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第3話、「白き騎士団と、新しい仲間」

 合格発表から三日後。


 イリスは、指定された集合場所へ向かっていた。


「第一騎士団……」


 何度口にしても、まだ実感が湧かない。

 昨日までは、騎士になることだけを考えていた。


 それなのに。


 まさか、自分が国の中でも最も強い騎士たちが集まる第一騎士団に配属されるなんて。


「……本当に、ここで合ってるよね?」


 目の前にそびえ立つ建物を見上げる。


 大きな門の向こうには、白を基調とした騎士服を着た者たちが行き交っていた。


 他の騎士団の制服とは違う。


 白。


 それは第一騎士団だけに許された色だった。


「……かっこいい」


 思わず呟く。


 そのとき。


「君」


「はい?」


 後ろから声をかけられた。


 振り返ると、自分より少し背の高い少年が立っている。


 整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気。暗い青髪に緑色の目、髪の毛は後ろで一つにくくられている。


 腰には剣を差している。


「第一騎士団の新人?」


「はい!」


 イリスが元気よく答えると、少年は少し驚いた。


「……君も?」


「はい! イリスです!」


「僕はノア・アーヴェル 」


 少年が名乗った、そのとき。


「新人は中へ入れ!」


 騎士の声が響いた。


「行こう」


「はい!」


 二人は並んで建物の中へ入っていった。

 歩きながら、少年が小さく笑う。


「それにしても……」


「?」


「君、ずいぶん小さいね」


「十二歳です!」


「……やっぱり」


「今年から騎士団の入団試験を受けられるんですよ!」


「それは知ってるけど……」


 少年は苦笑した。


「第一騎士団に十二歳が来るとは思わなかった」


「私も思いませんでした!」


「……それはそうだろうね」


 二人で顔を見合わせる。

 そして、同時に笑った。


 それが、イリスにとって初めての――同期との出会いだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 やがて、新人騎士たちは広間へ集められた。

 先輩騎士たちが、左右に整然と並んでいた。

 その光景を見て、イリスは目を輝かせた。


「すごい……」


 昨日までとは違う。


 本物の騎士たち。


 この国を守る人たちが、目の前にいる。


 やがて、広間の前方に騎士団長たちが並んだ。


 その中央。


 一人の男が姿を現した。


 黒い髪。


 鋭い青い瞳。


 そして、片目を覆う眼帯。


「……」


 その姿を見た瞬間。


 イリスの表情が固まった。


(……え?)


 見覚えがある。


 忘れるはずがない。


 三日前。


 騎士団入団試験の面接で、自分の前に座っていた男。


(まさか……)


 ざわめきが止まる。

 男が壇上へ上がる。


 その瞬間、周囲の騎士たちが一斉に敬礼した。


「総長閣下!」


「……!」


 イリスの目が大きく見開かれる。


 男が口を開いた。



「アルセリア王国騎士団総長――」



 低く、よく響く声。



「ヴィルヘルム・ヴァレンティアだ」



「…………」


 イリスの頭の中が真っ白になる。


(総長……?)

(この人が……?)

(えっ)

(あの面接官が!?)


「……ええ!?」


 思わず声が漏れそうになり、イリスは慌てて口を押さえた。


 隣にいた同期が怪訝そうな顔をする。


「どうしたの?」


「な、なんでもありません!」


 イリスは慌てて笑った。


 壇上のヴィルヘルムが新人たちを見渡す。


「今日からお前たちは、この国を守る騎士だ」


 静かな声だった。


「騎士の力は、誰かを傷つけるためにあるものではない」


 広間が静まり返る。



「守るためにある」



 その言葉に、イリスは小さく目を伏せた。


 守る。


 その言葉は、胸の奥に強く残った。



「仲間を守れ」


「民を守れ」


「そして――自分自身も守れ」



 ヴィルヘルムはそう言って、静かに新人たちを見つめた。


「以上だ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 続いて、宣誓が始まった。


 新人騎士が一人ずつ前へ出ていく。


 先ほど出会った同期の少年も、前へ進んだ。


 まっすぐ前を向いている。


 その表情には、緊張が滲んでいた。


「私は騎士としての責務を忘れず、国と民を守ることを誓います」


 堂々とした声が広間に響く。


 イリスは思わず背筋を伸ばした。


(……すごい)


 自分と同じ新人なのに。


 まるで本物の騎士みたいだった。


 そして。


「次」


 名前を呼ばれる。


「三百二十一番、イリス」


「はい!」


 イリスは前へ出た。

 たくさんの視線が集まる。


 少しだけ緊張する。


 けれど。

 大丈夫。


 いつものように笑えばいい。


 そう思った。

 そして、壇上を見る。

 ヴィルヘルムと目が合った。


「……」


 一瞬。

 あの面接の日のことが蘇る。


 けれど、イリスは笑った。


「私は――」


 ほんの少しだけ、言葉が止まる。


 本当の名前を名乗るわけにはいかない。


 ここにいるのは、リリア・アステリアではない。


(――イリスとして)


 そう、心の中で呟く。


「騎士としての責務を果たし、仲間と国を守ることを誓います」


 頭を下げる。


「……よし」


 小さく呟いて、列へ戻った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 入団式が終わった。


 新人たちが広間から移動し始める。


 イリスも同期と一緒に歩き出そうとした、そのとき。


「三百二十一番」


「……?」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 ヴィルヘルムだった。


「少し来い」


「……私ですか?」


「お前以外に誰がいる」


「は、はい!」


 イリスは慌ててヴィルヘルムの後を追った。


 少し離れた場所まで来ると、ヴィルヘルムが足を止める。


「三日前の面接を覚えているか?」


「……!」


 イリスの笑顔が固まった。


「……はい」


「俺だ」


「……やっぱり!」


 思わず声が大きくなる。


「声が大きい」


「す、すみません!」


 ヴィルヘルムは呆れたように息を吐いた。


「お前、あのときからずっと気になっていた」


「……私が、ですか?」


「ああ」


「どうしてですか?」


「筆記試験は満点」


「……」


「基礎身体能力も、年齢を考えれば十分」


「……はい」


「剣術も合格」


「……」


 ヴィルヘルムが少しだけ目を細める。


「だが――」


 その声が低くなった。



「お前は、わざと力を抑えていただろう」



「……!」


 心臓が跳ねた。


 ばれた。


 魔法のことまで?


