第20話①、小さな町の夜
魔物との戦闘を終え、周囲の安全を確認した私たちは、再びリュミエール王国へ向けて出発した。
日が傾き始めた頃、馬車の窓から見える景色が少しずつ変わってきた。
それまで広がっていた草原は次第に姿を消し、街道の両側には木々が増え始めている。
遠くに見える山々の向こうには、リュミエール王国との国境があるらしい。
「もうすぐかな……」
私は窓の外を眺めながら、小さく呟いた。
「何がですか?」
向かい側で書類を確認していたアルフォンスが顔を上げる。
「リュミエール王国です! そろそろ着く頃かなって!」
「いえ、今日はまだ到着しませんよ。国境までは、もう少し時間がかかりますので」
「えっ、そうなんですか?!」
「……出発前に説明したはずですが」
「あっ!」
そういえば、そんなお話を聞いたような……。
「今夜は国境へ向かう街道沿いの町に宿泊します。明日以降の行程に備え、休息を取る予定です」
「そうだったんですね! すっかり忘れてました!」
アルフォンスが深いため息をついた。
「イリスさん……」
「は、はい!」
「任務に関する説明は、きちんと聞いておいてください」
「すみません……」
私はしゅんと肩を落とした。
だって、初めての隣国への任務だから、楽しみで……。
……うん。
言い訳はよくないよね。
「それから、町に着いても勝手に行動しないこと」
「……はい」
「返事が遅いですね」
「そんなことありません!」
私は慌てて背筋を伸ばした。
アルフォンスは小さく息を吐く。
「あなたが何を考えているのか、少しずつ分かってきた気がします」
「えっ?! 私、何も考えてませんよ?!」
「それが一番心配なのです」
「ひどいです!」
思わず抗議すると、アルフォンスはほんのわずかに口元を緩めた。
(……あれ?)
私は思わず目を丸くする。
(今、笑った?)
もう一度確かめようとしたときには、アルフォンスはすでに書類へ視線を戻していた。
……見間違いだったのかな?
私は首を傾げながら、再び窓の外へ目を向けた。
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やがて、一行の前に小さな町が姿を現した。
石造りの建物が街道沿いに並び、中央には人々が行き交う広場がある。
夕食の支度をしているのだろうか。
建物の窓からは温かな明かりが漏れ、香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。
「わぁ……!」
私は思わず目を輝かせた。
王都ほど大きな町ではない。
それでも、見慣れない建物や店先に並ぶ品々は、私の興味を引くには十分だった。
焼きたてのパン。
色とりどりの果物。
見たことのない形をした焼き菓子。
そして、店先で楽しそうに話す人々。
どれもが新鮮に見える。
「……おいしそう」
思わず呟いた、そのとき。
「イリスさん」
「はいっ!」
背後から聞こえた声に、私は勢いよく振り返った。
そこには、いつの間にか馬車を降りていたアルフォンスが立っていた。
「まだ何も言っていませんよ」
「えっ、あっ……はい」
「何を見ていたのですか?」
「いえ、その……お店を!」
「そうですか」
アルフォンスは一度、店先へ目を向けた。
「自由時間が取れるかどうかは、明日の予定次第です。今は宿へ向かいましょう」
「……はい」
私は名残惜しく思いながら、もう一度お店を振り返った。
すると、その様子を見ていたヴィルヘルム総長が、呆れたように笑った。
「イリス。お前、任務より菓子のほうが気になるんじゃないだろうな?」
「そ、そんなことありません!」
「なら、宿に着くまで我慢しろ」
「はい……!」
総長は楽しそうに笑いながら、先へ進んでいった。
私は小さく頬を膨らませる。
(……いつか、絶対に食べるんだから!)
心の中でそう決意しながら、私も宿へと向かった。




