第31話 老ドワーフの選択、そして最後の『出会い』
御徒町の地下5階の店にて。
俺たちの話を聞き終え、ラボックは髭をなでながらうなずいた。
「なるほどな。こちらの世界にやってきて40年。まさか今更同族と出会うとはな」
「アタイも、こんなところで伝説の鍛冶ラボックに出会うとは思わなかったぞ」
「ふんっ。勝手に伝説にされてもな」
「80年前のことなど、伝説だろう」
こちらの世界での40年は、向こうの世界では80年。
ドワーフは長寿の一族だが、それでも長い年月なのだろう。
「勇者と英雄の話なら聞いたことがある。まさかお前たちがそうだとは思わなかったが」
「俺も、ついこの間まで記憶を失っていましたから」
俺が記憶を取り戻してから、1日経った。
たった1日で、低難度ダンジョンを中心に、本来出現しないような強敵が現れているという、ニュースが駆け巡っていた。
各ダンジョンは免許を持っていても初心者パーティは立ち入り禁止令が出ている。
ネット上はその噂ばかりで、幸いなことに今のところドリナの異世界転移を生放送してしまったことはあまり騒ぎになっていない。
まあ、時間の問題かもしれないが。
俺たちが富士山ダンジョンに入れるかも微妙な情勢だ。
そもそも、ドリナは免許を持っていないしな。
ラボックは「それで……」と切り出した。
「ワシにその話をしてどうしようと言うんだ?」
「まずは虹の魔石の買い取りを。できる限り早くお願いします」
富士山ダンジョンに挑むならば、装備は万全にしておきたい。
異世界転移した後も何があるか分からないわけだしな。
可能なら、リルラとドリナに後天スキルを身につけさせたい。
「わかった。3日で何とかしよう」
「それと、できればドリナの探索者免許を」
「それはかまわんが、どっちにしても今の状況では富士山ダンジョンにまともには入れないと思うがな」
それは分かっている。
俺は学校を卒業してまだ1ヶ月も経っていない。
リルラの偽免許も取得年月日は俺が卒業したのと同じ日になっていた。
ドリナの免許をどうするかは知らないが、いずれにしても初心者パーティが富士山ダンジョンに入れてもらえるとは思えない。
「捕まったときに身分証にもなりますし、念のためです」
「どうするつもりだ?」
「強行突破してでも行こうかと」
各ダンジョンは現在ベテラン探索者たちが見張りに就いているという。
とはいえ、俺の『勇者』スキルや、リルラのスピード、ドリナの力をもってすればなんとかなるだろう。
できれば話し合いで済ましたいが。
ラボックは「はぁ」とため息1つ。
「無茶をするのは若い者の特権か。それで、要件は魔石の買い取りと偽造免許だけか?」
「いいえ、もう一つ大切な要件があります」
「ふん、なんだ? 言ってみろ」
続けての言葉は、ドリナが言った。
「アタイたちと一緒に来ないか? ドワーフの里ではまだアンタを待っているヤツもいる」
「待っている者とは? あちらではもう80年も経っているはずだ」
「ヤドックのじいさんは、今でもたまにアンタの話をするぞ」
「ヤドックか。あいつがじいさんと呼ばれる年になったか」
「そうだ。だから一緒に帰ろう」
ドリナの誘いに、「ふんっ」と鼻を鳴らして言った。
「おことわりだな」
なんとなくだが、そう言うんじゃないかとは思っていた。
それでも、俺はたずねた。
「なぜですか。元の世界に戻るなら、たぶんこれが最後のチャンスですよ」
「ワシはここで十分に暮らしていける。待っている者もどうせヤドックくらいしかいないだろう」
ラボックがそういうと、ドリナは痛いところを突かれたとばかりにうなずいた。
「ヤドックにもう一度会いたいという気持ちがないではない。だが、40年も経てば、こちらの世界にも友人知人は山ほどできた。恩人もいれば親友もいる。全ては今更だ」
そうなのかもしれない。
40年、あるいは80年という年月は重い。
いまさらドワーフの里に帰っても、知人はさほどいないというならば、たしかに彼にとって戻る利点は少ないかもしれない。
