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第27話①、優しかったあなた

静かな部屋に、時計の針が時を刻む音だけが響いていた。


「……落ち着きましたか?」


「……はい」


私は小さく頷いた。



アルフォンスに連れられてきたのは、訓練施設の奥にある休憩室だった。


窓からは中庭が見える。


人通りは少なく、今は誰の声も聞こえない。


ようやく呼吸が落ち着いてきた私は、膝の上でぎゅっと握っていた手を緩めた。



「……申し訳ありませんでした」


「何について謝っているのですか?」


「それは……」



答えようとして、言葉に詰まる。


みんなの前で泣いてしまったこと。


王女の前から逃げ出してしまったこと。


騎士として、情けない姿を見せてしまったこと。


何より、自分でも理由をうまく説明できないほど取り乱してしまったこと。


謝らなければならないことが、たくさんある気がした。



「……私、騎士なのに」



ぽつりと呟く。



「みんなの前で、あんなふうに泣いて……」


「騎士であれば、決して泣いてはいけないと?」


「……っ」



私は顔を上げた。


アルフォンスは穏やかな表情のまま、私を見つめていた。



「騎士も人間です。悲しいこともあれば、恐ろしいこともある。

感情を持つこと自体は、何も恥ずかしいことではありません」



「でも……」



「ただし、自分の状態を把握し、必要なときに助けを求めることも大切です。

あなたが一人で抱え込んでしまえば、守れるものも守れなくなる」



その言葉に、私は唇を結んだ。



一人で抱え込む。


まさに、自分のことだった。


苦しくても笑う。


悲しくても笑う。


誰かに心配をかけないように、何でもないふりをする。


そうすれば、きっと大丈夫。


ずっと、そう思ってきた。



「……すみません」


「ですから、謝らなくていいと言っています」



アルフォンスは少しだけ困ったように眉を下げた。



「今は休んでください。詳しい話は、あなたが話せると思ったときで構いません」


「……はい」



私は小さく頷いた。


アルフォンスは、無理に理由を聞こうとはしなかった。


それが、ありがたかった。



「……団長」


「何ですか?」


「……ありがとうございます」



今度の言葉には、謝罪は混じっていなかった。


アルフォンスは静かに頷くと、部屋を出る前に振り返った。



「イリスさん」


「はい?」


「あなたが第1騎士団の一員であることに、変わりはありません。

 今日のことで、その立場が変わるわけではないです」



私は目を見開いた。



「……はい」


「ですから、今は何も心配せず、休みなさい」



扉が閉まる。


再び静けさが戻った部屋で、私はそっと胸元のペンダントを握った。



「……私、ここにいてもいいのかな」



小さな声は、誰にも届かなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「それで、イリスの様子は?」



休憩室から戻ったアルフォンスを、ヴィルヘルムが待っていた。


傍らにはエドガーとノアもいる。


ノアは落ち着かない様子で、何度も扉の方を振り返っていた。



「今は落ち着いています。少し休ませることにしました」


「そうか……」



ヴィルヘルムは腕を組み、低く唸った。



「一体、何があった?」



「それが……」


アルフォンスは言葉を選びながら、先ほどの出来事を説明した。


セレスティアがイリスに厳しい言葉をかけたこと。


その直後、皿が床に落ちたこと。


そして、イリスが突然取り乱し、泣きながら部屋を飛び出したこと。


話を聞き終えたノアは、ぎゅっと拳を握った。



「……イリス、ずっと我慢してたんじゃないですかね」


「ノア」


「だって、昨日から少し変だったんです。

 笑ってはいたけど、いつもより無理してる感じがして……」



ノアは俯いた。



「気づいてたのに、ちゃんと聞いてあげられなかった」


「自分を責めるな」



ヴィルヘルムが短く言った。



「本人が話したくないことまで、無理に聞き出すわけにもいかないだろう」


「……はい」


「それより、問題は今回の件だ」



ヴィルヘルムの目が細くなる。



「王女殿下との間に何があったにせよ、あの年の子どもがあれほど取り乱すのは、ただ事じゃない」



声が、わずかに低くなる。



「アルフォンス。イリスが落ち着いたら、本人の意思を確認しろ。話せないなら、それ以上は聞くな」


「承知しました」


「エドガーは、先方に今回の件をどう伝えるか整理しておけ。余計な憶測が広がるのは避けたい」


「分かりました」


「それから、ノア」


「はい」


「お前は、いつもどおり接してやれ。特別扱いしすぎる必要はない。だが、困っているときに手を差し伸べることまで遠慮するな」



ノアは顔を上げた。



「……はい!」



その返事には、先ほどまでの迷いがなかった。


ノアは、私のことをまだよく知らない。


私が何を経験してきたのかも、何を隠しているのかも。


それでも。


同期として、友人として。


今、自分にできることをしたいと思ってくれていた。


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