第8話 驚愕の事実!「ボク、異世界転移したのかニャ?」
俺は思わず疑わしげに声を上げていた。
「異世界転移?」
『はい。異世界転移です』
何を言い出すかと思えば。
いくらなんでも異世界転移はファンタジーすぎるだろう。
「いやいやいや、それどこのコミックの話ですか?」
『信じられないのも無理はありません。私も半信半疑です。ですが……地名の問題だけならともかく、獣人なんて地球上にいると思いますか?』
「それはたしかにいないと思いますが、それなら彼女が日本語をしゃべれるわけもないでしょう」
『たしかに、言語の問題はありますね』
その時、リルラが言った。
「うーん、たしかにボク異世界転移したのかもしれないニャ」
ええ!?
本人もそんなことを言い出すのか?
「ボク、ダンジョンの中で転移の罠を踏んじゃったんだニャ」
転移の罠は、同一階層内の別の場所に飛ばされる罠だ。一時的にパーティが分断されたり、強敵の前に送られたりする危険がある、恐ろしい罠の1つ。
「いや、転移の罠を踏んだからって異世界には行かないだろ」
「でも、あの転移の罠、なんか変だったニャ」
『どういうことですか?』
「うーんニャ。光の色が違ったニャ。前に転移の罠を踏んだときは真っ白な光に包まれたニャ。でも、今回は虹色の光に包まれたニャ」
虹色の光か。
『レインボースライム、虹武者、虹色の魔石、虹色の腕輪、そして虹色に光る転移の罠。全部虹色ですね』
そう言えばそうかもしれないが、しかし。
「それはさすがにこじつけじゃないですか?」
『そうかもしれません。ですが……』
その後リルラが言った言葉に、俺は目を見開く。
「待つニャ。ボクの話はまだ終わってないニャ。虹色の光に包まれた後、ボクの前に女神様が現れたニャ」
なに?
「女神様だと、名前は?」
「うーんと、エルバ……なんとか」
エルバランスの女神!
俺の前に現れた女神と同じ!?
「で、女神様は言っていたニャ。これからボクは異世界で大切な人と出会うって。正直信じちゃいなかったニャ」
エルバランスの女神が異世界転移させた?
いや、罠自体を踏んだのはリルラのミスだろうが……
「なんか『素早さUP』と『自動翻訳』のスキルもくれるって。たしかに素早さは上がったし、お前らの話を聞いていると異世界っていうのも納得できてしまうニャ」
マジか。
それにしても、『自動翻訳』とは聞いたこともないスキルだな。
なんともご都合主義な気もする。
英語のテストで是非欲しかった。
いや、スキルはダンジョン外では発動しないから、テストには使えないか。
こうなると、異世界転移というのも世迷い言とは言い切れなくなってきた。
「リルラ、もう少し詳しく話を聞かせてくれ」
「いいニャ、まず何を聞きたいニャ?」
と、そこまで話したときだった。
グッグゥゥゥ。
リルラのお腹が盛大に鳴った。
『まずはリルラさんのご飯が先みたいですね』
たしかにそのようだった。
「でも、ボクご飯持ってないニャ」
「ダンジョン探索で食料も持たずに来たのか? 無謀だろ、それは」
「奴隷の扱いなんてそんなもんニャ。チロルロの谷のダンジョンは2階層しかない……はずだったし」
「まあ、いいや、そこに座れよ。飯はやるから」
「え、本当に?」
「ああ、大した物はないけどな」
と、そこでリルラは思い出したように言った。
「そうニャ、お礼を言わないと」
「飯の?」
「その前に。トロールから助けてもらったお礼ニャ」
「ああ、そっちか」
「ありがとうニャ。助かったんだニャ。正直、ボクだけじゃどうにもならなかったニャ」
「いやいや、当然のことをしたまでだ。それに、リルラも俺を助けてくれただろ?」
あの時、リルラがトロールの後頭部を蹴り飛ばしてくれなかったら危なかった。
「お前、良いやつだニャ」
「そうかな?」
たしかに命がけで彼女を助けたのは事実だが。
『そうですよ、空斗さんはいい人です。いい人過ぎて、いつか誰かの身代わりに死にそうなくらいに』
いや、『死にそう』は不吉だなぁ。
「子どもが……いや、子どもに限らないが、助けられる相手は助けるだろ」
だが、リルラは首を横に振った。
「普通、見ず知らずの子どもなんて道端に倒れていても助けないニャ」
え、さすがにそれは『普通』じゃなくね?