 いや。


 今は剣の話。


 それでも、イリスは警戒する。


「……どうして、そう思うんですか?」


「剣を見れば分かる」


 ヴィルヘルムは淡々と言った。


「お前の剣は、十二歳のものじゃない」


「……」


「だが、理由を聞くつもりはない」


 イリスは少し驚いた。


「……いいんですか?」


「ああ」


 ヴィルヘルムはそれ以上追及しなかった。


 そして。


「ただし、一つだけ確認したい」


「……?」


 ヴィルヘルムが腰の剣に手をかける。


「俺と戦え」


「……え?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 訓練場。


 向かい合う二人。


 イリスは木剣を握っていた。


「本当に戦うんですか?」


「そうだ」


「どうして……?」


「お前がどこまで隠しているのか、知りたい」


「……」


 イリスは小さく息を吐いた。


 これはまずい。


 相手は騎士団総長。


 下手をすれば、今まで隠してきたものが全部ばれてしまう。


 けれど。


「……分かりました」


 木剣を構える。


「ただし」


 ヴィルヘルムが笑った。


「手加減はしない」


「……!」


「お前もだ」


「……はい!」


 次の瞬間。



 ヴィルヘルムが踏み込んだ。



「――!」


 速い。


 ルーカスよりも。

 今まで戦った誰よりも。

 イリスは木剣で受け流す。


 重い。


「……っ!」


 腕が痺れる。


 すぐに距離を取る。


(強い……!)


 ヴィルヘルムが追ってくる。


 一撃。

 二撃。

 三撃。


 イリスは紙一重でかわしていく。


 そして、反撃。


 木剣を振り抜く。


 ヴィルヘルムが受け止めた。


「……なるほど」


「何ですか?」


「やはり、隠しているな」


「……!」


 イリスは少しだけ速度を上げる。


 ヴィルヘルムの目が鋭くなる。


 さらに一歩。


 イリスが懐へ入り込む。


 ――取れる。


 そう思った瞬間。


「甘い」


 身体が浮いた。


「わぁっ!」


 次の瞬間、地面に転がっていた。


「……いたた」


 見上げると、ヴィルヘルムが立っている。

 木剣は、イリスの喉元で止まっていた。


「勝負あり」


「……負けたぁ」


 イリスは悔しそうに頬を膨らませる。


 けれど。


 すぐに笑った。


「ありがとうございました!」


 ヴィルヘルムはその笑顔をじっと見つめた。


「……お前」


「はい?」


「変な奴だな」


「え?」


「負けたのに笑うのか」


「だって、楽しかったので!」


「……そうか」


 ヴィルヘルムは小さく息を吐いた。


 そのとき。


「総長」


 訓練場の入り口から声がした。


 振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の男だった。


 銀色の髪。


 黄金色の瞳。


 整った顔立ち。


「アルフォンス」


 ヴィルヘルムが呼ぶ。


「新人を連れてきたと聞きましたが」


「ああ」


 ヴィルヘルムがイリスを見る。


「こいつだ」


 アルフォンスの視線がイリスへ向く。


「……」


 しばらく無言で見つめられる。


 イリスは背筋を伸ばした。


 この人も知っている。


 入団試験の面接官。


 第一騎士団団長。


「改めて紹介する」


 ヴィルヘルムが言った。


「第一騎士団団長、アルフォンス・グランディアだ」


「……よろしくお願いします!」


 イリスは元気よく頭を下げた。


「イリスです!」


「ええ。改めまして、第一騎士団団長のアルフォンス・グランディアです。これからよろしくお願いいたします。」


「……はい!」


 アルフォンスは、じっとイリスを見る。


「イリスさん。十二歳でしたね。」


「はい!」


アルフォンスは小さい声で


「……やはり随分と小さいのですね」


「また言われた!」


 思わず頬を膨らませる。


 アルフォンスがわずかに目を細めた。


「ですが――」


 その視線が、イリスの握る木剣へ落ちる。


「剣は悪くないですね」


「本当ですか?」


「ええ」


 イリスの顔がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


 アルフォンスは少しだけ黙った。


「……無理はしないように」


「大丈夫です!」


「そういう人ほど無理をするんですから」 


困った顔で笑うアルフォンス。


「……?」


 意味が分からず、イリスは首を傾げた。


 アルフォンスはそれ以上何も言わなかった。


 その横で、ヴィルヘルムが小さく笑う。


「面白い新人だろう?」


「……ええ」


 アルフォンスはイリスを見る。


「少なくとも、退屈はしなさそうですね」


「はい!」


 イリスは元気よく返事をした。


 その日。


 イリスはまだ知らなかった。


 この二人が、これから先――


 自分にとって、かけがえのない存在になっていくことを。


 そして。



 自分が初めて見つけた「居場所」が、ここから始まることを。


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