第21話②、隣国への道
国境の検問所は、石造りの堅牢な建物だった。
周囲には高い柵が設けられ、数人の騎士が警備に当たっている。
アルセリア王国の紋章を掲げた一行が近づくと、検問所の騎士たちが姿勢を正した。
「アルセリア王国騎士団の皆様ですね。お待ちしておりました」
責任者らしき男性が一歩前へ出る。
総長が馬車から降り、落ち着いた声で答えた。
「出迎えに感謝する。こちらが今回の訪問に関する書状だ」
差し出された書状を、男性が慎重に確認する。
やがて内容に間違いがないことを確かめると、彼は深々と頭を下げた。
「確認いたしました。リュミエール王国へようこそお越しくださいました。
王都への道中も、どうぞお気をつけて」
「ありがとう。こちらも道中の安全には十分注意する」
総長の言葉に、男性は安堵したように頷いた。
手続きが終わり、一行は再び馬車へと乗り込む。
そして、ゆっくりと国境を越えた。
「……わぁ」
思わず、感嘆の声が漏れた。
国境を越えた先には、アルセリア王国とは少し違った景色が広がっていた。
建物の屋根は明るい色が多く、街道沿いには色とりどりの花が植えられている。
遠くには、白い石壁に囲まれた町が見えた。
その向こうに広がる大地は、朝日を受けて柔らかな金色に輝いている。
「すごい……!」
私は窓に近づき、夢中で景色を眺めた。
「アルフォンス様、見てください! あの建物、屋根が青いです!」
「ええ、見えています」
「あっ、あっちには大きな風車もあります!」
「そうですね」
「それから――」
「イリスさん」
「はい!」
「景色を楽しむのは構いませんが、周囲の警戒も忘れないように」
「……はい」
しゅん、と肩を落とす。
でも、少しくらいは見てもいいよね?
私はちらりとアルフォンスを見た。
アルフォンスは手元の書類を確認している。
……よし。
私はもう一度、窓の外へ目を向けた。
すると、小さなため息が聞こえてきた。
「……本当に、目が離せませんね」
(……聞こえてますよ、アルフォンス!)
私は心の中でそう呟きながら、少しだけ頬を膨らませた。
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国境を越えてから、しばらくが経った。
一行は街道沿いの小さな集落を通り過ぎようとしていた。
ところが、何だか様子がおかしい。
畑仕事をしている人も、道を歩いている人も、ほとんど見当たらない。
家々の扉は固く閉ざされ、時折見かける人たちも、どこか落ち着かない様子だった。
「……何だか、静かですね」
私が呟くと、アルフォンスも周囲を見回した。
「確かに。少し様子が違いますね」
そのとき、道端に立っていたおじいさんが、私たちの姿に気づいて近づいてきた。
「騎士様……お願いがございます」
「どうされましたか?」
アルフォンスが馬車を止めさせ、おじいさんに向き直る。
おじいさんは不安そうに森の方を振り返った。
「最近、この辺りで魔物が増えておりまして……。昨日は、森から出てきた魔物が家畜を襲ったのです」
「被害は?」
「幸い、人に怪我はありませんでした。しかし、今までこんなことはなかったのです」
おじいさんの声が震えた。
「森の奥で、何かが起きているのではないかと……皆、心配しております」
私は思わず森へ目を向けた。
(この国でも魔物が……?)
昨夜、精霊たちが話していたこと。
森の奥から感じる、嫌な気配。
やはり、何か関係があるのだろうか。
「お話しくださり、ありがとうございます」
アルフォンスは落ち着いた声で答えた。
「こちらでも情報を共有し、必要に応じて調査を行います。
ですが、皆様も森には近づかず、しばらくは安全な場所でお過ごしください」
「ありがとうございます……!」
おじいさんは何度も頭を下げた。
アルフォンスはその後、第3騎士団の騎士を呼び、集落の状況を報告させた。
魔物の出現が増えていること。
家畜が襲われていること。
そして、住民たちが森を恐れていること。
私はその様子を見ながら、小さく手を握りしめた。
(……やっぱり、おかしい)
アルセリア王国側だけではない。
リュミエール王国でも、魔物の異変が起きている。
偶然にしては、少し出来すぎている気がする。
「イリスさん」
「はい!」
アルフォンスがこちらを見た。
「何か気になることがありますか?」
「……はい」
私は少し迷ってから、口を開いた。
「昨日の魔物のことと、何か関係があるのかなって思って……」
「私も、その可能性は考えています」
「本当ですか?」
「ええ。ですが、現時点では情報が足りません。今は慎重に行動する必要があります」
「……はい」
アルフォンスは小さく頷いた。
「気になることがあれば、引き続き報告してください」
「分かりました!」
私は元気よく返事をした。
一行が再び出発すると、私はそっと胸元のペンダントに触れた。
何かが、おかしい。
それだけは、もう気のせいとは思えなかった。
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夕方。
街道の先に、リュミエール王国の町が見えてきた。
白い石壁に囲まれた町並み。
高くそびえる塔。
広場に立つ噴水。
そして、町の中心には、この国の紋章を掲げた大きな建物があった。
「ここが……」
私は窓の外を見つめた。
初めて見る隣国の町。
あの子が生まれ育った国の景色。
そう思うと、胸の奥が温かくなる。
(……あの子も、こんな景色を見ていたのかな)
いつか、あの子が話してくれた故郷のこと。
楽しかったこと。
好きだったもの。
あの場所では、そんな何気ない話を聞く時間が、私にとって何よりも大切だった。
もう一度会えたら、今度は私からもたくさんお話がしたい。
騎士団に入ったこと。
大切な友達ができたこと。
毎日がとても楽しいこと。
そして、もう大丈夫だってこと。
(……会いたいな)
私は胸元のペンダントに、そっと触れた。
けれど、その一方で、胸の奥には小さな不安も残っていた。
森の異変。
増え続ける魔物。
そして、精霊たちが怯えていた理由。
それらが何を意味しているのか、今はまだ分からない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
この国でも、何かが起きている。
そして、それを見過ごすわけにはいかない。
「……大丈夫」
私は小さく呟き、いつもの笑顔を浮かべた。
馬車は、夕暮れの町へと入っていった。
リュミエール王国での新たな日々が、今、始まろうとしていた。




