↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/80

第14話、魔物の晩餐会

 

 アルフォンス団長のお説教が終わった、その日の午後。

 午前中はアルフォンスのお説教で訓練に参加できなかったが、午後はノアと一緒に騎士団会議室へ向かった。


 今日は昨日の任務で体を酷使したため、騎士団全体で肉体的な訓練ではなく、魔物の特性について学ぶ授業が行われた。


授業では、魔物の種類や弱点、好物などについて、アルフォンス団長が直々に説明してくれた。


 授業後イリスは、アルフォンス団長と共に騎士団の廊下を歩いていた。


 ――そのとき。


「……ところで」


 隣を歩いていたアルフォンスが、ふと思い出したように口を開いた。


「はい?」


「今回討伐した魔物ですが」


「はい!」


「食べられるそうです」


「…………え?」


 イリスは、ぴたりと足を止めた。

 今、なんと?


「……食べられる?」


「ええ。魔物の種類によっては、食用にできるものもいます。今回の魔物は肉質もよく、かなり美味しいそうですよ」


「…………」


 イリスは瞬きをした。

 食べられる。

 あの、木をなぎ倒し、騎士たちを吹き飛ばし、森を揺らしていた巨大な魔物が。

 食べられる。


「……魔物って、食べられるんですか!?」


 思わず叫んでしまった。

 アルフォンスは少しだけ目を丸くし、それから微笑んだ。


「食べられますよ」


「そ、そうなんですね……!」


 イリスの目が、きらきらと輝き始めた。

 魔物を食べる。

 なんだか、すごい。

 すごいけれど――。


「……おいしいんですか?」


「ええ。私は好きですよ」


「食べてみたいです!」


 その返事は、驚くほど早かった。

 アルフォンスは、くすりと笑った。


「では、ちょうどよかったですね」


「……ちょうど?」


「今夜、第一騎士団で討伐祝いをすることになりましたから」


「討伐祝い!」


 イリスの声が、廊下に響き渡った。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「――よし! 宴会だ!!」


 その日の夕方。

 第一騎士団の食堂に、威勢のいい声が響き渡った。


「おおおおおっ!!」

「待ってました!」

「今回の魔物、肉がうまいらしいぞ!」

「酒も持ってこい! 今日は飲むぞ!」


 あっという間に食堂は大騒ぎになった。

 机が並べられ、大皿が運び込まれ、次々と料理が並べられていく。

 香ばしい匂いが漂い、焼き上がった肉の音が食欲を刺激する。

 その光景を、イリスは入り口でぽかんと眺めていた。


「……すごい」


 歓迎会のときも賑やかだったけれど、今日はそれ以上だ。

 騎士たちは皆、笑顔で料理を運び、互いに声を掛け合っている。

 誰かが笑えば、別の誰かが笑う。

 誰かが冗談を言えば、あちこちから笑い声が上がる。

 まるで、お祭りみたいだった。


「おい、新人!」


「ひゃいっ!?」


 突然声を掛けられ、イリスはぴょんと跳ねた。

 振り返ると、屈強な騎士が大皿を持って立っていた。


「お前、魔物の肉は初めてか?」


「は、はい!」


「よし、食ってみろ!」


 どんっ!

 目の前に置かれた皿には、こんがりと焼かれた肉が山盛りになっていた。


「わああ……!」


 イリスの目が輝く。

 表面は香ばしく焼けていて、肉汁がきらきらと光っている。

 添えられた香草からも、いい匂いが漂っていた。


「こいつはな、普通の獣肉より弾力があるんだ。だが、ちゃんと下処理をすれば柔らかくなる!」


「へええ……!」


「食ってみろ、食ってみろ!」


「い、いただきます!」


 イリスは、恐る恐る肉を口に運んだ。

 もぐもぐ。

 …………。

 ………………。


「――おいしいっ!!」


 ぱあああっ、と顔が輝いた。


「なにこれ、おいしいです! すっごくおいしいです!!」


「だろう!?」


「このお肉、すごく味が濃いです! 噛むと肉汁がじゅわって出てきて……!」


「おうおう、分かってるじゃねえか!」


「もう一枚食べてもいいですか!?」


「もちろんだ!」


 騎士が豪快に笑い、皿に肉を追加する。

 その様子を見ていた別の騎士たちも、次々と集まってきた。


「おっ、新人が気に入ったみたいだな!」


「こっちの煮込みも食ってみろ!」


「串焼きもあるぞ!」


「こっちのスープは魔物の骨で出汁を取ってるんだ!」


「えっ、これ全部魔物なんですか!?」


「そうだぞ!」


「すごいです……!」


 イリスは、差し出される料理をひとつずつ味わっていった。

 焼き肉、煮込み、串焼き、スープ。

 同じ魔物の肉でも、調理方法によって味がまったく違う。

 これは香草がよく合う。

 こっちは少し辛いけれど、それがまたおいしい。

 あっ、スープもおかわりしたい。


 ――おいしいものは、正義である。


 イリスは心の中で、そう結論づけた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「おお、イリス! 楽しんでいるか!」


 賑やかな食堂の中を歩いていたヴィルヘルムが、イリスを見つけて声を掛けてきた。


「はい! 魔物のお肉、とってもおいしいです!」


「そうだろう、そうだろう! 苦労して討伐したんだ。食わなきゃ損だぞ!」


「はいっ!」


 ヴィルヘルムは豪快に笑い、イリスの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「よく食べ、よく寝て、よく鍛えろ! 騎士は体が資本だからな!」


