第18話①、隣国に向けて
早朝。
第1騎士団の施設では、出発に向けて騎士たちが慌ただしく準備を進めていた。
馬車には次々と荷物が積み込まれ、厩舎からは馬の鳴き声が聞こえてくる。
そんな中、私は騎士服をきちんと着込み、腰に剣を携えていた。
今日は、いよいよリュミエール王国へ出発する日だ。
いつもより少しだけ緊張しているけれど、それ以上に胸がわくわくしていた。
初めての他国への任務。
どんな景色が見られるのだろう。
どんな人たちと出会えるのだろう。
そんなことを考えていると、背後から聞き慣れた声がした。
「イリスさん。おはようございます」
「団長! おはようございます!」
振り返ると、そこにはアルフォンス団長が立っていた。
いつものように背筋を伸ばし、整った騎士服に身を包んでいる。
「出発前に、いくつか確認しておきたいことがあります」
「はい!」
アルフォンスは私の返事を聞くと、静かに話し始めた。
「まず、騎士としての礼儀を忘れないこと。他国の王族や騎士に対しては、礼節をもって接してください」
「はい!」
「それから、許可なく単独行動をしないこと。魔物と遭遇しても、隊列を離れて勝手に戦わないこと。そして、困ったことがあれば、必ず私か総長、もしくは近くにいる上官に報告すること」
アルフォンスはそこで一度言葉を区切り、私の目を見た。
「分かりましたか?」
「はい! 任せてください!」
「……本当に理解していますか?」
「もちろんです! 礼儀正しく、勝手な行動はせず、困ったときはすぐに報告する! ですよね!」
「……分かっているのなら結構です」
アルフォンスは小さく頷いた。
けれど、なぜだろう。
どこか不安そうな顔をしている。
「イリスさん。あなたは、少々自分の能力を過信しているところがあります」
「えっ、そうですか?」
「自覚がないのなら、なおさら気をつけてください」
「うーん……」
私は思わず首を傾げた。
自分の能力を過信しているつもりはないんだけどなぁ。
もちろん、まだまだ未熟なのは分かっている。
アルフォンス団長との稽古でも、毎回のように注意されているし。
でも、誰かが危険な目に遭っていたら、助けたいと思う。
自分にできることがあるなら、何もしないで見ているなんてできない。
……それが、いけないのかな。
「イリスさん」
「は、はい!」
考え込んでいると、アルフォンスに名前を呼ばれた。
「誰かを助けたいという気持ちは、決して悪いものではありません」
「……はい」
「ですが、そのためにあなた自身が危険に陥ってしまっては意味がありません。
騎士として、仲間を信頼することも覚えてください」
私はアルフォンス団長を見上げた。
仲間を信頼すること。
確かに、今の私には頼れる人がたくさんいる。
アルフォンス団長も、ヴィルヘルム総長も、ノアも。
全部を一人で何とかしなくてもいいのかもしれない。
「……はい! 気をつけます!」
「ええ。期待していますよ」
アルフォンスはほんの少しだけ表情を和らげると、ほかの騎士たちの様子を確認するため、その場を離れていった。
私はその背中を見送りながら、小さく拳を握った。
(よーし! 絶対に迷惑をかけないように頑張ろう!)
