第30話 女神はかく語りし
俺たちの目の前にエルバランスの女神が現れた。
おそらく、また実体はない立体映像みたいな存在だと思うが。
「お久しぶりです、みなさん」
そう言ったエルバランスの女神に最初に反応したのはリルラだった。
「ニャハ。久しぶりだニャ、女神様」
うん? リルラは声を出せる?
以前と違うぞ。
「今回は普通に会話できるようですね」
「はい。もう時間を止める意味はありませんから」
「前回は意味があったと?」
「あそこはモンスターが出現する可能性がありましたので」
つまり、女神の間じゃなかったからと。
俺の記憶を封印したことといい、過剰な配慮だった気もするが。
「それに、勇者のみならず、英雄の子孫もそろった今、3人に直接話した方が早いでしょう。もう1人聞いている方がいるみたいですが……まあ、よしとしましょう」
リルラが首をひねった。
「英雄の子孫?」
「はい。かつて勇者とともに世界を救った獣人の英雄、その唯一の子孫がリルラさん、あなたです」
「ニャ? そうなのかニャ?」
たしかにボルグテが英雄の子孫だったというなら、その娘のリルラも同じくだろう。
ドリナは目を細めてうなずいた。
「たしかにアタイの家はドワーフの英雄の子孫だと伝え聞いている。ご先祖様は勇者とともに世界を救ったと」
「はい。そしてあなたのお父様はクート様と共に戦いました。あなたはその世界の暦で6年前……リルラさんたちの世界の暦で12年前にクート様と会っているんですよ」
「なに?」
ドリナはしばらく沈黙し、それから言った。
「あー! あの時の、親父が旅立ったころにやってきた人間の子どもかっ!」
どうやらドリナも思い出したらしい。
たしかに俺とドリナが顔を合わせたのは一瞬だったもんなぁ。俺は名乗りもしなかったし、12歳の頃から容姿も変わっているし、すぐに気づかなかったのも当然か。
あの頃は人見知りだった少女が、よくもこんな性格に成長したものだ。
リルラはちょっと不満げだ。
「ボクは覚えていないニャ」
俺は笑う。
「あの頃、リルラはまだ赤ちゃんだったからな」
あの世界の1年は150日ほどだった。
つまり、女神みたいな特別な事例を除けばこちらの世界の倍のスピードで成長し、年老いていくわけだ。
その後、エルバランスの女神は語った。
その大半は俺が思い出したのと同じ内容だ。
話し終えて、エルバランスの女神は俺たちに言った。
「今、私はあの時と同じことを希望します。勇者よ、英雄の子孫たちよ、今再びダンジョンのバランスを崩す悪竜を倒すために立ち上がってください」
俺はたずねた。
「具体的にはどうしろと?」
「今再び、こちらの世界に転移してください。そして悪竜を倒すのです」
まあ、この女神はそういうだろうな。
「私の封印はもう限界です。その兆候はそちらの世界のダンジョンにも現れているのでは? 強力なモンスターが低層階にあらわれるなどです」
「たしかに虹のレアモンスターには出会いましたが」
「それは『出会い』のスキルによるものです。ですが、それ以外にも……」
「ひょっとして、トロールやゴーレムも!?」
「トロールはそうでしょう。ゴーレムは虹の腕輪の守護神だと思われますが」
そこで、はるるんさんが口を挟んできた。
『空斗さん、実はさきほどからダンジョン配信界隈が騒がしいみたいなんです。低難度ダンジョンにトロールや火鳥、キング赤鬼などの強力なモンスターが出現していると』
「本当ですか!?」
『もちろん、昔から定期的にそういう目撃談はあります。そのほとんどは再生数稼ぎのやらせというか、ディープフェイク動画なので気にもしていなかったんですが』
まあ、そうだろうな。
『今朝、空斗さんが高尾山ダンジョンに入った頃から遭遇情報がどんどん増えているみたいで……犠牲者も出ているみたいです。空斗さんの同級生パーティの方も何人か大怪我をしたりお亡くなりになったり……。この発生件数はディープフェイク動画とは思えません』
なんてこった。
『すみません、空斗たちの探索を見守ることに集中しすぎて、今まで気づきませんでした』
エルバランスの女神は言う。
「今はまだ、悪竜の封印が完全には解けていません。ですからモンスターがダンジョン外に出ることはありえません。ですが、完全に封印が解ければモンスターたちはダンジョンから出て、人々を蹂躙するでしょう」
「そんなっ」
世界中のダンジョンからモンスターがあふれ出てくる。
しかもブルースライムなんかではなく、トロールなどの強敵も!
そんなことになったら大パニックだ。
犠牲者だって出るだろう。
それを防げるのは俺だけ……俺とリルラとドリナだけ。
だが。
だがしかし。
そうであったとしても。
この話にうなずくには大きな問題があった。
俺は確かに大人になった。
成長したと言えるかもしれない。
だが、だからこそ無邪気に『悪者がいるから倒しに行こう』などとはいえない。
「エルバランスの女神。俺はもう思い出した。たしかに幼い頃、異世界に召喚されて悪竜と戦った。その結果、俺は大切な仲間を失った」
「はい。彼らの命を無駄にしないためにも……」
俺は思わず叫んでいた。
「そういうことじゃない! 俺はもう、仲間を失ったりしたくないんだ」
勝手に人の記憶を消したり、仲間の死をそんな風に言ったり、この女神は優しいようで、その実、人の心が分かっていないんじゃないか?
