第24話①、王女の噂
謁見の間には、静かな緊張が満ちていた。
高い天井から吊るされたシャンデリアが、広い室内を柔らかな光で照らしている。
その最奥。
青と白を基調とした玉座に、一人の男性が腰掛けていた。
リュミエール王国の国王陛下だ。
「遠路はるばる、よく来てくれた。アルセリア王国の騎士たちよ」
落ち着いた声が響いた。
ヴィルヘルム総長が一歩前へ進み、深く頭を下げる。
「お招きいただき、感謝いたします。アルセリア王国国王陛下の命により、使節として参りました、ヴィルヘルム・ヴァレンティアと申します」
「そなたの名は聞き及んでいる。王国の騎士団を束ねる総長であり、数々の魔物討伐で功績を挙げているそうだな」
「過分なお言葉です」
総長は落ち着いた声で答えた。
その態度に、国王陛下は満足そうに頷いた。
「此度の訪問は、両国の騎士団による合同訓練についての協議と聞いている」
「はい。魔物の出現状況が変化していることもあり、互いの戦力や対処方法を共有することは、両国にとって有益であると考えております」
「こちらも同じ考えだ。近頃は、これまで魔物が現れなかった地域でも目撃情報が増えている。合同訓練を通じて、双方の連携を深めたい」
国王陛下の言葉に、アルフォンスが静かに頷いた。
「それでしたら、訓練の実施場所や参加する騎士の選定について、具体的に協議させていただければと存じます」
「うむ。詳細は担当の者と詰めてくれ」
話は滞りなく進んでいった。
合同訓練の目的。
魔物の目撃情報の共有。
騎士団同士の連絡体制。
どれも重要な話だったけれど、今すぐにすべてを決めるわけではないらしい。
まずは双方の状況を確認し、今後検討することを整理することになった。
私は一歩後ろに控えながら、真剣に耳を傾けていた。
自分が直接話す機会は、ほとんどない。
それでも、ここで交わされる言葉の一つひとつが、騎士として知っておくべきことなのだと思った。
(……こういうお話も、大切なんだよね)
剣を振るうことだけが、騎士の仕事ではない。
国を守るためには、他国との協力も必要になる。
そう考えると、少しだけ背筋が伸びる気がした。
「ところで」
不意に、国王陛下の視線が私へ向けられた。
「そちらの少女は?」
(……えっ、私?!)
突然のことに、思わず目を瞬かせる。
「第1騎士団に所属する新任騎士、イリスです」
アルフォンス団長が答えてくれた。
「……ほう。随分と若いな」
「今年、入団試験に合格いたしました」
「今年?」
国王陛下は少し驚いたように目を丸くした。
周囲に控えていた文官たちも、わずかにざわめく。
「失礼ながら、いくつになる?」
「十二歳です!」
私は元気よく答えた。
……あっ。
少し声が大きすぎたかもしれない。
私は慌てて口元を押さえそうになったけれど、何とか我慢した。
すると、国王陛下は咎めるどころか、興味深そうに私を見つめた。
「十二歳で騎士団に入ったのか。ずいぶんと勇敢な少女だな」
「ありがとうございます!」
「騎士になることを、自分で望んだのか?」
「はい!」
私は迷わず答えた。
「私は、誰かを守れる騎士になりたいんです」
その言葉を口にした瞬間。
ほんの少しだけ、胸の奥が痛んだ。
守りたかった人。
守れなかった人。
そして、もう二度と失いたくない、大切な人たち。
いろいろな顔が、頭の中に浮かんだ。
それでも、私は笑顔を崩さなかった。
「……そうか」
国王陛下は、私の返事を確かめるように見つめてから、ゆっくりと頷いた。
「その志を忘れず、励むとよい。ただし、若さゆえに無理をすることのないようにな」
「はい!」
私は深く頭を下げた。
謁見の間に、穏やかな空気が戻る。
けれど、その後も何人かの視線が私へ向けられているのを感じた。
(……やっぱり、十二歳って珍しいんだなぁ)
私は少しだけ困ったように笑いながら、姿勢を正した。
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謁見を終えた私たちは、王宮内に用意された客室へと案内された。
今後の協議に向けた資料の確認や、明日以降の予定についての説明があるらしい。
「本日の午後は、騎士団同士の顔合わせを予定しております」
案内役の文官が説明する。
「また、今夜は国王陛下主催の歓迎の夕食会がございます。王族の方々も出席される予定ですので、皆様にはご参加いただきたく存じます」
「承知した」
総長が答えると、文官は一礼して部屋を出ていった。
扉が閉まる。
その途端、ノアが大きく息を吐いた。
「……緊張した」
「ノアも?」
「もちろん。国王陛下の前で話す機会なんて、そう何度もあるものじゃないからね」
「そっか。私はあんまり話してないから、そこまでじゃなかったかも」
「イリスは、あの場でもいつもどおりだったね」
「えっ、そう?」
私は首を傾げた。
実際には、ずっと心臓が早鐘を打っていたのだけれど……。
どうやら、顔には出ていなかったらしい。
(……よかったぁ)
そのとき、アルフォンスが私たちに声をかけた。
「午後の顔合わせまで、少し時間があります。各自、休息を取っておいてください。ただし、王宮内を勝手に歩き回らないように」
「「はい!」」
私とノアは揃って返事をした。
アルフォンスは念を押すように私たちを見たあと、総長たちと今後の予定を確認するため、別室へと向かった。
私は客室の窓辺へ歩いていった。
窓の向こうには、美しい庭園が広がっている。
噴水の周りには白い花が咲き、整えられた生垣の間を、小さな鳥たちが飛び交っていた。
「……綺麗」
思わず呟く。
ここが、あの子の故郷なんだ。
研究施設で聞いた、リュミエール王国の話。
あの子は、よく故郷のことを話してくれた。
どんな場所なのか。
何が好きなのか。
いつか、また帰りたいということも。
(……元気にしてるかな)
私は胸元のペンダントを、服の上からそっと握りしめた。
もう何年も会っていない。
最後に見たあの子の顔も、最後に交わした言葉も、今でもはっきりと思い出せる。
だからこそ、少しだけ怖かった。
もし、再会できたとして。
あの子は、私のことを覚えていてくれるだろうか。
あの頃と同じように、笑いかけてくれるだろうか。
(……会いたいな)
私は小さく息を吐いた。
窓の外では、白い花が風に揺れていた。




