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閑話休題、これからは、二人で

 

 初任務を終えた帰り道。

 揺れる馬車の中で、イリスは窓の外を眺めていた。

 森を抜け、街道を進む馬車の向こうには、夕焼けに染まった空が広がっている。

 初めての任務。

 巨大な魔物との戦い。

 怪我をした騎士たち。

 いろいろなことがあった。


「……ふふっ」


 イリスは、思わず笑みをこぼした。


「どうしたの、イリス?」


 向かいに座っていたノアが、不思議そうに尋ねる。


「いえ!初任務、いろいろあったなあって思いまして!」


「……そうだね」


 ノアは窓の外へ視線を向けた。


「正直、あんな魔物が出てくるなんて思わなかったよ」


「わたしも! びっくりした!」


「……イリスは、びっくりしているようには見えなかったけど」


「えっ、本当ですか?」


「うん。むしろ、僕たちの中で一番落ち着いていたと思う」


「そ、そうですかね?」


 イリスは頬をかいた。

 そんなつもりはなかったのだけれど。

 目の前で誰かが傷ついていたら、助けなきゃと思った。

 みんなが困っていたら、自分にできることをしようと思った。

 ただ、それだけだった。


 ノアが、少しだけ視線を落とす。


「僕は、まだまだだなって思ったよ」


「……ノアさん?」


「イリスがみんなに指示を出して、魔物の隙を見つけて……。僕は、その間、君の隣にいたのに、君を守るどころか、助けられてばかりだった」


 その声には、悔しさが滲んでいた。

 ノアだって、何もしていなかったわけではない。

 イリスの指示に従って動き、仲間を助け、必死に戦っていた。

 それでも、彼の目には、イリスの姿が強く焼きついていたのだ。

 誰よりも小さな身体で、誰よりも早く状況を見極めて。

 怖がる仲間たちを導いていた姿が。


「……僕も、もっと強くなりたい」


 ノアは拳を握った。


「君に守られるだけじゃなくて、僕も君を守れるようになりたいんだ」


「……!」


 イリスは、ぱちぱちと瞬きをした。

 それから、ふにゃりと笑った。


「……ありがとうございます、ノアさん!」


「え?」


「でもね、わたしもノアさんに助けてもらいましたよ?」


「僕が?」


「はい!わたしが右側をお願いしたとき、すぐに動いてくれましたよね?それに、みんなを助けるときだって、ノアさんがいてくれたから安心できたんですよ!」


「……それは、イリスが指示してくれたからで……」


「それでも!」


 イリスは身を乗り出した。


「わたし一人じゃ、みんなを守れなかったと思います!」


 その言葉に、ノアは目を見開いた。

 イリスは、本当にそう思っていた。

 自分一人でできることには限りがある。

 誰かがいてくれるから、できることがある。

 初任務で、それを少しだけ知ったのだ。


「だからね、ノアさん!」


 イリスは、にこっと笑った。


「これからも、一緒に頑張りましょうね!」


「…………」


 ノアはしばらく黙っていた。

 それから、ふっと表情を緩める。


「……うん。そうだね」


 けれど、次の瞬間。

 彼は、何かを思いついたように顔を上げた。


「……あのさ、イリス」


「どうしましたか?」


「僕たち、同期だよね?」


「はい!そうですね?」

「なのに、ずっと敬語なのって……少し変じゃないかな?」

「…………あ」

 イリスは固まった。

 言われてみれば。

 出会ったときから、ずっと敬語で話していた。

 ノアは私より年上だけれど、同じ時期に騎士団へ入団した同期だ。

それなのに、出会ったときからずっと「ノアさん」と呼んでいた。


「た、確かに……!」


「それに、僕たちはこれからも一緒に任務をすることになると思うんだ」


 ノアは少し照れくさそうに頬をかいた。


「だから……もっと気軽に話せるようになりたいなって」


「……!」


 イリスの顔が、ぱっと明るくなった。


「いいんですか!?」


「もちろん」


