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第23話①、最年少騎士への視線

翌朝。



私たちは、リュミエール王国の王宮へと向かっていた。


窓の外には、白い石造りの建物が立ち並んでいる。


道沿いには色とりどりの花が植えられ、街を歩く人々の表情もどこか明るい。



「わあ……!」



私は思わず馬車の窓から身を乗り出しかけた。


けれど、隣に座るアルフォンスの視線に気づき、慌てて姿勢を正す。



「……失礼しました」


「構いません。ただし、窓から落ちないように」


「落ちませんよ!」


「先ほど、今にも落ちそうでしたが」


「うっ……」



私は思わず頬を膨らませた。


すると、向かいに座っていたノアが、くすりと笑った。



「イリスは本当に好奇心旺盛だね」


「だって、アルセリア王国とは建物も街並みも違うんだもん!」


「気持ちは分かるけど、今日は外交の場だからね。気を引き締めないと」


「はーい!」



元気よく返事をすると、ノアはもう一度笑った。


その様子を見ていたアルフォンスは、小さく息を吐く。



「……ノア殿。イリスさんがはしゃぎすぎないよう、少し気にかけていただけると助かります」


「分かりました。僕も気をつけます」


「ちょっと! 二人とも、私を子ども扱いしてませんか?!」


「十二歳ですからね」


「うっ……!」



……正論だった。


私は言い返せず、窓の外へ視線を戻した。


けれど、自然と口元には笑みが浮かんでいた。


こうして誰かと他愛のない会話をする時間が、私は好きだ。


研究施設にいた頃は、こんな日常が訪れるなんて思ってもいなかった。


だからこそ、今の時間を大切にしたい。



(……あの子も、元気にしているかな)



ふと、昔の親友の顔が浮かんだ。


この国に来てから、何度も思い出してしまう。


もし、また会えたら。


今度は、こんなふうに一緒に笑い合えるだろうか。


私は胸元のペンダントにそっと触れた。


そして、小さく息を吐いた。




ーーーーーーーーーーーーー




王宮は、街の中心にそびえ立っていた。


白い壁に青い屋根。


正面には大きな噴水があり、その周囲には王国の紋章をあしらった旗が掲げられている。


馬車を降りた私は、思わず息を呑んだ。



「……すごい」



騎士団本部も大きかったけれど、王宮はそれとは比べものにならなかった。


建物の前には整列した衛兵たちが立ち、来訪者を厳しい目で確認している。


そして、彼らの視線はアルセリア王国の一行へと向けられていた。



「アルセリア王国騎士団の皆様ですね。お待ちしておりました」



一人の文官が進み出て、丁寧に頭を下げた。



「本日は国王陛下との謁見に先立ち、王宮内をご案内いたします。どうぞこちらへ」


「よろしく頼む」



総長が代表して答えた。


その声は、普段よりも落ち着いている。


国王陛下から正式に任命された使節として、相手国への礼節を欠かさない姿勢が見て取れた。


私は少し意外に思いながら、総長の背中を見つめた。



(……やっぱり、総長ってすごい人なんだ)



普段から頼りになる人だけれど、こうして見ると、改めて全騎士団を率いる人なのだと実感する。



「イリスさん」


「はいっ!」



アルフォンスに呼ばれ、私は背筋を伸ばした。



「王宮内では、案内役の指示に従ってください。許可なく離れることのないように」


「分かりました!」


「それから、何か気になることがあっても、まずは私に伝えること」


「……はい」



いつもより真剣な声だった。


私も、その意味を理解していた。


ここは他国の王宮だ。


騎士団の任務で来ている以上、軽率な行動は許されない。


それに……。


この国には、私の大切な親友がいるかもしれない。


そう思うと、どうしても気持ちが落ち着かなくなる。


会いたい。


でも、もし会えたとして、何を話せばいいのだろう。


あの頃のことを思い出して、辛い気持ちにさせてしまわないだろうか。


そんなことを考えてしまう。


私は胸元のペンダントに触れそうになり、そっと手を下ろした。


(……今は、任務に集中しなくちゃ)


そう自分に言い聞かせながら、一行の後を追った。




ーーーーーーーーーーーーー




王宮の廊下は、静かだった。


磨き上げられた床には窓から差し込む光が反射し、壁には歴代の国王や騎士たちの肖像画が飾られている。


案内役の文官が説明を続ける中、私は周囲を観察していた。


警備に立つ騎士たち。


廊下の角に配置された衛兵。


一定の間隔で設けられた扉。



(……すごい。警備もしっかりしてるんだ)



普段なら、綺麗な装飾や大きな窓に目を奪われていたかもしれない。


けれど、今日は任務で来ている。


少しでも学べることがあれば、覚えておきたい。


そんなことを考えていると、不意に視線を感じた。



(……ん?)



顔を上げる。


少し離れた場所にいた宮廷騎士たちが、こちらを見ていた。


いや、正確には……私を見ていた。



「……?」



私が首を傾げると、彼らは小声で何かを話し始めた。



「おい、あの子……」


「本当に騎士なのか?」


「見たところ、まだ子どもだろう」


「第1騎士団の制服を着ているぞ」



聞こえてきた声に、私は思わず自分の服装を見下ろした。


(……何か変かな?)


制服はきちんと整えている。


髪も乱れていないはずだ。


もちろん、髪と瞳の色を変える魔法も、ちゃんと維持している。


それなのに、なぜだろう。


彼らの視線には、驚きだけではなく、どこか探るような色があった。



(……やっぱり、十二歳だからかな)



私は少しだけ肩を落とした。



「……気にする必要はありません」



隣から、アルフォンスの声がした。


私は顔を上げる。


アルフォンスは前を向いたまま、静かに告げた。



「あなたがどのような騎士なのかは、あなた自身の行動で示せばいいのです」


「……はい」


「ただし、実力を証明しようとして、無理をする必要もありません。あなたはまだ成長の途中なのですから」



その言葉に、私は少しだけ目を伏せた。


自分が幼いことは、よく分かっている。


周囲の騎士たちと比べれば、経験も足りない。


だからこそ、努力しなければならないと思っていた。


誰よりも強く。


誰よりも役に立つ騎士に。


そうすれば、きっと……。



「イリスさん」


「はい?」


「今、何を考えていましたか?」



アルフォンスの金色の瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。


私は慌てて笑顔を作る。



「な、何でもありません!」


「……そうですか」



納得していない様子だったけれど、アルフォンスはそれ以上追及しなかった。


代わりに、少しだけ声を和らげる。



「あなたがここにいることには、意味があります。少なくとも私は、そう考えています」


「……え?」



思わず目を見開いた。



「まだ経験は浅いですが、あなたにはあなたの強みがあります。周囲と比べて、焦る必要はありません」



私はアルフォンスを見つめた。


胸の奥が、じんわりと温かくなる。



「……ありがとうございます、アルフォンス団長」


「礼を言われるようなことではありません」



アルフォンスはいつもの落ち着いた表情に戻り、前を向いた。


けれど、私の胸には、先ほどの言葉が温かく残っていた。



(……もっと頑張ろう)



ただ強くなるためだけじゃない。


アルフォンス団長や総長、ノアたちと一緒に、誰かを守れる騎士になるために。


私はそっと拳を握りしめた。


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