第15話①、酔った少女
酔ったイリスを介抱していた アルフォンスが医務室への連絡を頼むため、ほんの少し席を外した。その隙に、イリスは飲み物の並んだ机へと戻ってしまった。
「……これは、お水ですよね~?」
イリスは、両手で杯を持ちながら首を傾げた。
中身は、透き通った透明な水。
なんだか少し不思議な匂いがするけれど、きっと果実水か何かだろう。
そう思って、近くにいた騎士に尋ねた。
「おう!それは水だな!」
「は~い!」
そしてこれも
――本当は、お酒だった。
しかも、そこそこ度数の高い酒だった。
けれど、宴会の騒がしさの中で、誰も気づかなかったのである。
イリスは疑いもせず、杯を口元へ運んだ。
ごくっ。
「…………」
こくり。
「……?」
もう一口。
ごくごくっ。
「…………」
そして。
「……おいしい!」
ぱあああっ、と顔が輝いた。
「なにこれ! 甘くておいしいです!」
「お、おう……そうか!」
「もう一杯飲んでもいいですか?」
「いや、まて、それは――」
「ありがとうございます!」
「あっ、おい!?」
止める間もなかった。
イリスは空になった杯を置き、別の杯を手に取った。
そして、また一口。
「……おいしい!」
騎士は頭を抱えた。
まずい。
これは、非常にまずい。
十二歳の新人騎士が、酒を飲んでいる。
しかも本人は、水か何かだと思っている。
今すぐ止めなければ。
しかも先ほどまでいたアルフォンス団長は席を外している。
ばれる前に止めなければ。
「イリス、ちょっと待て! それ以上は――」
「……あれ?」
イリスが、ふらりと身体を揺らした。
「……なんだか、床が動いてます」
「床は動いてねえよ!」
「そうなんですかぁ……?」
イリスは不思議そうに足元を見た。
それから、にへらっと笑った。
「えへへ。おもしろーい!」
「笑い事じゃねえええ!」
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「……ヴィルヘルム団長!」
第一騎士団の食堂に、切羽詰まった声が響いた。
ヴィルヘルムは手にしていた杯を置き、声の主を振り返った。
「なんだ、騒々しい」
「イリスが……イリスが大変です!」
「……あ?」
「酒を飲んでしまいました!」
「…………は?」
その場の空気が、ぴたりと止まった。
ヴィルヘルムはゆっくりと立ち上がった。
「誰が飲ませた」
「い、いえ! 本人が水と間違えて……!」
「……そうか」
低い声だった。
報告に来た騎士の背筋が、ぴんと伸びる。
「で、イリスはどこだ」
「そ、それが……」
「それが?」
「アルフォンス団長のところへ向かいました!」
「…………」
ヴィルヘルムは、目を閉じた。
「……アルフォンスを呼べ」
「はいっ!」
「いや、待て。俺が行く」
嫌な予感がした。
それも、かなり強烈な。
ヴィルヘルムは食堂を出ると、足早に廊下を進んだ。
そして、騎士団長室の前まで来たとき――。
「総長ー!」
聞き慣れた少女の声が、廊下の向こうから響いてきた。
「……ん?」
ヴィルヘルムが振り返る。
白い髪をふわふわと揺らしながら、イリスが両手を大きく振って走ってきた。
「総長ー! いましたぁ!」
「おい、走るな! 転ぶぞ!」
「だいじょうぶです! わたし、つよいので!」
「そういう問題じゃねえ!」
イリスはヴィルヘルムの目の前まで来ると、ぴたりと立ち止まった。
そして、にっこりと笑う。
「えへへ!」
「…………」
ヴィルヘルムは、その顔を見つめた。
普段から明るい少女ではある。
だが、今の笑顔は明らかにおかしい。
いつも以上にふにゃふにゃしている。
目もとろんとしている。
そして、まっすぐ立っているつもりらしいが、身体が左右に揺れていた。
「……お前、酒を飲んだそうだな?」
「……?」
イリスは首を傾げた。
「お酒……?」
「……飲んだんだな」
「お水なら、飲みました!」
「水じゃねえだろ、それ!」
「えっ!?」
イリスは目を見開いた。
そして、自分の手をじっと見つめた。
「……お水じゃ、なかったんですか?」
「そうだ」
「…………」
「…………」
「……おいしかったです!」
「感想を聞いてるんじゃねえ!」
ヴィルヘルムの声が廊下に響いた。
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「……何をしているんですか、あなたたちは」
そこへ、騒ぎを聞きつけたアルフォンスがやってきた。
彼はイリスの姿を見るなり、眉間に指を当てた。
「……イリスさん」
「アルフォンス団長ー!」
「……はい」
「いましたぁ!」
「私の居場所は、そんなに珍しいですか?それに先ほどまで隣にいましたからね」
「えへへ! アルフォンス団長、きれいですねぇ!」
「…………」
アルフォンスが固まった。
ヴィルヘルムは、思わず吹き出した。
「ぶはっ……!」
「ヴィルヘルム総長、笑わないでください」
「いや、悪い。まさかお前が『きれい』なんて言われるとはな!」
「どういう意味ですか」
「そのまんまだ!」
アルフォンスは深く息をついた。
それから、イリスの前にしゃがみ込む。
「イリスさん。少し聞きたいことがあるのですが」
「はいっ!」
「今、自分が何を飲んだか分かっていますか?」
「……お水!」
「違います」
「……お酒?」
「そうです。しかもまた飲みましたか?」
「…………」
イリスの顔が、みるみる曇っていった。
「……わたし、悪い子ですか?」
「……え?」
アルフォンスが目を見開く。
「お酒、飲んじゃいました……。わたし、悪い子ですかぁ……?」
今にも泣き出しそうな顔だった。
アルフォンスは慌てて首を横に振った。
「いえ、あなたが悪いわけではありません。お酒だと知らなかったのでしょう?」
「……はい」
「でしたら、あなたを責めるつもりはありませんよ」
「……ほんとう?」
「ええ。本当です」
アルフォンスが優しく答えると、イリスの顔は一瞬で明るくなった。
「よかったぁ!」
「少し、休みましょうか。部屋へお入りください」
そして、午前お説教された部屋へと入った。
なんだか怒られた記憶を思い浮かべそうだが、酔っているイリスには何も感じなかった。




