第22話 谷のダンジョンの恐怖!「俺達は仲間だろ?」
第2階層は谷のダンジョンだった。
左右には巨大な断崖が広がっている。
谷の間に、いくつもの直径5メートルほどの空飛ぶ島がある。
その島を幅2メートルほどの吊り橋が結んでいる。
島や吊り橋には当然のごとく手すりなどない。
「これが谷のダンジョンか」
俺も谷のダンジョンに出くわしたのは初めてだ。
島や吊り橋の下をのぞき込めば、底など見えない。
あるいは、底などないのかもしれない。
マグマの洞窟とならんで危険といわれるのが、この谷のダンジョンだ。
高尾山ダンジョンが新宿ダンジョンよりも、難度が高いとされる理由の1つが、ごくまれながら谷のダンジョンが出現するためだ。
『空斗さん、脱出系のアイテムは持っていないんですよね?』
「はい」
ダンジョンから抜け出せる脱出系のアイテムはいくつかあるが、そのいずれもが超レアアイテム。
金を出せば手に入るというものではない。
秋葉原で探してみたがどこにも売っていなかった。
もし仮に入荷があれば10億はするとも聞いた。
いずれにせよ、手が出るアイテムじゃない。
俺とはるるんさんが深刻に話していると、リルラがあっけらかんとした顔で言った。
「2人ともなにをいってるニャ? 谷のダンジョンのモンスターなんてザコしかいないし、大丈夫ニャ」
たしかにリルラの言うことも分かる。
高尾山ダンジョンにおいて、谷のダンジョンに出現するモンスターは一種類。
さっきから空を飛んでいる赤カラスのみだ。
赤カラスはぶっちゃけ、赤いだけのカラスである。
通常のカラスより人間に対して好戦的だが、しょせん嘴で突っついてくるだけ。 目玉でも攻撃されない限り、たいしたことはない。
……なのだが。
幅2メートル、手すり無しの吊り橋の上で戦うのは、いつ足を踏み外してもおかしくない。
俺は高所恐怖症ではないが、それでも底が見えない上に、ゆらゆら揺れる橋を渡っていくのは恐ろしい。
『リルラさん怖くないんですか?』
「こわくないニャ」
そう言いながら、リルラは1本目の吊り橋を渡り始めた。
「おい、リルラ!」
「大丈夫にゃ。大して揺れないニャ。クートも早く来るニャ」
うう。たしかに怖がっていても仕方がない。
俺はリルラに続いて、吊り橋へと足をかけた。
その時、俺の体重で吊り橋がギイィっと揺れた。
「う、うぉっ!?」
あ、あぶない。
もう少しで転ぶところだった。
ここで転んだら、真っ逆さまだ。
一方リルラはとっくに吊り橋を渡り終えてしまった。
彼女はその場でピョピョン飛び跳ねた。
「クート、早く来るニャ。あと3本橋をわたればゴールニャ」
洞窟型ダンジョンと違い、谷のダンジョンは最初から全体が見えている。
青のオーブの場所も分かっているから迷うことはない。
リルラがあと3本の橋でゴールと分かるのはそういうことだ。
マホメラは吊り橋の上でウダウダしている俺よりも、リルラの方へと飛んで行った。
基本的にマホメラはパーティの中で、先頭の人間を撮影するように設定してあるのだ。
「ああ、もう、わかったよ」
このまま吊り橋で震えていても仕方がない。
今のところ上空の赤カラスも襲ってくる様子はないし、とっとと第2階層はクリアしてしまおう。
「へっへへ、クート、ガッツだニャ」
リルラはそんなことを言いながら飛び回っている。
その時、俺のリュックの中のマホメラから、はるるんさんの鋭い声がした。
「リルラさん、足元!」
だが、リルラにはよく聞こえなかったらしい。
「ふニャ? なんニャ?」
と言った、その瞬間だった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
リルラの周囲で鐘の音が鳴り響いた。
「しまったニャ!」
リルラに向けて上空の赤カラスが襲いかかった!
