第22話①、外交の始まり
リュミエール王国の町に入った馬車は、石畳の道をゆっくりと進んでいた。
夕暮れの空は橙色に染まり、街並みには温かな明かりが灯り始めている。
道沿いに並ぶ建物は白い石造りのものが多く、窓辺には色鮮やかな花が飾られていた。
アルセリア王国とは、また違った美しさがある。
「……すごい」
私は馬車から降り、宿まで歩く道中町を眺めていた。
噴水の周りで談笑する人々。
店先で商品を並べる商人。
家族と手をつないで歩く子どもたち。
どれも見慣れない光景ではないはずなのに、初めて訪れる国というだけで、何もかもが新鮮に感じられた。
(あの子も、こんな町で暮らしていたのかな……)
ふと、研究施設で一緒に過ごした親友の顔が浮かんだ。
あの子は、よく故郷の話をしてくれた。
いつか一緒に行けたらいいね。
そんなことを話したこともあったっけ。
「イリスさん」
「はい!」
「そろそろ到着します。気を引き締めてください」
アルフォンスの言葉に、私は慌てて姿勢を正した。
「かしこまりました!」
今から始まるのは、観光ではない。
アルセリア王国の騎士として、他国を訪れているのだ。
その自覚を忘れてはいけない。
しばらく歩いていると宿泊する場所へと到着をした。
そこは、リュミエール王国の騎士団が来訪者を迎えるために用意した施設だった。
入口には数人の騎士が整列し、その中央には落ち着いた雰囲気の男性が立っている。
馬車から降りたヴィルヘルム総長が、その男性のもとへ歩み寄った。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。リュミエール王国騎士団を代表し、歓迎いたします」
「出迎えに感謝する。アルセリア王国騎士団総長、ヴィルヘルム・ヴァレンティアだ」
「存じております。私はリュミエール王国騎士団の副総長、セドリック・ローゼンと申します」
セドリック様は丁寧に頭を下げた。
「このたびの合同訓練に向けた事前協議については、我が国としても大変意義深いものと考えております。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。両国の騎士団にとって、有意義な話し合いにしたい」
二人は固く握手を交わした。
私はそのやり取りを、少し離れた場所から見守っていた。
総長は普段、私に対してはどこか気安い態度を取ることが多い。
けれど今の総長は、国を代表する使節として、堂々とした立ち振る舞いをしていた。
(総長って、やっぱりすごい人なんだ……)
いつもとは少し違う雰囲気に、思わず見入ってしまう。
すると、隣に立っていたアルフォンスが小声で告げた。
「感心するのは構いませんが、口を開けたまま見つめるのはやめなさい」
「えっ?! 開いてません!」
「それなら結構です」
アルフォンスは何事もなかったかのように前を向いた。
私は慌てて口元を押さえた。
(……開いてたのかな?)
少しだけ恥ずかしくなった。
ーーーーーーーーーーーーー
挨拶を終えた私たちは、建物の中へ案内された。
通されたのは、両国の騎士団が協議を行うための会議室だった。
長い机の両側に椅子が並び、壁にはリュミエール王国の地図が掲げられている。
すでに数人の騎士や文官が席についており、総長たちが入室すると、一斉に立ち上がった。
私もアルフォンスに促され、用意された席へと腰を下ろす。
(うぅ……緊張する……)
周りを見渡すと、みんな真剣な表情をしていた。
もちろん、私だって真剣だ。
……ただ、こういう場に慣れていないだけで。
「それでは、早速ですが協議を始めさせていただきます」
セドリックが口を開いた。
まずは、今回の訪問に至った経緯について確認が行われた。
総長はアルセリア王国国王から託された書状を机上に置き、両国の騎士団が交流を深めることの重要性を説明した。
「今回の合同訓練は、単に剣技を競い合うためのものではない。
互いの戦術や連携方法を知り、実際の任務において協力できる体制を整えることが目的だ」
総長の言葉に、リュミエール王国側の騎士たちも真剣な表情で頷いた。
「我が国としても、同じ考えです。特にここ最近は、国境付近での魔物への対応が課題となっております。
両国の騎士団が協力する機会を設けることには、大きな意味があるでしょう」
セドリックの言葉に、アルフォンスが顔を上げた。
「国境付近で、何か変化があったのですか?」
「ええ。以前よりも魔物の目撃情報が増えております。現時点では原因を特定できていませんが、警戒を強めているところです」
(……やっぱり)
私は膝の上で、そっと手を握りしめた。
やはり、魔物の異変はこの国でも起きている。
昨夜、精霊たちが話していたことが頭をよぎった。
森が怯えている。
奥から、嫌な気配がする。
あの言葉が、どうしても気になっていた。
「我々も道中で魔物と遭遇しました。複数のグレイウォルフが、通常の行動範囲とは異なる場所に現れた可能性があります」
アルフォンスが報告すると、会議室の空気がわずかに変わった。
「そちらでもですか……」
セドリックは難しい顔をした。
「偶然とは考えにくいかもしれませんね」
「現段階で断定はできません。しかし、合同訓練の計画と並行して、周辺の魔物の出現状況についても情報を共有する必要があるでしょう」
アルフォンスの提案に、リュミエール王国側の騎士たちは同意を示した。
「我が国の調査記録も確認し、共有できるよう手配いたしましょう」
セドリックがそう答えると、近くにいた文官が頷いた。
私はそのやり取りを聞きながら、改めて思った。
(……国が違っても、同じ問題に向き合うことがあるんだ)
アルセリア王国とリュミエール王国。
普段はそれぞれの国を守っている騎士たちが、こうして同じ机を囲んで話し合っている。
なんだか、不思議な感じがした。
でも、きっと大切なことなんだろう。
一つの国だけでは解決できないことも、二つの国が協力すれば、解決できるかもしれない。
その後も、合同訓練を行う場所や日程、参加する騎士の人数、移動経路や安全管理について話し合いが続いた。
私は静かに座りながら、必要な情報を頭の中で整理していく。
合同訓練。
魔物の異常な出現。
そして、森の奥にある何か。
それぞれが関係しているのかは分からない。
けれど、無関係だと決めつけることもできなかった。