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アルフォンスと別れた後、私は出発に向けて荷物の最終確認をしていた。
「着替えはあるし、水筒もあるし……剣の手入れ道具も大丈夫!」
指を折りながら、一つずつ確認する。
今回の任務では、リュミエール王国まで数日間かけて移動することになっている。
そのため、普段の討伐任務よりも持ち物が多かった。
食料や野営に必要な道具など、全員で使用する物資は馬車に積まれているけれど、個人の荷物は自分できちんと管理しなければならない。
「イリス、準備できた?」
「あっ、ノア!」
顔を上げると、ノアがこちらに歩いてきていた。
「うん! 忘れ物もないはず!」
「その『はず』がちょっと心配なんだけど」
「えーっ、ひどい!」
ノアはくすりと笑いながら、私の荷物に目を向けた。
「ちゃんと確認した?」
「もちろん! もう三回も確認したんだから!」
「三回も?」
「だって、忘れ物があったら大変でしょ?」
「ふふっ。そうだね」
ノアは笑いながら、自分の荷物も確認し始めた。
その様子を眺めていると、ふとリュミエール王国のことが気になった。
「ねえ、ノア!」
「ん?」
「リュミエール王国って、どんなところなんだろう?」
「どうしたの、急に?」
「だって、初めて行く国だよ! 街並みも違うのかな? 食べ物も違うのかな?」
「……イリスは、やっぱり食べ物が気になるんだね」
「だって、大事でしょ!」
美味しいものを食べると、幸せな気持ちになる。
それに、国が違えば、食べ物だってきっと違うはずだ。
どんな料理があるのか、考えるだけでわくわくしてしまう。
ノアはそんな私を見て、楽しそうに笑った。
「そうだね。任務が無事に終わったら、少しくらい街を見られるかもしれないね」
「本当?! 頑張ろうね!」
「うん。でも、任務が最優先だからね」
「分かってるってば!」
もう、ノアまでアルフォンス様みたいなことを言うんだから。
私が頬を膨らませると、ノアは困ったように笑った。
「それと、イリス」
「ん?」
「危ないと思ったら、ちゃんと僕たちを頼ってね。一人で何とかしようとしないこと」
「…………」
私は一瞬だけ言葉に詰まった。
さっき、アルフォンス様にも同じようなことを言われたばかりだ。
(そんなに心配されてるのかなぁ……)
少しだけ複雑な気持ちになる。
でも、ノアが私のことを心配してくれているのは分かっていた。
だから、私は笑顔で頷いた。
「うん。約束する!」
「……本当に?」
「本当だよ!」
「ふふっ。なら、信じるよ」
ノアは安心したように微笑んだ。
その笑顔を見て、私も嬉しくなる。
(ちゃんと約束、守らなくちゃね)
私は心の中で、もう一度そう決めた。
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準備を終え、馬車へ向かおうとしたところで、後ろから声をかけられた。
「イリス」
「はい、ヴィルヘルム総長!」
振り返ると、ヴィルヘルム総長が腕を組んで立っていた。
「随分と張り切っているな」
「はい! 初めての隣国への任務なので、楽しみなんです!」
「そうか」
総長は小さく頷くと、私の顔をじっと見た。
「だが、楽しむのは構わないが、任務であることは忘れるなよ」
「もちろんです!」
「頑張るのは結構だ。だが、余計なことまで背負い込むな」
「……余計なこと、ですか?」
「ああ。今回の任務は、お前一人で戦うためのものじゃない。
騎士団全体で動く任務だ。自分にできることと、やるべきことを履き違えるな」
私は少しだけ俯いた。
また、同じことを言われてしまった。
アルフォンス様も、ノアも、総長も。
みんな、私が無茶をすると思っているみたいだ。
でも……。
誰かが傷つくのは、嫌だ。
助けられるかもしれないのに、何もしないのはもっと嫌だ。
だから、つい身体が動いてしまうことがある。
それが危険なことだって、頭では分かっているのに。
「……分かりました」
「本当に分かっているのか?」
「分かってます!」
総長は私をしばらく見つめた後、小さく息を吐いた。
「ならいい。何かあれば、すぐに俺を呼べ。勝手に姿を消したりしたら、帰ってからみっちり説教だからな」
「うっ……はい」
「返事はいいんだよな、お前は」
「そ、そんなことないですよ!」
「ほう?」
「…………」
私は思わず視線をそらした。
……ちょっとだけ、心当たりがあるかもしれない。
そんな私の様子を見て、総長が小さく笑った。
「まあいい。とにかく、無事に任務を終えることだ」
「大丈夫です! ちゃんと戻ってきますから!」
そう言って笑うと、総長は一瞬だけ黙った。
そして、いつもより少し静かな声で言った。
「……ああ。必ず戻ってこい」
「はい!」
私は元気よく頷いた。
総長はそれ以上何も言わず、私の頭に軽く手を置いた。
大きな手が、ぽん、と一度だけ頭をなでる。
「よし。そろそろ出発だ。持ち場につけ」
「はい!」
私は総長に敬礼すると、急いで馬車へと向かった。