しかも赤カラスは雲の上から無限に湧き出てくる!
「モンスター召喚の罠かっ!」
踏むと一定時間、モンスターがどんどん現れる罠だ。
使い方次第では魔石稼ぎにも使えるが、危険極まりない。
赤カラスの群れが一斉にリルラに襲いかかる。
その数、すでに30匹以上。
「ニャ! コイツ! ボクをなめるニャ!!」
リルラもさすがで、赤カラスを殴り飛ばし、蹴飛ばし、倒していく。
だが赤カラスの数はどんどん増えていく。
「リルラ! 目を気をつけろ」
カラス系のモンスターの攻撃で一番コワイのは嘴で目を抉られることだ。
「わかってるニャ! でも、数が多くて……」
目を庇いながらだと、片手が封じられて戦いにくいようだ。
リルラなら、赤カラスと1対1なら楽勝だっただろう。
1対10でも勝てたと思う。
だが、何匹倒してもそれ以上にどんどん上空からわいて出てくるとなれば、徐々に追い詰められてくる。
俺が吊り橋を渡り終え、リルラの元についたときには、赤カラスは200匹を超えていた。
「クート!」
「背中合わせで戦うぞ」
「わかったニャ」
青のオーブまで逃げることも考えたが、その場合湧き出てくる赤カラスに追われながら吊り橋を渡ることになる。万一吊り橋の上で囲まれたら最悪すぎる。
ここで、罠の効果が収まるまで戦うしかない。
俺とリルラは背後をそれぞれに任せ、襲いかかってくる赤カラスを倒していった。
「はぁ、はぁ、はぁ、ニャァ」
リルラの息が荒い。
彼女は俺と違って無手だ。
素早さ重視の武闘家タイプだからだが、リーチは短い。
「リルラ、もういいから俺にまかせてうずくまっておけ」
赤カラスの攻撃力自体は極めて低い。
嘴でつっつく以外の攻撃方法はないし、目などの急所に当たらなければ大けがをすることはない。
うずくまっていれば、背中にかすり傷を負うだけだ。
回復薬で十分回復できる。
むろん、何百匹も集まればそうもいかないので、俺が倒し続ける必要はあるが。
「い、いやニャ!」
そう言って、リルラは赤カラスをパンチ!
殴られた赤カラスは黒い霧にかわるが、すぐに何倍もの数の赤カラスがリルラを襲う。
「リルラ!」
「罠を踏んだのはボクニャ! クートに全部まかせるわけにはいかないニャ!」
そんな意地をはるな……といいたかったが、リルラと言い争う余裕はなかった。
「くっ!」
俺もライトソードでどんどん赤カラスをたたき落としていくが、俺たちが1匹倒す間に、赤カラスが10匹現れるようなペースだ。
「くそっ、キリがない!」
実際にはキリはある。
モンスター召喚の罠の効き目が切れるまでだ。
だが、あとどれくらいだ?
学園の教科書によれば、モンスター召喚の罠の効果は10秒~10分まで様々と書かれていた。
もう、リルラが罠を踏んでから7分は経ったか。
「あとどれくらいだ?」
俺の言葉に、はるるんさんがハッとしたような声で言った。
『空斗さん、罠を踏んでからすでに6分21秒です』
ということは、最長でもあと3分40秒ほど耐えればいいわけか。
「わかりました」
俺はライトソードで赤カラスを倒していく。
「ボクも頑張るニャ!」
リルラはそういって飛び上がった。
そのまま数匹の赤カラスを蹴飛ばし倒す。
その時だった。リルラの顔面めがけて、一匹の赤カラスがつっこむ。
リルラは「くっ」とうめき声を上げて、空中で身をよじって避けた。
それは、本来ならば見事としか言いようがない動きだった。
空中で敵の攻撃を躱すなど、俺にはできない。
だが。
今この場に限っては……
リルラの行動は他の赤カラス達にとって、スキでしかなかった。
空中のリルラに赤カラスが群がる。
『リルラさん!』
「リルラ!」
赤カラスの攻撃でリルラが死ぬようなことはない。
だが。
リルラは赤カラスに押し出されるように、島の岸壁へとふっとんだ。
リルラはそのまま岸壁から落ちる!
