第29話①、隣国の騎士たち
リュミエール王国に滞在して、数日が経った。
最初は見慣れなかった白い石造りの街並みも、今では少しずつ見慣れてきた。
朝になると、王宮の窓から柔らかな光が差し込む。
街の広場では人々が店を開き、パンの焼ける香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。
平和な光景だった。
けれど、その一方で、街の外では魔物の目撃情報が増え続けていた。
「……やっぱり、増えてるんだ」
私は、手渡された報告書を見つめた。
森の周辺での目撃件数。
家畜への被害。
街道を移動する商人からの目撃証言。
どれも、ここ数週間で増加している。
「はい。以前は森の奥に生息していた魔物が、最近では人里に近い場所でも確認されるようになっています」
説明してくれたのは、リュミエール王国騎士団の副総長、セドリック・ローゼンだった。
「特に気になるのは、魔物の行動に一貫性がないことです」
「一貫性、ですか?」
私は首を傾げた。
「ええ。普段なら人間を避ける魔物まで、街道付近に姿を現しています。
縄張りを追われた可能性もありますが、それだけでは説明できない事例もあるのです」
アルフォンスが報告書を受け取り、目を通した。
「魔物同士の争いが起きている可能性は?」
「否定できません。しかし、今のところ決定的な証拠はありません」
セドリックは難しい顔をした。
「そこで、本日は皆様に森の周辺を確認していただきたいのです。
あくまで現地の状況を把握するための調査です。危険な場所へ踏み込む予定はありません」
「承知しました」
アルフォンスが答える。
私も背筋を伸ばした。
(……森の異変)
旅の途中で見た、不思議な光。
精霊たちが教えてくれた、森の奥にいる何か。
それらが関係しているのかは分からない。
けれど、もし関係しているのなら。
確かめなければならないことがある。
もちろん、勝手に動くつもりはない。
今度こそ、騎士団の一員として、仲間と一緒に行動する。
私は胸の中で、そう決めた。
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調査に出発する前、訓練場にはアルセリア王国とリュミエール王国の騎士たちが集まっていた。
「本日はよろしくお願いします!」
私が頭を下げると、リュミエール王国の騎士の一人が笑った。
「こちらこそ。噂の最年少騎士と一緒に仕事ができるとは、光栄だね」
「う、噂ですか?」
「十二歳で第一騎士団に入ったんだろう? そりゃあ、話題にもなるさ」
「……あはは」
私は困ったように笑った。
注目されるのは、どうにも慣れない。
その様子を見て、ノアが隣から声をかけてくれた。
「大丈夫。僕も最初は同じような感じだったよ」
「ノアも?」
「うん。家柄のこともあって、いろいろ言われたからね」
ノアは肩をすくめた。
「でも、結局は一緒に訓練したり、任務をこなしたりするうちに、周りも気にしなくなるよ」
「……そっか」
「だから、いつもどおりでいいんじゃないかな」
私はノアの顔を見た。
いつもどおり。
その言葉が、今はありがたかった。
「うん。ありがとう、ノア」
「どういたしまして」
そこへ、赤茶色の髪を後ろで束ねた女性騎士がやってきた。
「二人とも、準備はできた?」
「ミレーヌさん!」
私は顔を輝かせた。
ミレーヌは今回の調査にも同行することになっていた。
「イリス、今日はよろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
「ふふっ。元気そうでよかった」
ミレーヌは微笑んだあと、私の装備に目を向けた。
「剣の位置は問題なさそうね。けれど、森では枝に引っかかることもあるから、鞘の留め具を確認しておくといいわ」
「あっ、はい!」
私は慌てて留め具を確かめた。
こうした細かなことも、実際に経験してみなければ分からない。
騎士になるための勉強は、まだまだ終わりそうになかった。
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森へ向かう道中、私は周囲の様子を注意深く観察していた。
街道から離れるにつれて、木々が増えていく。
鳥のさえずり。
風に揺れる葉の音。
普段なら、穏やかな自然の音が聞こえるはずだった。
けれど。
「……静かですね」
思わず呟いた。
隣を歩いていたミレーヌが、周囲を見回す。
「そうね。いつもなら、このあたりにも小動物がいるはずなんだけれど」
「魔物だけじゃなくて、ほかの生き物もいなくなっているんでしょうか?」
「可能性はあるわ。ただ、今の段階では何とも言えないわね」
先頭を歩いていたセドリックが、片手を上げた。
「皆さん、少し止まってください」
騎士たちが足を止める。
セドリックは地面にしゃがみ、土の上に残された跡を調べた。
「……これは」
「魔物の足跡ですか?」
アルフォンスが尋ねる。
「ええ。グレイウォルフのものと思われます。ただ……」
セドリックは足跡の先を見つめた。
「妙ですね。森の奥から街道へ向かっています」
「通常なら、森の外へ出てくる必要はないということですか」
「そのとおりです」
ヴィルヘルムが腕を組んだ。
「何かに追われてるって可能性は?」
「考えられます。ただ、これほどの数が同じ方向へ移動しているとなると……」
セドリックは言葉を切った。
その先は、誰も口にしなかった。
もし、森の奥に魔物たちが逃げ出すほどの何かがいるのなら。
それは、通常の調査だけで済む問題ではないかもしれない。
「本日は、ここまでにしましょう」
アルフォンスが判断を下した。
「これ以上の深入りは避けます。確認できた情報を持ち帰り、改めて調査計画を立てるべきです」
「異議ありません」
セドリックも頷いた。
私は森の奥へ目を向けた。
木々の向こうは、暗く、深い。
(……何かがいる)
そんな気がした。
けれど、今はまだ分からない。
私は小さく息を吐き、仲間たちの後に続いた。