「わわっ、髪が!」


「ははは! 元気そうで何よりだ!」


 そう言って、ヴィルヘルムは別の騎士たちに呼ばれ、あっという間に人混みの向こうへ消えていった。

 イリスは乱れた髪を整えながら、その背中を見送った。

 ……本当に、皆さん元気だなあ。


「イリス」


 今度は、ノアがやってきた。


「ノア!」


「すごく楽しそうだね」


「うん! 見て、これ! 魔物のお肉なんだって!」


 イリスは串焼きを掲げた。


「さっきから、ずっと食べてるね」


「だって、おいしいんだもん!」


「ふふ。イリスらしいね」


 ノアは笑いながら、隣の席に腰を下ろした。


「初任務、お疲れさま」


「……うん。ノアも、お疲れさま!」


 イリスは串焼きを置き、ノアと向き合った。


「最初はちょっと怖かったけど……皆が一緒だったから、頑張れたよ」


「僕もだよ」


「えへへ」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 少し離れた場所では、騎士たちが杯を掲げている。


「今回も全員、無事に帰ってこられた! それが一番だ!」


「おう!」


「次の任務も全員で帰るぞ!」


「当たり前だ!」


 そんな声が聞こえてきた。

 イリスは、そっと周囲を見渡した。

 ここにいる人たちは、皆、命を懸けて戦っている。

 危険な魔物と向き合い、傷つくこともある。

 それでも、帰ってくればこうして笑い合える。

 失敗を責めるだけではなく、無事を喜び、次に向かっていく。


 ――ここが、わたしの居場所。


 そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「……イリス?」


「あっ、ううん! なんでもない!」


 イリスは慌てて笑顔を浮かべた。


「それより、ノア! あっちの煮込みもおいしいんだって!」


「えっ、まだ食べるの?」


「もちろん!」


「……お腹、大丈夫?」


「大丈夫! たぶん!」


「たぶんなんだ……」


 ノアは苦笑しながらも、イリスと一緒に料理の並ぶ机へ向かった。




 ーーーーーーーーーーーーーーー



 宴会が始まって、しばらく経ったころ。

 食堂は、ますます賑やかになっていた。

 あちこちで笑い声が上がり、誰かが歌い、誰かが机を叩いて手拍子をしている。

 そんな中、イリスは座っていた机に並んだ飲み物の前で首を傾げていた。

 アルフォンス団長がイリスの座る机にはお酒を置かないようにしてくれていた。

 だから、安心していたのだ。ここには水かジュースしかないと。


「……あれ?」


 目の前には、いくつもの杯が並んでいる。

 水、果実水、そして琥珀色の液体が入った杯。

 どれも同じような形をしていて、少し見分けがつきにくい。


「これ、何だろう?」


 鼻を近づけると、甘いような、少し不思議な香りがした。

 果実水かな?

 そう思ったイリスは、何の疑いもなく杯を手に取った。

 そして――。


 ごくっ。

「…………」

 もう一口。

 ごくごくっ。

「……ん?」


 少し、喉が熱い。

 果実水にしては、変わった味がする。

 でも、飲めないほどではない。


「……大人の味?」


 イリスは首を傾げながら、杯の中身を飲み干した。

 その直後。


「――イリスさん?」


 背後から、聞き慣れた声がした。


「はい?」


 振り返ると、アルフォンスが立っていた。

 彼はイリスの手元にある空の杯を見た。

 それから、机の上に並んでいる同じ杯を見た。

 最後に、イリスの顔を見た。


「……イリスさん」


「はい!」


「今、何を飲みましたか?」


「えっと……これです!」


 イリスは空の杯を掲げた。

 アルフォンスの表情が、すっと固まった。


「…………」


「……アルフォンス団長?」


「……イリスさん」


「はい?」


「それは、お酒です」


「…………」


 イリスは瞬きをした。

 おさけ。

 お酒。

 ……お酒?


「…………ええええええっ!?」


 食堂中に、少女の悲鳴が響き渡った。

 騒いでいた騎士たちが、一斉に振り返る。


「どうした!?」

「何があった!?」


 アルフォンスは額に手を当てた。


「……誰ですか。イリスが座っている机にお酒を置いたのは」


「えっ、いや、それは……!」


「子どもも参加している宴会ですよ?あれほど気を付けるように言いましたよね」


「す、すみません! 片づけるのを忘れてました!」


 騎士の一人が慌てて駆け寄ってきた。

 その間にも、イリスは自分の手と空の杯を交互に見つめている。


「わ、わたし……お酒、飲んじゃったんですか……?」


「……そうですね」


「……どうしよう」


「ひとまず、座りましょうか」


 アルフォンスがイリスの肩に手を添え、近くの椅子へと導く。

 イリスはおとなしく腰を下ろした。

 そして。


「…………」


「イリスさん?」


「…………えへへ」


 突然、イリスが笑った。

 アルフォンスは目を細めた。


「……イリスさん?」


「アルフォンス団長ぉ……」


「はい」


「なんだか、ふわふわしますぅ……!」


「…………」


 アルフォンスは、静かに天井を仰いだ。

 初任務を終えた祝いの宴。

 仲間たちとの楽しい晩餐。

 その締めくくりに待っていたのは――。


「……ヴィルヘルム団長を呼んできてください」


「は、はいっ!」


「それから、誰か水を」


 騎士たちが一斉に動き出す。

 イリスはそんな様子を、ぽやぽやとした顔で眺めていた。


「……みんな、忙しそうですねぇ」


「……誰のせいだと思っているんですか」


「……?」


 アルフォンスは、深いため息をついた。

 その隣で、イリスは楽しそうに笑っている。


 ――このときの彼女は、まだ知らなかった。


 この夜、自分がどれほど大胆なことを口にするのか。


 そして翌朝。

 そのすべてを、きれいさっぱり忘れてしまうことを。


 魔物の晩餐会は、まだ終わらない。

 むしろ――ここからが、本当の大騒ぎの始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。