『リルラさんの世界は、日本よりも厳しい場所なのかもしれませんね』
「ましてや命がけでモンスターから救ってくれるなんて……お人好しニャ」
ふむぅ。
正直、俺としては当たり前のことをしただけなんだが。
「しかもご飯までめぐんでくれるなんて、ボクが言うのもなんだけど、お前はありえないニャ」
うーん、それはいいけど、とりあえず。
「空斗だ」
「え?」
「さっき名乗っただろ。蒼凛空斗。俺の名前」
さすがに年下に『お前』と言われ続けるのは嫌だった。
リルラはシュンとなった。猫耳まで垂れ下がっている。
「ごめんだニャ」
「いや、いいよ。あの状況じゃ名前なんて覚えられなかっただろうし」
「ありがとうだニャ。クート」
呼び捨てかよ。
ま、いいけど。
それから、俺とリルラは向かい合って座った。
リルラは完全に俺への警戒を解いてくれたようだ。
俺としても、リルラへの警戒心はなくなっていた。
「おにぎりとクッキー、どっちがいい?」
「おにぎりってなんニャ?」
どうやら、リルラが知らないものに関しては『自動翻訳』のスキルも無効らしい。
東京とか新宿とかの固有名詞もわからないみたいだしな。
「おにぎりっていうのはこれだ」
俺がコンビニで買ってきたおにぎりを差し出すと、リルラはきょとんとした表情になった。
「なんニャ、これ? この透明な膜ごと食べるのかニャ?」
「いや、ビニールは剥いて食うんだよ。ここのところを、こうやって……」
俺がおにぎりのビニールをはがして海苔を巻き付けると、リルラはクンクンとおにぎりの匂いを嗅いだ。
「うーん、ちょっと海の香りがするニャ」
「そりゃ、海苔……海草だからな」
「わかめみたいなものかニャ」
「ま、そうだな」
どうやらリルラのいた世界には、海苔はないがわかめはあったらしい。
「この白いつぶつぶはなんニャ?」
「お米だよ」
「ニャ!? これがお米かニャ!? 初めて見るニャ!」
「米はリルラのいた世界にもあったのか?」
「あったけど、めちゃくちゃ貴重品ニャ。遠い遠い東の国でしか手に入らないって聞いたことがあるニャ。ミラリア王国では貴族か王族じゃなきゃ食べられないニャ」
リルラの住んでいた国はミラリア王国、と。
「本当に、ボクが食べていいのかニャ?」
「ああ、まだ4個あるし」
「ボクごときが米を食べられる日がくるなんて……」
うわ、天を見上げて感動し始めたよ。
それどころか、感無量とばかりに泣き出してる。
200円のおにぎりでそこまで感動されては、むしろ居心地が悪い。
「じゃ、じゃあ、食べるニャ。あとで返せとか言われても無理だニャ」
「ああ、いいからいいから。お腹すいているんだろう?」
「な、なら遠慮なく食べるニャ」
リルラはおにぎりにかぶりついた。
「美味いニャァァァ!!」
うわ、飛び上がった。
しかも、トロールを蹴飛ばしたときよりも高く。
うーん、おにぎり1つでここまで喜ばれるとは。
「なんだニャ、なんだニャ。これは美味しすぎニャ。元気100倍ニャ!」
リルラはパクパクとおにぎりをお腹の中へ入れていく。
「なあ、リルラ」
「な、なんだニャ。米の代償かニャ!? ひ、一晩くらいならいいけど」
おい!?
一晩ってどういう意味だ!?
いや、詳しく言わなくて良いけどっ!
「そんなにお腹がすいているなら、もう一つ食うか?」
俺がさらにおにぎりを取り出すと、リルラは感涙したらしい。
「神ニャ……神がここにいたニャ……」
いやいや。
「そんなに感動するなって。俺の世界……っていうか国では普通に買えるんだから」
「マジかニャ?」
「ああ、マジマジ」
「素晴らしい世界だニャ!」
そう言いながら、リルラは2個目のおにぎりもたいらげた。
「お茶もいるか?」
「お、お茶!? ボクが飲んでもいいのかニャ?」
「そりゃ、そんだけ食べれば飲みたくもなるだろ。あ、でも緑茶しかないな」
なんとなくだが、リルラのいた世界……国では紅茶の方が一般的じゃないかという気がした。
「ボ、ボクがお茶を飲める日がくるなんて!」
ええ!? そこも感動ポイントなの?
「ひょっとして、お茶を飲んだことがないのか?」
「当たり前だニャ。ボクは奴隷だったニャ。1日1回水をもらえればラッキーだニャ」
なんだろう。
だんだん腹が立ってきた。
いや、もちろんリルラに対してじゃなくて。
こんな子を奴隷にして、お茶どころか水すら満足に与えないなどひどすぎる。
そもそも、いくらスキル持ちでも、子どもを1人でダンジョンに送り込む神経がわからん。
俺が難しい顔をしていると、リルラが恐る恐る言った。
「空斗、怒っているニャ? やっぱりおにぎり食べちゃだめだったかニャ?」
どうやら俺はよっぽど怖い顔をしていたらしい。
「いや、ごめん。怒ってはいないよ。ほら、これ飲めよ」
俺はリルラにペットボトルに入った緑茶を投げた。
リルラはそれを受け取ると、またもキョトン顔だ。
「これ、瓶かニャ? それにしては柔らかいニャ。どうやって飲むんだニャ? この蓋とれないニャ」
「ああ、それはこうやって回して……」
「おおっ! すごい仕掛けだニャ! ネジみたいだニャ」
それから、リルラは緑茶をゴクゴク飲み始めた。
「そうだ、食後のデザート……というには微妙だけど、チョコレートも食べるか?」
俺がそう言うと、リルラは『嘘だろ?』という表情になった。
「ちょ、チョコレートって、あのチョコレートかニャ?」
「『あの』っていうのが『どの』かは知らないが、まあ普通に板チョコならあるけど」
「う、うそだニャ! さすがにそれはありえないニャ!!」
いや、ありえないとか言われても……
「チョコレートと言ったら、国王陛下が海外から金貨100枚でやっと一粒輸入したという、伝説のお菓子だニャ! 国王陛下は天上の世界の味と表現されたらしいニャ」
いやいやいや。
どんだけ壮大な話なの!?
