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第24話②、王女の噂

午後。


騎士団同士の顔合わせは、王宮に隣接する訓練施設で行われた。


リュミエール王国の騎士たちは、整然とした動きで訓練を行っていた。


剣を振るう者。


魔法の制御を練習する者。


数人で隊列を組み、連携を確認する者。


どの姿からも、日々の鍛錬を積み重ねていることが伝わってくる。



「なるほど。魔法を使う騎士の割合が多いようですね」



アルフォンスが、訓練の様子を観察しながら呟いた。



「ええ。魔物の種類によっては、剣だけでは対処しきれませんから」



案内役を務めるセドリックが答えた。



「こちらでも、魔法を用いた集団戦術を重視しています。合同訓練では、そのあたりも共有できればと考えています」


「ぜひ、お願いしたいですね」



二人の会話を聞きながら、私は訓練場を見渡していた。


(……すごい!)


強そうな騎士がたくさんいる。


剣の振り方も、魔法の扱い方も、私とは違う。


学べることが、きっとたくさんある。


そう考えると、自然と胸が弾んだ。


――そのときだった。



「ねえ、あの子……」



近くにいた女性騎士の声が、耳に届いた。



「謁見のときにいた、あの小さな子?」


「そう。十二歳で第1騎士団に入ったんですって」


「本当に? まだ訓練生に見えるけれど……」


「アルセリア王国の第1騎士団長が直接指導しているらしいわよ」



私は、ぴたりと動きを止めた。


(……まただ)


今日だけで、何度この話を聞いただろう。


十二歳。


最年少。


第1騎士団。


周囲が驚くのも、無理はない。


けれど、噂だけが先に広がっていくのは、少し居心地が悪かった。



「……気にしてる?」



隣に来たノアが、小声で尋ねた。



「ううん。別に」


「そっか」



ノアは、それ以上聞かなかった。


ただ、少しだけ声を落として言った。



「僕たち、まだ入団したばかりだもんね。これから知ってもらえばいいんじゃないかな」


「……うん!」



私は笑顔で頷いた。


そうだ。


焦る必要はない。


騎士として認められるかどうかは、これからの自分次第なのだから。


そう思い直した、そのとき。



「アルセリア王国の騎士団は、ずいぶんと面白い人材を連れてきたものだな」



背後から、低い声が聞こえた。


振り返ると、数人の騎士がこちらを見ていた。


その中の一人が、私へ視線を向ける。



「君が十二歳の騎士か?」


「はい。イリスです!」


「そうか。では、君の実力も見せてもらいたいものだな」



言葉遣いは丁寧だった。


けれど、その目には明らかな興味と、わずかな疑いが浮かんでいた。


私は一瞬だけ返事に迷った。


ここで実力を示せば、周囲の見方も変わるかもしれない。


けれど、目立ちすぎるわけにもいかない。


私には、隠しておかなければならないものがある。



「……機会があれば、ぜひ」



私は、いつもの笑顔で答えた。


騎士は少し意外そうに眉を上げたあと、興味深げに頷いた。



「楽しみにしているよ」



彼らが立ち去ったあと、私は小さく息を吐いた。



「……ふう」


「大丈夫?」


「うん。ちょっとびっくりしただけ」



そう答えながら、私は自分の手を見つめた。


この手で、守りたいものがある。


でも、そのためには力を隠さなければならない。


強くなりたい。


誰かを守れる騎士になりたい。


その願いと、正体を知られてはいけないという現実。


二つの思いが、胸の中で静かにぶつかり合っていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




夕方。


王宮の廊下を歩いていた私は、ふと足を止めた。


少し先の開いた扉から、侍女たちの話し声が聞こえてきたのだ。



「今夜の夕食会、王女殿下も出席されるそうよ」


「本当? 最近は、公式の場でもあまりお話しにならないと聞いたけれど」


「ええ。でも、アルセリア王国の方々がいらっしゃるから、陛下が出席を勧められたみたい」


「そうなのね……」



別の侍女が、少し声を潜めた。



「それにしても、王女殿下は以前とずいぶん変わられたわね」


「……しっ。聞かれたらどうするの」


「ごめんなさい。でも、昔はもっと明るくて、よく笑っていらしたでしょう?」


「そうね。小さな子にも、分け隔てなく接していらしたもの」


「今は……」



そこで、声が途切れた。


私は、思わず足を止めていた。


(……王女様、何かあったのかな)


以前と、変わった。


昔はもっと明るくて、よく笑っていた。


その言葉が、なぜか胸に残った。



(……何だか、寂しいね)



王女様にも、何か辛いことがあったのだろうか。


もちろん、会ったこともない私には分からない。


それでも、少しだけ気になってしまった。



「……イリスさん?」



後ろから声をかけられ、私はびくりと肩を震わせた。


振り返ると、アルフォンスが立っていた。



「どうしました。こんなところで」


「えっ、あ……何でもありません!」



私は慌てて笑った。


けれど、アルフォンスは少し不思議そうに私を見つめていた。



「……何か気になることがありましたか?」


「その……王女様のお話が聞こえてきたので」


「王女殿下の?」


「はい。昔と少し変わられたって……」



アルフォンスは一瞬だけ考えるような表情をした。


「そうですか。ですが、王族の方々について、噂だけで判断するべきではありませんよ」


「……はい」



私は素直に頷いた。


確かに、そのとおりだ。


会ったこともない人のことを、噂だけで決めつけるのはよくない。



「それに、今夜は公式の夕食会です。王女殿下にお会いする機会があれば、失礼のないようにしてください」


「はい!」



私は元気よく返事をした。


……けれど。


(……王女様って、どんな人なんだろう)


少しだけ、気になってしまう。


昔は明るくて、優しい人だったという。


今は、あまり人前で話さなくなったらしい。



(……何か、辛いことがあったのかな)



そんなことを考えていると、ふと、研究施設で一緒に過ごした親友のことが頭に浮かんだ。


あの子も、辛い思いをたくさんしていた。


それでも、私の前では笑ってくれた。



(……元気にしてるかな)



私は胸元のペンダントに、そっと触れた。



「イリスさん」


「はい!」


「そろそろ戻りましょう。夕食会の準備もありますから」


「あっ、そうでした!」



私は慌ててアルフォンスの後を追った。


今夜は、リュミエール王国の王族の方々も出席する歓迎の夕食会。


どんな人たちなのだろう。


少し緊張するけれど、楽しみでもある。


私は小さく息を吸い、背筋を伸ばした。



(……よし! 頑張ろう!)



その胸の奥で、ほんの少しだけ、不思議な予感が揺れていた。


今夜。


私は、思いがけない再会を果たすことになる。


けれど、このときの私は、まだ何も知らなかった。



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