第17話②、新しい任務へ
「ユナお姉ちゃーん! ただいま帰りましたー!」
「おかえりなさい。今日も一日お疲れさま」
部屋に入ると、ユナお姉ちゃんがいつもの優しい笑顔で迎えてくれた。
そして、私をぎゅっと抱きしめ、頭をなでてくれる。
「えへへ。ただいま!」
私も嬉しくなって、ユナお姉ちゃんに抱きついた。
騎士団に入るまでは、こんな日々を過ごせるなんて想像もしていなかった。
誰かが帰りを待っていてくれること。
一緒にご飯を食べて、今日あった出来事を話せること。
そんな何気ない毎日が、今の私にはとても幸せだった。
今日もいつものようにユナお姉ちゃんが作ってくれた夕食を食べ、お風呂に入る。
そして、ベッドに入る前には、二人でおしゃべりをする。
「そういえば、お姉ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「明日、ヴィルヘルム総長から今後の任務についてお話があるみたいなんだけど、何についてか知ってる?」
「あ~、あの話ね」
「え?! なになに?!」
思わず身を乗り出す。
ユナお姉ちゃんはそんな私を見て、いたずらっぽく微笑んだ。
「んふふ。秘密。明日のお楽しみね」
「えええええええ?! いじわるーーーー!」
私は思いきり頬を膨らませた。
すると、ユナお姉ちゃんが人差し指を伸ばしてくる。
ぷにっ。
「むぅっ!」
膨らませた頬をつつかれ、口から空気が抜けた。
「ふふっ。そんなに膨らませたら、ほっぺが破裂しちゃうわよ?」
「もう! お姉ちゃん!」
「ふふふっ」
「あはははは!」
二人で顔を見合わせて笑う。
「さて、そろそろ寝ましょうか。明日は早いんでしょう?」
「は~い!」
そう言って、私たちはそれぞれのベッドに入った。
「おやすみなさーい!」
「はい、おやすみなさい」
部屋の明かりが消える。
私は胸元のペンダントをそっと握りしめた。
騎士団に入ってから、もう二か月。
毎日が楽しくて、温かくて。
こんな日々が、これからも続けばいいな。
――きっと、明日も大丈夫。
そう願いながら、私はゆっくりと眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝。
第1騎士団の会議室には、いつもとは少し違う緊張感が漂っていた。
正装に身を包んだ第1騎士団と第3騎士団の騎士たちが、整然と並んでいる。
私もノアと一緒に、その列に加わっていた。
(うぅ……なんだか緊張するなぁ)
いつもの訓練とは違う雰囲気に、思わず背筋が伸びる。
しばらくして、会議室の扉が開いた。
ヴィルヘルム総長が入室し、その後ろからアルフォンス様と第3騎士団の団長が続く。
総長が壇上に立つと、室内は静まり返った。
「朝早くから集まってもらって悪いな。早速だが、来週から第1騎士団と第3騎士団合同で、隣国のリュミエール王国を訪問してもらう」
(……リュミエール王国)
その名前を聞いた瞬間、胸が小さく跳ねた。
私は周囲に気づかれないよう、そっと胸元のペンダントを握りしめる。
リュミエール王国。
忘れるはずがない。
あの子が、自分の故郷だと教えてくれた国だ。
辛いときも、悲しいときも、いつもそばにいてくれた。
二人で励まし合って、何度も笑い合って。
あの場所で過ごした日々は決して楽しいものではなかったけれど、あの子がいたから乗り越えられたことも、たくさんあった。
(……元気にしているかな)
今、どこで何をしているのだろう。
ちゃんとご飯は食べられているかな。
怖い思いをしていないかな。
……笑って、過ごせているかな。
もう一度会いたい。
会って、たくさんお話がしたい。
あの頃にはできなかったことを、一緒にしてみたい。
けれど、今どこにいるのかも分からない。
リュミエール王国に帰れたのかどうかさえ、知らないのだ。
(……いつか、また会えるといいな)
私はペンダントを握る手に少しだけ力を込めた。
「今回の訪問は、隣国との合同訓練に向けた事前協議が主な目的だ」
総長の声が響き、私ははっと顔を上げた。
(いけない。今は任務のお話だった!)
慌ててペンダントから手を離し、姿勢を正す。
懐かしい思い出を胸の奥にしまい込み、私は再び総長の話に耳を傾けた。
総長は机の上に置かれた書類を指で軽く叩いた。
「国王陛下からも、軍事協力に関する協議を進めるよう命を受けている。
俺が王国の使節として基本方針を伝え、具体的な訓練内容や移動経路については、アルフォンスたちと詰めることになる」
「では、総長が王家を代表して交渉されるのですね?」
アルフォンス様が尋ねると、総長は頷いた。
「そういうことだ。ただし、俺の判断だけで決められないこともある。
重要な取り決めは、帰国後に陛下の承認を得る」
「かしこまりました」
総長は改めて、集まった騎士たちを見渡した。
「お前たちは難しい話をすべて覚える必要はない。まずは、自分の役割をしっかり果たせ」
「はい! 頑張ります!」
……しまった。
つい、いつもの調子で返事をしてしまった。
静まり返った会議室に、私の元気な声だけが響き渡る。
(は、恥ずかしい……!)
