士団からの報告によれば、ここ数週間で目撃件数が増加しているとのことです」
侍女が答えた。
セレスティアは書類に目を落としたまま、眉を寄せた。
「被害は?」
「現時点では家畜への被害が中心ですが、今後、人里へ接近する可能性もあるとのことです」
「そう……」
セレスティアは窓の外を見た。
昼間、森の調査に出かけた騎士たちの姿が思い浮かぶ。
その中には、白い髪の少女もいた。
イリス。
なぜだろう。
彼女のことを考えると、胸の奥が落ち着かなくなる。
昨日も。
今日も。
気づけば、あの少女の姿を探している。
「……殿下?」
「何でもないわ」
セレスティアは報告書を閉じた。
「騎士団には、引き続き警戒を怠らないよう伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
侍女が下がる。
セレスティアは、机の上に置かれたペンダントへ視線を落とした。
森の奥。
魔物たちの異変。
そして、イリスの笑顔。
ばらばらのはずのものが、どこかでつながっているような気がした。
けれど、その答えを探す勇気はまだなかった。
セレスティアはペンダントを手に取り、胸元へ戻した。
「……何も起こらなければいいのだけれど」
その願いは、誰にも届かなかった。
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同じ頃。
アルセリア王国の騎士団が滞在する客室では、私は窓辺に立っていた。
「……みんな、いる?」
小さな声で呼びかける。
すると、窓の隙間から、淡い光がふわりと舞い込んできた。
青い光。
緑の光。
そして、金色の光。
『イリス!』
『いるよ!』
『ここにいるよ!』
子どものような声が、楽しそうに響いた。
私はほっとして笑った。
「よかった。ちょっと聞きたいことがあるの」
『なあに?』
「森の奥、何か変わったことはあった?」
精霊たちは、互いに顔を見合わせるように光を揺らした。
『おく、こわい』
『くらいところ、いっぱい』
『いつもと、ちがう』
私の表情が引き締まった。
「やっぱり、何かいるの?」
『まだ、わからない』
『でも、みんな、にげてる』
『森のなかの子たちも、こわがってるよ』
精霊たちの声は、いつもより小さかった。
私は胸元のペンダントを握った。
「……そっか」
森の奥で、何かが起きている。
それは、間違いなさそうだった。
「教えてくれてありがとう。でも、みんなも危ないことはしないでね」
『イリスも?』
「え?」
『イリスも、むりしない?』
私は目を瞬かせた。
そして、少しだけ困ったように笑った。
「……うん。約束する」
精霊たちは安心したように光を揺らした。
私は窓の外を見た。
遠くに広がる森は、夜の闇に沈んでいる。
あの奥に、何があるのだろう。
そして、それはなぜ、魔物たちを追い立てているのだろう。
まだ、答えは分からない。
けれど、少しずつ確実に。
何かが近づいてきていた。




