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第12話、強さを隠す

 

魔の森に、静けさが戻った。


 先ほどまで響いていた咆哮も、剣がぶつかり合う音も、もう聞こえない。


 地面には、討伐された魔物の巨体が横たわっていた。


「……討伐、完了ですね」


 アルフォンスが剣を収める。


「おう。思ったより派手な任務になったな」


 ヴィルヘルムは周囲を見渡した。


「負傷者の確認を急げ! 動ける者は救護と周辺警戒に回れ!」


「了解!」


 騎士たちが一斉に動き出す。

 魔法師団も、ようやく緊張から解放されたように息を吐いた。


「……終わったんだ」


 ノアが呟く。


「はい!」


 イリスは元気よく頷いた。


「みんな無事でよかったです!」


「いや、イリスはもう少し自分の心配をしてよ……」


「え?」


「え、じゃないよ。さっき吹き飛ばされたでしょ?」


「あっ」


 イリスは自分の身体を見下ろした。

 制服は土で汚れ、腕には小さな擦り傷がある。


「……本当ですね!」


「本当ですね、じゃないって!」


 ノアが思わず声を上げる。

 その様子に、近くにいた騎士たちが笑った。


「ははっ! 元気そうで何よりだ!」


「それにしても、あの魔物相手によくやったな!」

「そうそう。あの子が指示を出してくれなかったら、もっと被害が出ていたかもしれない」

「十二歳であの判断力か……」

「剣の腕も相当なものだったぞ」

「アルフォンス団長が来るまで、よく持ちこたえたもんだ」


 次々に聞こえてくる言葉。

 イリスは、ぱちぱちと瞬きをした。


「……え?」


 自分のことを言っている。

 どうやら、間違いない。


「あの新人、すごかったな」

「指揮までしていたぞ」

「魔物の弱点も見抜いていたらしい」

「将来が楽しみだな!」


「…………」


 イリスの笑顔が、ぴたりと止まった。


(……まずい)

 心の中で呟く。

(これ、まずいんじゃ……?)


 いや。

 まずい。

 とってもまずい。

 指揮をした。

 魔物の弱点を見抜いた。

 剣だけで、あの魔物と渡り合った。

 しかも。

 アルフォンスとヴィルヘルムが到着するまで、戦い続けていた。


(……目立ちすぎた!)


 イリスは心の中で頭を抱えた。

 仲間を守りたかった。

 みんなが傷つくのを見たくなかった。

 だから、考えて、動いた。

 それだけだったのに。


(どうしよう……)


 ちらりと、アルフォンスを見る。

 彼は負傷者の報告を受けながら、落ち着いた様子で指示を出していた。


 次に、ヴィルヘルムを見る。

 こちらも騎士たちと話しながら、時折こちらへ視線を向けている。


(……気づかれてる?)


 何に、とは考えたくなかった。

 けれど。

 少なくとも、自分が普通の新人騎士ではないことくらい、二人には伝わっているのかもしれない。


「イリス?」


「ひゃいっ!」


 突然名前を呼ばれ、変な声が出た。

 ノアが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「な、なんでもないです!」


「本当に?」


「本当です!」


 イリスは勢いよく頷いた。

 そして、いつもの笑顔を浮かべる。

 大丈夫。

 まだ、間に合う。

 これから気をつければいい。

 そう。

 もっと、普通に。

 普通の新人騎士らしく振る舞えばいいのだ。


(……次からは、気をつけよう)