周囲の騎士たちの視線が集まる。
私は赤くなった頬を、両手でぱたぱたとあおいだ。
すると、総長が小さく笑った。
「ははっ。いい返事だ、イリス」
「は、はい……!」
「その意気込みは悪くない。だが、今回は他国での任務だ。いつも以上に慎重に行動するように」
「はい!」
今度は少しだけ声を抑えて返事をした。
総長は満足そうに頷くと、話を続けた。
「詳しいことについては各団長から説明がある。各自、指示に従ってくれ」
そう言って、総長はアルフォンスと第3騎士団の団長に視線を向けた。
「かしこまりました。それでは、各団に分かれましょう」
アルフォンスの言葉に従い、騎士たちはそれぞれの会議室へと移動を始めた。
私たち第1騎士団の団員が集まったのは、訓練場に隣接する会議室だった。
前方に立ったアルフォンスは、手元の書類に一度目を落としてから、静かに口を開いた。
「それでは、今回の任務について改めて説明します」
その一言で、室内にいた騎士たちの表情が引き締まる。
「今回の主な目的は三つです。
一つ目は、リュミエール王国との合同訓練に向けた事前協議。
二つ目は、現地までの移動経路と周辺地域の安全確認。
そして三つ目は、道中における魔物の出現状況の調査です」
アルフォンスは壁に掲げられた地図を指し示した。
「合同訓練の具体的な日程や内容については、現地での協議を経て決定します。
今回の訪問ですべてを確定させるわけではありません。
ですが、今後の両国の騎士団の連携に関わる重要な任務であることを忘れないでください」
騎士たちが一斉に頷く。
「次に、道中の行動について説明します。リュミエール王国までは数日を要します。
その間、予定している休息地点以外での滞在は原則として認めません。
ただし、魔物の出現や地形の異常など、安全に関わる問題が発生した場合は、この限りではありません」
アルフォンスは地図上の街道をなぞりながら続けた。
「今回の移動では、第3騎士団と合同で行動します。
第3騎士団には、移動経路の確認と周辺の警戒を中心に担当してもらいます。
一方、我々第1騎士団は、護衛と現場での戦闘対応を主に担当します」
アルフォンスはそこで一度言葉を区切った。
「ただし、これは役割を完全に分けるという意味ではありません。
どちらかの団が対応に追われた場合は、もう一方が速やかに援護に入ります」
「つまり、いつもの任務よりも周囲との連携が重要になる、ということですね」
一人の騎士がそう尋ねると、アルフォンスは小さく頷いた。
「その通りです。特に、第3騎士団からの報告には注意を払ってください。
彼らが異常を察知した場合、独断で判断せず、速やかに情報を共有すること。
些細な違和感であっても、見過ごしてよい理由にはなりません」
その言葉には、普段以上の厳しさが感じられた。
「続いて、移動時の組み分けについてです」
アルフォンスが別の書類を取り出す。
「隊列は前衛、中央、後衛の三つに分けます。
前衛は進路の確認と先行する危険への対処、中央は主要な人員と荷物の護衛、後衛は追跡してくる魔物や不審者への警戒を担当してください。
具体的な配置については、後ほど各自に伝えます」
どうやら、誰と組むかはこの後決まるらしい。
(ノアと一緒だったらいいなぁ)
そんなことを考えていると、アルフォンスは続けた。
「なお、新人騎士は経験のある騎士と組ませます。
経験不足を補うための措置ですので、不満があっても勝手に変更しないように」
……うっ。
なぜか、私の方を見られた気がした。
いや、気のせいだ。
きっと。
「また、道中で魔物を発見した場合、許可なく隊列を離れることを禁じます。
相手が弱そうに見えたとしても、単独で追跡してはいけません。
魔物の群れに遭遇した際は、周囲の状況を確認し、指示に従って行動すること」
アルフォンスはそこで一度、全員を見渡した。
「今回の任務は、魔物を討伐すること自体が目的ではありません。
安全に目的地へ到着し、必要な情報を持ち帰ることが最優先です。
戦うべき場面と、退くべき場面を見誤らないように」
その言葉に、私は背筋を伸ばした。
魔物を倒すことよりも、全員で無事に帰ること。
それは、私が思っていた以上に大切なことなのかもしれない。
「最後に」
アルフォンスの声が、再び室内に響いた。
「今回の任務では、普段とは異なる環境で行動することになります。
慣れない土地であることを忘れず、報告、連絡、相談を徹底してください。
何か問題があれば、些細なことでも構いません。必ず上官に報告すること」
そして、ほんのわずかに視線を和らげた。
「全員が無事に帰還すること。それが私からの最優先事項です」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。
厳しいことを言うけれど、アルフォンスはいつだって、私たち団員のことを考えてくれている。
だからこそ、私も期待に応えたい。
「以上です。組み分けについては、第3騎士団との最終確認が済み次第発表しますので、そのまま待機してください」
「「「はっ!」」」
騎士たちの返事を聞き、アルフォンスは一度会議室を後にした。