たしかに、あの頃俺は子どもだった。
俺が大人だったら犠牲はなかったかもしれない。
悪竜を倒してみんなでメデタシメデタシな終わりもあったかもしれない。
だが、一方でこうも思うんだ。
エルバランスの女神もあの世界の人たちも無責任すぎるとも。
だってそうだろ?
12歳の子どもを異世界に召喚して勇者様と崇めてみせて。
ダンジョン探索や、まして命がけの戦いをさせるなんて。
それしか方法がなかったとしても、俺がそれにうなずいたのだとしても。
そんなの、大人がやることじゃない!
ああ、わかっている。
今、俺たちが悪竜を倒しに行かなければ、世界は大変なことになる。
記憶を取り戻した以上、いまさらエルバランスの女神の言うことを疑うつもりもない。
ボルグテやドドルガの敵をうちたい気持ちもあるさ。
幼い頃やり残したことを放り出したくもない。
だけどさ!
俺は仲間たちを、リルラとドリナを見た。
いや、ドリナはまだいい。彼女は16歳。向こうの世界基準なら成人している。
だが、リルラは……まだ、子どもだ。
12歳だった俺と同じく、彼女も子どもなんだ。
あの悪竜との戦いに連れて行くなんて、俺にはできない。
「貴女は、また子どもに世界の運命を託そうと……おしつけようというのか?」
エルバランスの女神はすっと目をそらした。
少なくとも罪悪感はあるのか。
その時、リルラが言った。
「クート、その子どもっていうのはボクのことかニャ?」
「え、それは……」
「クートまで、ボクを子ども扱いするのかニャ?」
まいったな。
リルラならきっとこういうだろうって、なんとなく分かっていたけど。
ドリナが言った。
「クート、そんな顔をするな。リルラは戦士だ。アタイが保証する」
いやいやいや。
さっきまでリルラをさんざん子ども呼ばわりしていたのは誰だよ!?
「クート、もしモンスターがダンジョンの外に出てきたらどうなるニャ?」
「そりゃあ、大変なことに……」
「こっちの世界も、あっちの世界も、たくさん人が死ぬニャ」
「そんなことは分かってる!」
「その死ぬ人の中には、クートやドリナの家族もいるかもしれないニャ」
ドリナは知らないが、俺に家族はいない。
とはいえ、知人ならいる。
卒業式にああいうことがあったとは言え、クラスメート全員死んじまえとは思わない。
いや、学園の卒業生は探索者としての訓練をうけているから、抵抗くらいはできるかもしれないが。
そして、リルラは決定的なことを言った。
「その中には、はるるんもいるかもしれないニャ!」
あっ……
俺は目を見開いた。
『ちょっと待ってください。私のことは……』
「はるるんだけじゃないニャ。お子様ランチを作ってくれたレストランの人も、電車に乗っている人も、ラボックも、みんな死んじゃうかもしれないニャ!」
リルラは一気にそう言った。
「大丈夫、リルラは強い子ニャ。ドリナも強いニャ。クートはもっと強いニャ!」
「本当にいいのか、リルラ?」
「それに、その悪竜とやらはボクのパパの敵ってことだニャ」
それはその通りなのだ。
「それに関してはアタイも同じだな。もっともアタイは親父の敵を取りたいというよりも、親父が成せなかった仕事を成してやろうではないかという気持ちの方が強いが」
俺はうなずいた。
もう、迷いはなかった。
「わかった。3人で行こう。今度こそ、ダンジョンのバランスを壊すあの悪竜を退治してやろうじゃないか」
俺がそう言うと、エルバランスの女神がスッと頭を下げた。
「ありがとうございます。感謝いたします」
やれやれ。
「それで、どうやったらあの世界に行ける? どこかに転移の罠があるのか?」
エルバランスの女神は答えた。
「そちらの世界にある転移の仕掛けはただ一カ所。あなた方が富士と呼ぶ山のダンジョンの最深に」
富士山ダンジョン。
この国で最難関に位置するダンジョンだ。
「かつてのように、召喚してもらうことはできないのか?」
「私は封印された身。とても異世界召喚の技など使えません。こちらの世界の人間たちに危機を伝える方法もありません。私が話しかけることができるのは虹の腕輪を通してのみですから」
人間の魔法使いに異世界召喚の術を使わせることもできないと。
「わかりました。ならばまずは富士山ダンジョンを攻略しましょう」
「アタイもいいぞ。親父の敵討ちだ!」
「ボクもだニャ! クートといっしょなら、どこまでもだニャ!」
俺たちがそう決意する中、待ったをかけた人がいた。
『ちょ、ちょっと待ってください! 話がどんどん進んでいますが、富士山ダンジョンの難易度を理解しているんですか!? っていうか、異世界に行くってそんなの……戻ってこれるかも分からないのに』
はるるんさんの声は悲鳴じみていた。