「そもそも、ワシには富士山ダンジョン攻略は無理だろう。最近じゃあ10メートル歩くだけで息切れすんだぞ」
たしかに、老人となったラボックに富士山ダンジョンの探索や、おそらく異世界に行ってからもしなければならない旅路は難しい。
それから、ラボックはにやりと笑った。
「第一、こっちの世界の方が飯が美味い」
リルラが大きくうなずいた。
「それはそうだニャ! お子様ランチは何度でも食べたいニャ!」
「アタイは今朝食べた牛丼の方が好みだな」
「むむむ。お子様ランチのあの繊細な味がわからないのかニャ!?」
いや、お子様ランチは繊細ではないだろ、たぶん。
「元の世界に戻るのはいいけど、お子様ランチが食べられなくなるのは残念ニャ」
「アタイもこの世界の美食をもっと味わいたいぞ」
なんともまあ、食い意地の張った奴らだ。
もっとも気持ちは分かる。あの世界よりこっちの世界の方が食文化は進んでいた。
俺としても、異世界転移する前に好きなもんを腹一杯食べておきたい。
「分かった分かった。どのみち富士山ダンジョンに向かうまで色々と準備は必要だ。出発はそうだな。余裕を見て5日後にするか。それまでに美味いもんをたっぷり食おう」
「やったニャ! ボク、動画で見た回転寿司っていうのをたべてみたいニャ」
「回転す……なんだ、それは?」
「お皿にのった米と魚がくるくる回転していて、どれを取って食べてもいいんニャ」
いやその説明は伝わりにくくないか?
案の定、ドリナが首をひねっている。
「米と魚がくるくる? 想像がつかん」
だよな。
「あと、あと、ボク、ラーメンも食べてみたいし、あんまんももう一度食べたいし、おにぎりも食べたいニャ」
なんだかなぁ。
ラボックが呆れ気味に言った。
「ま、食い意地がはっているのも若い者の特権か」
5日後。
俺たちは富士山ダンジョンに向かうべく、電車に乗った。
俺のリュックの中には山ほどの食べ物と飲み物、それに回復薬などの消耗品が入っている。
今回は、リルラやドリナにもそれなりに荷物を持ってもらっている。
富士山ダンジョンのモンスターは恐ろしい。
だが、1番恐ろしいのは50階層という深さだ。
モンスターだけなら『勇者』スキルの封印が解けた俺ならどうにかなるだろう。
だが、食料や飲料、消耗品が足りなくなる方が心配だ。
特に水分が足りなくなって酷いことになる探索者が多いのだ。
正直、今回の荷物でも足りるかは極めて不安だった。
だが、これ以上荷物を持ち込むのも難しい。
一方、リルラは別のことが気になっているらしい。
「クート、はるるんからの返信は……」
俺はスマホの通知を確認してから言った。
「ないよ」
あの日以来、俺は何度もはるるんさんに連絡を取ろうとしていた。
今日、富士山ダンジョンに向かうとも伝えてある。
それでも、はるるんさんからの返事はなかった。
「はるるん、怒っちゃったままなのかニャ?」
「どうだろうな」
考えてみれば、俺ははるるんさんの顔も知らないし、年齢も本名も知らない。性別はなんとなく女性だと見当をつけているが、それも確かめたわけじゃない。
その程度の間柄といってしまえばそれまでなのだ。
俺が世界一のダンジョン配信者を目指すことよりも勇者としての使命を選んだ以上、はるるんさんはもう、俺たちのことをどうでもいいと思っているのかもしれない。
やがて電車が富士山ダンジョンの最寄り駅についた。
改札を抜けると、そこに2人の人物がいた。
1人は杖を突いた老紳士。
あれ、この老紳士、どっかで見たような?
そして老紳士の傍らにいるのは、小学校高学年か中学生くらいの年頃の少女だった。
少女は聞き覚えのある声で、一礼しながら俺たちに話しかけてきた。
「こんにちは、空斗さん、リルラさん、ドリナさん。”お久しぶりです”というべきでしょうか、それとも”初めまして”でしょうか」
俺は目を見開くことしかできなかった。
一方で、リルラはいつものごとく俺より素早く反応した。
少女の方に駆け寄り、ハグして涙声で言った。
「はるるん! やっと会えたニャ!」
「はい、リルラさん!」
少女も泣きながらリルラを抱きしめた。