たしかに昔カカオや砂糖が貴重品だったという話は聞くが。
「おおげさだなぁ。ほら」
俺は板チョコを割って、リルラの口の中に放り込んだ。
「ニャァァァ~~~~!! なんだこれニャァァァ~~!! 甘いニャァァァ。こ、これが天上の世界の味かニャァァァ」
リルラは大興奮して飛び上がって、走り回って、それからもう一度飛び上がって、最後はコロンと横になった。
俺は慌てて駆け寄った。
「ちょ、リルラ!?」
はるるんさんも心配そうに言った。
『リルラさん動かなくなっちゃいましたが……』
「なんか、気絶しているみたいです」
『そういえば猫にチョコレートってまずかったような……』
「たしかに!」
獣人にもチョコレートは毒だったのか!
「どうしましょう。水を飲ませた方が良いでしょうか?」
『さあ……気絶しているなら水を飲ませるのも危険なような……』
などと言っていたら、リルラが目を覚ました。
「大丈夫か、リルラ!?」
「うん、大丈夫ニャ。チョコレートのあまりの甘さに、頭が溶けそうだったニャ」
チョコレートの甘さ?
『リルラさん。ひょっとしてそちらの世界ではお砂糖って貴重品ですか?』
「そりゃそうニャ。ボクの口になんて絶対入らないニャ」
つまり、チョコレートの甘さは、甘味をほとんど知らないリルラには衝撃的すぎたということらしい。
ま、何はともあれ無事なら良かった。
その後、俺たちはお互いの情報交換をした。
といっても、リルラ側の追加説明はあまりなかった。
奴隷商人に命じられてダンジョン探索をしていた。
特別な転移の罠を踏んでエルバランスの女神に出会い、異世界転移。
訳も分からずダンジョン内をウロチョロしているとトロールと遭遇。
すでに聞いた話ばかりだ。
俺の方の話もしたが、こちらも多くはない。
ダンジョン配信と、マホメラやマホレットの仕組みには興味津々の様子だったが。
「で、はるるんは結局どこにいるニャ?」
『私は自宅にいますよ』
「うそニャ、それならどうしてボクと話せるニャ」
やっぱりそう簡単には理解できないよな。
聞いている限り、リルラの世界にはインターネットどころか、電話すらないみたいだし。
最後に気になっていたことを聞いた。
「リルラのスキルって、『素早さUP』と『自動翻訳』だけ?」
「うーんと、先天スキルで『瞬発爆蹴拳』があるニャ」
やはり武闘家系のスキル持ちか。
『素早さUP』だけではあの動きは説明できない。
『でも、先天スキルって18歳にならないと発現しないんじゃないですか?』
「人間はそうらしいニャ。でも獣人は生まれたときから先天スキルがあるニャ」
そういうことらしい。
「で、これからどうするのニャ?」
それはまあ、決まっている。
「何にせよ、ダンジョン攻略だ。食料も無限にあるわけじゃないしな。リルラもついてこいよ」
「わかったニャ。クートとパーティを組むってことかニャ?」
「その通りだけど、嫌か?」
「そんなことないニャ。うれしいニャ」
そう言って、リルラは俺の胸に頬をスリスリしてきた。
「いきなり何するんだよ?」
「親愛の挨拶ニャ」
「リルラの国の?」
「というより、獣人の挨拶ニャ」
なるほど。
「じゃあ……」
俺は右手でリルラの手を握った。
女の子とは思えないほどゴツゴツした手だ。
武闘家だからか、それとも奴隷生活が過酷だったからか。
「なんニャ?」
「握手だよ。俺たちの世界での挨拶だ」
「うニャ、わかったニャ」
リルラは俺の手をギュッと握り返した。
……って
「痛い、痛い、痛いっ! そんなに強く握らないでいいんだよ!」
「ご、ごめんだニャ。てっきり握る強さが親愛を表現するのかと」
「相手の手を握りつぶしてどうする!」
しかし、この子すごい力だな。
マジで骨折するかと思ったぞ。
「じゃ、オーブ探しに行くか!」
「エイエイオーだニャ」
こうして、俺とリルラは女神の間を出て、ダンジョン攻略を再開したのだった。
拙著をお読みいただきありがとうございます。
この作品が『面白い』『期待できる』と思っていただけたら、☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援していただけると嬉しいです。皆様の応援が執筆の力になります!
本作はカクヨムにて先行配信中です。続きが気になる方はカクヨムにも是非おいでください。
https://kakuyomu.jp/works/2912051599701581010