『私は反対です。いえ、私には反対する権利なんてないのかもしれませんけど。でも、いまはただでさえダンジョン内に本来現れないはずの強敵が出現しているんですよ! 富士山ダンジョンに行くなんて自殺行為です!』
確かにそうかもしれない。
だが、それでも。
「このまま、モンスターが世界を蹂躙するのを放ってはおけません」
エルバランスの女神が言った。
「異世界から戻ることならご心配なく。私の力で再び戻すことは可能です」
『そのあなたは封印されているって言っていたじゃないですかっ』
「クート様たちが悪竜を倒していただければ、私の封印は解けます」
『なんですか、その自分本位な考え方は!? 結局、自分が空斗さんたちに助けてほしいだけでしょう? そのために危険を冒せと』
「そうかもしれません。ですが、私の言葉に嘘はありません。それに、2つの腕輪を取り戻した今、クート様は『勇者』スキルの封印も解けたはずです」
それはその通りだ。
確かめてみるまでもなく分かる。
今の俺なら、トロールだろうがゴーレムだろうが、一撃の下に倒せるだろう。
いや、12歳の時から6年成長したことを考えれば、きっとあの悪竜だって……
『空斗さんは、世界一のダンジョン配信者になるのが夢だったんじゃないんですか?』
「ですが、それは世界を救うことに優先する夢じゃない」
『そんな……』
「はるるんさん、分かってください。俺は全てを思い出したんです。6年前のあの戦いを無意味にしないためにも、俺は行かなくちゃいけない」
エルバランスの女神の言いようには未だ引っかかる部分もあるが、これは俺の意思だ。
ダンジョンのバランスを崩す悪竜を倒し、勇者としての使命を全うする。
『3人とも、決意は変わらないんですか?』
「はい」
「ボクもニャ」
「アタイもだ」
数秒の沈黙。
そしてそれを破ったのもはるるんさんだった。
『わかりました。私はもうお付き合いしきれません!』
まるで泣き叫ぶようにはるるんさんが言った後、プチンと音がした。
たぶん、はるるんさんが、自分のマイクか映像か、その両方かを切ったのだろう。
「はるるん、怒っちゃったのかニャ?」
「そうかもな」
怒りというよりも、呆れかえった様子にも聞こえたが。
いきなり国内最難関ダンジョンに挑むとか、異世界に行くとか聞かされたら、普通はあきれかえるかもしれない。
「エルバランスの女神、最後に2つ聞かせてくれ」
「なんでしょうか?」
「俺の記憶を封印した理由は分かる。だが、なぜ『勇者』のスキルまで封印した?」
それがなければ、卒業式の日あんなに色々言われることもなかった。
レインボースライムやトロール、ゴーレムだって楽に勝てたはずだ。
「それはクート様の記憶を封印するためです」
『勇者』のスキルはあまりにも強く、まずはそちらを封印しないと記憶の封印もできなかったという。
なんだかな。どうにもこの女神の『配慮』は俺の感覚とズレている。人間と神との差なのか、それとも俺の感覚がおかしいのか。
「もう一つ。どうせ異世界に行くなら、なぜリルラとドリナをいったんこちらの世界に呼んだ?」
「それは事故です。リルラさんとドリナさんとの『出会い』は、クート様にもう一度こちらの世界に来てもらってからになると思っていました。まさか、リルラさんとドリナさんが異世界転移の罠を踏むとは思いませんでした」
『出会い』のスキルは、あくまでも虹の腕輪をもつモンスターや、虹の腕輪が封印された大扉と出会うためのものだったという。
英雄の子孫と出会いやすくする効果もあるが、それは俺が異世界に行ってから発動すると想定していた。
どうも、リルラ達が異世界転移の罠を踏んだことと、俺の『出会い』スキルが相互作用して、こんなことになったらしい。
「ま、そんな順番はどっちでもいいニャ。おかげでこっちの世界の美味しいご飯も食べられたニャ」
「ほう、こっちの世界にも美味い飯はあるのか?」
「そうニャ! 特にお子様ランチは絶品ニャ! 向こうに戻る前にドリナも食べるニャ!」
「なるほど、それは楽しみだ」
いや、ドリナの年齢でお子様ランチはどうかなぁ。
っていうか、ドワーフの体型でファミレス入っても大丈夫かな?
まあ、ドリナはラボックのように髭が生えているわけでもないし、子どものふりをすれば大丈夫か。それならお子様ランチでも平気かも……
「なんにせよ、今やることは1つだな」
「なんニャ?」
「まずはこのダンジョンを踏破する」
「たしかに、アタイもそれは賛成だ。ダンジョンから出たら、美味い飯が食えるんだろう?」
「それは保証するニャ! 3人で新宿のレストランに行くニャ!!」
こうして、俺たちは高尾山ダンジョンの踏破を目指して探索を再開するのだった。




