第18話②、隣国に向けて
やがて、出発の準備が整った。
騎士たちはそれぞれの馬や馬車に配置され、慌ただしかった施設内にも、次第に緊張感が漂い始める。
今回の任務では、第3騎士団が先行して道の安全を確認し、第1騎士団が王家の使節であるヴィルヘルム総長たちの護衛を担当する。
私は、総長と団長が乗る馬車に同乗することになっていた。
もちろん、ずっと座っているだけではない。
必要に応じて護衛の補助や周囲の確認を行うことも、私の役割だ。
ただ、今は出発前なので、最後にもう一度荷物を確認していた。
「よし、準備完了!」
「イリスさん。出発前に何度確認するつもりですか」
隣にいたアルフォンスが、少し呆れたように尋ねてきた。
「だって、忘れ物があったら大変ですから!」
「それはそうですが……」
アルフォンス様が小さく息を吐く。
「確認すること自体は悪いことではありません。
ただし、必要以上に時間をかけて、ほかの行動が遅れないようにしてくださいね」
「はい!」
すると、馬車の中から総長の声が聞こえてきた。
「アルフォンス。そのくらいにしておけ。イリスも、もう準備は終わったんだろう?」
「はい! ばっちりです!」
「なら乗れ。そろそろ出発するぞ」
「はーい!」
私が馬車に乗ろうとした、そのとき。
「イリス!」
少し離れた場所から、ノアが手を振っていた。
「あっ、ノア!」
ノアはエドガー副団長たちと一緒に、別の配置につくところだった。
「向こうで会おうね!」
「うん! ノアも気をつけてね!」
「そっちこそ!」
私たちは笑顔を交わした。
ノアと別々に行動するのは少し寂しいけれど、同じ任務に参加しているのだから、きっとまた話せる機会もあるはずだ。
私はノアにもう一度手を振ると、馬車に乗り込んだ。
馬車の中には、ヴィルヘルム総長とアルフォンス様が座っていた。
私は二人の向かい側に腰を下ろす。
(うぅ……やっぱり緊張する……)
改めて考えると、騎士団の総長と第1騎士団の団長に挟まれて任務に向かうなんて、すごいことなのではないだろうか。
……というか、ものすごく目立つ気がする。
私がそんなことを考えていると、アルフォンスがこちらを見た。
「イリスさん。どうかしましたか?」
「い、いえ! なんでもありません!」
「そうですか」
アルフォンスは不思議そうに首を傾げた。
その隣で、総長が小さく笑っている。
(絶対、何か分かってる……!)
私は少しだけ頬を膨らませた。
そのとき、外から出発準備が整ったことを知らせる声が聞こえた。
総長は窓越しに隊列を確認すると、静かに頷いた。
「よし。全員、配置についたな」
そして、よく通る声で号令をかけた。
「――出発!」
その声を合図に、馬車がゆっくりと動き始めた。
車輪が石畳を進む音が響く。
窓の外では、騎士たちが整然と隊列を組み、馬車に合わせて進んでいた。
見慣れた騎士団の施設が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて王都の街並みが広がり、朝日を浴びた建物がきらきらと輝いて見えた。
「わぁ……!」
私は思わず窓の外に目を向けた。
いつも見ているはずの王都なのに、今日は少し違って見える。
これから、あの門を抜けて、隣国へ向かうんだ。
そう思うと、胸が高鳴った。
「随分と楽しそうですね、イリスさん」
アルフォンスが声をかけてくる。
「はい! だって、初めての隣国ですから!」
「ふふっ。そうですね。ですが、くれぐれも窓から身を乗り出さないように」
「分かってます!」
私は慌てて背筋を伸ばした。
すると、向かい側に座っていた総長が、どこか楽しそうに笑った。
「まあ、初めて見る景色も多いだろう。今のうちにしっかり見ておけ」
「はい!」
私はもう一度、窓の外へ目を向けた。
王都の門が近づいてくる。
その先には、まだ見たことのない景色が広がっているのだろう。
「リュミエール王国……どんなところなんだろう」
思わず、小さく呟いた。
リュミエール王国。
あの子が、自分の故郷だと教えてくれた国。
研究施設で過ごした日々の中で、私たちは何度も互いを励まし合った。
辛いことも、怖いことも、たくさんあった。
それでも、あの子がそばにいてくれたから、笑うことができた。
(……元気にしているかな)
今、どこで何をしているのだろう。
無事に故郷へ帰ることができたのだろうか。
もう一度会えたら、伝えたいことがたくさんある。
でも、リュミエール王国は広い。
今回訪れるからといって、あの子に会えるわけではない。
それでも。
あの子が生まれ育った国を、自分の目で見られる。
そう思うだけで、少し嬉しかった。
私は胸元のペンダントに、そっと触れた。
(いつか、また会えたらいいな……)
「イリスさん?」
「は、はい!」
アルフォンスに名前を呼ばれ、私は慌てて顔を上げた。
「少し考え事をしていたようですが、大丈夫ですか?」
「はい! 大丈夫です!」
「そうですか。長い移動になりますから、疲れたときは無理をせず休んでくださいね」
「ありがとうございます!」
アルフォンスは小さく微笑むと、手元の書類に目を戻した。
私は再び窓の外を眺める。
新しい出会い。
見たことのない景色。
そして、まだ知らない隣国の人々。
きっと、素敵な旅になる。
もちろん、任務をしっかり果たすことが一番大切だけれど。
それでも、少しくらい楽しみにしてもいいよね。
私はそう自分に言い聞かせながら、小さく笑った。
――けれど。
このときの私は、まだ知らなかった。
この旅の先で、あの頃の大切な親友と再び出会うことになるなんて。
そして、その再会が、私の過去と深く結びついていることも。
何も知らない私は、ただ胸を躍らせながら、遠ざかっていく王都を眺めていた。




