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第25話②、歓迎の夕食会

「皆、今夜は集まってくれて感謝する」


国王陛下の挨拶が始まった。


両国の友好。


騎士団同士の協力。


魔物への対策。


穏やかな言葉が広間に響いていく。


けれど、私はほとんど内容が頭に入ってこなかった。


視線が、どうしてもあの子へ向いてしまう。


やがて、王女様も一歩前へ進み出た。



「アルセリア王国の皆様。遠いところからお越しいただき、ありがとうございます」



(……あ)


懐かしい声だった。


少し大人びているけれど、間違いない。


あの頃、何度も聞いた声。


暗い部屋の中で、私を励ましてくれた声。


それなのに。



「両国の交流が、実りあるものとなりますよう願っております」



王女様は、穏やかに微笑んだ。


丁寧な言葉遣い。


落ち着いた仕草。


周囲の人たちは、その姿を見て満足そうに頷いていた。


けれど。



(……あれ?)



私は、少しだけ違和感を覚えた。


その笑顔は、どこか硬かった。


目元が、笑っていない。


昔のあの子は、もっと無邪気に笑う子だった。


嬉しいときは、頬いっぱいに笑顔を浮かべて。


悲しいときは、すぐに泣きそうになって。


それでも、誰かが困っていると放っておけない。


そんな優しい子だった。



(……どうしたの?)



胸の奥が、きゅっと締めつけられる。



(どうして、そんな顔で笑ってるの……?)



「では、皆様。どうぞ今宵の宴をお楽しみください」



王女様が頭を下げる。


拍手が広間に広がった。


私も慌てて手を叩いた。


けれど、胸の鼓動は一向に落ち着かなかった。


もう一度、王女様を見る。


すると、ちょうど王女様もこちらへ視線を向けた。


目が合った。



「……っ」


私は思わず息を止めた。


(……お願い)


気づかないで。


でも、少しだけ。


ほんの少しだけでいいから。


(……私のこと、思い出して)



相反する願いが、胸の中でぶつかり合う。


しかし、王女様はわずかに眉を動かしただけで、すぐに視線を逸らした。


そこにあったのは、見知らぬ騎士を見る目だった。


それだけだった。



(……そっか)



私は小さく視線を落とした。


当たり前だよね。


こんなに姿が変わっているんだもん。


分かるはず、ないよね。


そう思っても、胸の奥がちくりと痛んだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




夕食が始まると、広間は再び賑やかになった。


両国の騎士たちが互いに言葉を交わし、料理や飲み物が振る舞われる。


私はアルフォンス様たちの近くに座り、できるだけ落ち着いて振る舞おうとしていた。


目の前には、見たことのない料理が並んでいる。


焼き上がった肉料理。


色鮮やかな野菜。


香草を使ったスープ。


どれも、とても美味しそうだった。



……いつもなら、きっと大喜びしていたと思う。


けれど、今は味がよく分からない。


視界の端に、王女様の姿が映るたびに、胸がざわついた。


王女様は周囲の貴族たちと会話をしていた。


微笑み、頷き、ときには上品に笑う。


その姿だけを見れば、誰もが理想的な王女様だと思うだろう。


けれど、私は知っていた。


あの子が、本当に笑うときの顔を。


だからこそ、今の笑顔が、どこか遠いものに感じられた。



「イリス、食べないの?」



ノアに声をかけられ、私ははっとした。



「あっ、食べるよ!」


「さっきから、ずっと同じところを見てるけど……大丈夫?」


「だ、大丈夫! ちょっと緊張してるだけ!」


「そっか。無理しないでね」


「うん。ありがとう」



私は笑顔を作り、スプーンを手に取った。


(……大丈夫)


今は、騎士としてここにいる。


昔のことは、胸の中にしまっておけばいい。


そう思った、そのときだった。



「そちらの方が、噂の最年少騎士ですか?」



近くにいた貴族の女性が、私へ視線を向けた。


アルフォンスが静かに答える。



「はい。第1騎士団所属のイリスです」


「まあ、本当にお若いのね」



女性は驚いたように目を丸くした。



「十二歳で騎士団に入るなんて、ずいぶん優秀なのでしょうね」


「まだまだ勉強中です!」



私は明るく答えた。



「これから、たくさん頑張ります!」



その言葉に、女性は微笑んだ。



「ええ、期待していますわ」



和やかな会話だった。


少なくとも、その瞬間までは。



「……十二歳?」



不意に、すぐ近くから声がした。


私は顔を上げた。


いつの間にか、王女様がこちらを見ていた。


(……っ!)


心臓が、大きく跳ねた。


王女様の瞳には、先ほどまでの穏やかな微笑みはなかった。



「あなたが、アルセリア王国の最年少騎士なの?」


「は、はい。イリスと申します」



私は椅子から立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


心臓が、痛いほど鳴っていた。


(……近い)


こんなに近くで、あの子を見るのは何年ぶりだろう。


声も。


瞳も。


その仕草も。


私がずっと会いたかった、あの子だった。


王女様は、私を上から下まで眺めた。



「ふうん……」



そして、薄く笑った。



「随分と可愛らしい騎士なのね」


「ありがとうございます」



私は、なんとか笑顔を保った。


王女様は、その返事を聞いても表情を変えなかった。



「でも、騎士というのは、見た目だけでは務まらないでしょう?」



その言葉に、周囲の会話が少しずつ静まっていく。


私は、返事に迷った。



「……はい。そう思います」


「なら、年齢に見合わない立場にいるという自覚はあるのかしら?」



胸の奥が、ひやりと冷たくなった。


けれど、私は顔を上げた。



「あります。だからこそ、皆さんに追いつけるように努力しています」



王女様は、しばらく私を見つめていた。


その瞳に、何かを探すような色が浮かんだ気がした。


けれど、それは一瞬だった。



「そう。なら、せいぜい頑張ることね」



王女様はそれだけ言うと、何事もなかったかのように別の席へと歩いていった。


私は、その場に立ち尽くした。


(……あ)


言葉を交わした。


確かに、話をした。


それなのに。


(……どうして)


あの頃、あんなにも近くにいたのに。


今は、まるで初めて会った他人のようだった。


もちろん、王女様は私の正体に気づいていない。


だから、仕方がない。


……分かってる。


分かってる、けど。



「……イリスさん?」


アルフォンスの声が聞こえた。


私は、はっとして顔を上げた。



「あっ……すみません。大丈夫です!」


笑顔を作る。


いつもどおりに。


何でもないように。


そうしなければ、きっと泣いてしまうから。


アルフォンスは少しだけ眉を寄せた。


けれど、今は何も言わなかった。


私はゆっくりと椅子に座り直した。


王女様の背中は、もう遠くなっていた。



(……ねえ)



どうして、そんなに冷たいの?


あの頃は、あんなに優しかったのに。


何か、あったの?


それとも。



(……私のこと、忘れちゃったのかな)



答えは、まだ分からなかった。


ただ一つだけ、確かなことがあった。


ずっと会いたかったあの子は。


私が覚えている姿とは、まるで違っていた。


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