「ほんとに!? 敬語じゃなくていいんですか!?」


「うん。僕も、イリスともっと仲良くなりたいから」


「……っ!」


 イリスは、ぎゅっと両手を握った。

 それから、勢いよく顔を上げる。


「じゃ、じゃあ……!」


 こほん、と咳払いをひとつ。

 そして。


「……ノ、ノア!」


「……うん」


「…………」


「…………」


 沈黙。

 馬車が、がたん、と揺れた。


「……えへへ」


 イリスは照れくさそうに笑った。


「なんだか、変な感じ!」


「あはは。僕もだよ」


 ノアも笑った。

 いつもなら、何気なく交わしていた言葉。

 けれど、呼び方をひとつ変えるだけで、少しだけ距離が近づいたような気がした。


「じゃあ、僕も……イリスって呼ぶね」


「うん! よろしくね、ノア!」


「こちらこそ、よろしく。イリス」


 二人は顔を見合わせ、笑い合った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



後日


「……あっ!」


 ふと思い出したように、イリスが声を上げた。


「どうしたの?」


「わたし、ノアに言いたいことがあったの!」


「僕に?」


「うん!」


 イリスは、少しだけ真剣な顔になった。


「初任務のとき、わたしが前に出ちゃったでしょ?」


「……うん」


「本当は、もっとみんなを頼らなきゃいけなかったんだと思う」


 アルフォンスに叱られたことを思い出す。

 自分が傷つけば、周囲の人間も傷つく。

 あの言葉は、まだ胸に残っていた。


「だからね、これからは、ちゃんとみんなにも頼るようにする!」


 イリスは、にっこりと笑った。


「ノアにも、いっぱい頼っちゃうかもしれないけど……いい?」


「……もちろん」


 ノアは、迷わず頷いた。


「僕だって、イリスを頼るよ。だから、お互いさまだね」


「……!」


 その言葉に、イリスの胸がじんわりと温かくなった。

 頼ってもいい。

 頼られてもいい。

 一人で全部を背負わなくてもいい。

 そんな当たり前のことを、少しずつ教えてくれる人がいる。

 それが、なんだか嬉しかった。


「……えへへ!」


 イリスは、いつもの笑顔を浮かべた。


「じゃあ、約束!」


「約束?」


「うん!これからも、二人で一緒に頑張ること!困ったときは助け合うこと!それから……」


 イリスは、少し考えてから付け足した。


「絶対に、無茶をしすぎないこと!」


「……それは、イリスが一番気をつけないといけないんじゃないかな?」


「えっ!?」


「だって、君はすぐに自分で何とかしようとするから」


「そ、そんなことないよ!」


「……本当に?」


「…………たぶん!」


「たぶんなんだね」


 二人は、また笑った。

 夕焼けの光が、馬車の窓から差し込んでいる。

 その光の中で、イリスは小指を差し出した。


「じゃあ、指切り!」


「……ふふっ。分かった」


 ノアも小指を差し出す。

 小さな指と、小さな指が絡み合った。


「ゆーびきーりげんまん!」


 イリスの明るい声が、馬車の中に響く。


「うそついたら、針千本のーます!」

「……針千本は、さすがに困るなあ」

「じゃあ、約束破っちゃだめだよ!」

「うん。約束する」


 指が離れる。

 その瞬間、イリスは満面の笑みを浮かべた。


「これからもよろしくね、ノア!」

「こちらこそ。よろしく、イリス」


 馬車は、夕焼けの街道を進んでいく。

 まだ幼い二人の騎士。

 これから先、どんな任務が待っているのか。

 どんな困難が立ちはだかるのか。

 二人は、まだ知らない。

 けれど。


 少なくとも、もう一人ではない。

 隣には、一緒に歩いてくれる仲間がいる。

 そして、これからも二人で乗り越えていくと、約束したのだから。



 ――初任務を終えた

 少女と青年は、新しい一歩を踏み出した。


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