 そう決意したときだった。


「イリスさん」


「はい!」


 振り返ると、アルフォンスが立っていた。


「怪我の確認をします。こちらへ来てください」


「えっ、あ、はい!」


 イリスは慌ててアルフォンスのもとへ向かった。


「大きな怪我はありませんか?」


「大丈夫です! ちょっと転んだだけなので!」


「……転んだだけ、ですか」


 アルフォンスの視線が、イリスの腕に向けられる。


「魔物に吹き飛ばされたと聞きましたが」


「……はい」


「痛むところは?」


「ありません!」


「本当に?」


「本当です!」


 アルフォンスは、しばらくイリスを見つめていた。

 それから、小さく息を吐く。


「……無事でよかったです」


「……!」


 その言葉に、イリスは目を丸くした。


「心配、してくれたんですか?」


「当然です。あなたは私たちの大切な団員ですから」


「……」


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 自分を心配してくれる人がいる。

 無事でよかったと、言ってくれる人がいる。

 それは。

 イリスにとって、当たり前のことではなかった。


「……ありがとうございます!」


 今度の笑顔は、作ったものではなかった。

 アルフォンスも、わずかに表情を和らげた。


「ですが、次からは無茶をしないこと」


「……はい!」


「本当に分かっていますか?」


「はいっ!」


「……そういう人ほど無理をするんですから」


「うっ……」


 イリスは思わず口を閉じた。

 アルフォンスは小さくため息をつき、それ以上は追及しなかった。


「帰還の準備が整うまで、休んでいてください」


「分かりました!」


 イリスはぺこりと頭を下げ、ノアのもとへ戻った。

 その背中を、アルフォンスは静かに見送る。

 少し離れた場所では、ヴィルヘルムもまた、彼女の様子を見ていた。


「……どう思う?」


 ヴィルヘルムが尋ねる。


「何についてですか?」


「決まってるだろ。イリスのことだ」


 アルフォンスは少し考えた。


「剣の技量、判断力、戦場での対応力。どれも十二歳の新人とは思えません」


「だろうな」


「ですが……」


 アルフォンスは、イリスの方へ目を向ける。

 彼女はノアと話しながら、楽しそうに笑っていた。


「本人は、自分の力を知られたくないようにも見えます」


「……ふむ」


 ヴィルヘルムは顎に手を当てた。


「何か事情がある、ってことか」


「まだ分かりません。無理に聞き出すべきではないでしょう」


「同感だ」


 二人は、それ以上話さなかった。

 今はまだ。

 彼女が何を隠しているのか、確かなことは分からない。

 けれど。

 あの小さな少女が、何かを抱えていることだけは。

 二人とも、感じ取っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 帰りの馬車。

 イリスは窓の外を眺めていた。

 魔の森が、少しずつ遠ざかっていく。


「……」


 今日は、いろいろなことがあった。

 初めての任務。

 初めての本格的な戦闘。

 強い魔物。

 負傷した仲間。

 そして。

 自分の力を、思っていた以上に見せてしまったこと。


(……もっと、普通にしないと)


 イリスは膝の上で手を握った。

 強くなりたい。

 誰かを守れるようになりたい。

 それは、今も変わらない。

 けれど。

 目立ってはいけない。

 力を知られてはいけない。

 自分が何者なのか、知られてはいけない。



 ――三年前。

 あの日、すべてが変わった。

 あの日、母と姉を失ったこと。

 そして。

 自分を攫った人間が、今も捕まっていないこと。

 あの事件は、まだ終わっていない。

 もし、自分の力を知られたら。

 もし、再び狙われたら。

 今度こそ、大切な人たちまで巻き込んでしまうかもしれない。



「……」


 イリスは胸元に手を当てた。


 服の下には、ペンダントがある。

 そこに刻まれた名前。

 リリア・アステリア。

 今はまだ、その名前を名乗ることはできない。

 だから。


「……私は、イリス」


 小さく呟く。

 ここにいるのは、ただの新人騎士。

 特別な魔法なんて使えない。

 剣だって、少し得意なだけ。

 そう。

 それでいい。

 それ以上を、知られてはいけない。


「……よし!」


 イリスは顔を上げた。

 そして、いつもの笑顔を浮かべる。


「次は、もっと上手にやろう!」


 隣に座っていたノアが、ぽかんとした。


「……何を?」


「え?」


「今、何か言ってなかった?」


「な、なんでもないです!」


「……?」


 ノアは不思議そうに首を傾げた。

 イリスは窓の外へ顔を向ける。

 胸の奥には、まだ少しだけ不安が残っていた。

 それでも。

 守りたいものができた。

 帰りたい場所ができた。

 だからこそ。

 今度は、失わないために。

 イリスは改めて、心に誓った。


 ――自分の強さを、隠そう。


 たとえ。

 その力が、誰かを守るために必要だったとしても。


 まだ、その力を知られるわけにはいかなかった。



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