俺はリルラに駆け寄り、ぎりぎりのところで彼女の右腕をつかんだ。
「ク、クート」
「リルラ、手を放すなよ」
そんな俺たちに、赤カラスがどんどん襲いかかってくる。
俺にも、リルラにも反抗するすべはない。
リルラは俺の手にぶら下がっている状態だし、俺はリルラを掴んでおくだけで精一杯だ。
「リルラ、今持ち上げるからな」
赤カラスが俺の背中や首や手足を突っつきまくる。
目でこそないものの、頬や鼻、口などの顔面もだ。
コイツらに目を最優先に攻撃するだけの頭脳がないのは幸いだった。
「クート、戦うニャ! ボクのことはほうっておいて……」
「バカ言うな!」
俺は全力でリルラを引き上げる。
リルラの体は見かけより重いが、引き上げるだけなら俺の力で十分だった。
その時、ゴーンゴーンという鐘の音が収まった。モンスター召喚の罠の効果がおわったのだ。
残っていた50匹ほどの赤カラスたちが俺たちに襲いかかってきたが、しょせんザコモンスター。
20匹ほど俺が斬り殺すと、残りは上空へと逃げていった。
「ふっはぁ、なんとかなったぁ」
俺は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
もちろん、上空にいる何匹かの赤カラスを警戒する必要はあるが。
と、リルラが体全体をシュンとさせた。かわいい猫耳まで垂れ下がっている。
「ごめんなさいだニャァ、ボクのせいだニャァ」
「別にリルラのせいじゃないよ」
「ボクが調子に乗って、モンスター召喚の罠をふんだから……だからこんなことになったんだニャァ。しかも油断して飛び上がって、崖から落ちそうになって、クートをたくさん怪我させたんだニャァァァ」
リルラは涙を流して俺に謝罪してきた。
「だから、気にするなって。俺が吊り橋でマゴマゴしていたのも悪いんだから」
「クート、ボクに罰をあたえてほしいニャ」
「は? 罰?」
「そうニャ、失敗したら罰をうけるニャ」
いやいやいや。
それはどこの世界の話だよ……
……と思ってすぐに気がつく。
リルラがこの間までいた奴隷の世界の話だと。
俺はリルラをぎゅっと抱き寄せた。
「な、なにをするニャ?」
「リルラ、俺とお前はなんだ?」
「何って……」
「さっき、お前が言ったんだぞ。俺たちは相棒だって」
「……あっ」
「俺がピンチの時にお前が助けてくれたように、お前がピンチの時は俺が助ける。それが仲間ってもんだろ?」
俺がそう言うと、リルラはコクリとうなずいた。
「ありがとうだニャ」
と、話がまとまりかけたときだった。
『あの、すみません、謝罪なら私も』
え?
『せっかく参謀にしていただいたのに、罠に気づくのが遅れてしまって。それに罠の残り時間をご報告するのも失念して……私、参謀失格ですね』
いやいやいや、はるるんさんまでそういうことを言い出すの、やめてほしいんだけどなぁ。
「はるるんさんも俺たちの仲間です。お互いの失敗はお互いに補えあえばいい。マホレットを持っていた俺とリルラがはなれてしまった時点で、はるるんさんがいくら罠を早く見つけても無駄だったと思います」
結局、3人ともどこかしら少しずつ失敗している。
でも、致命的なことにはならなかった。
反省は良いけど、謝罪しあうのは気まずくなるだけだ。
ポーションを2本つかうだけで俺とリルラの怪我は全快したし、赤カラスが落とした魔石を手に入れた。
回復を終え、俺たちは再び立ち上がった。
「さ、いこう。あと1階層で高尾山ダンジョン踏破だ」
「わかったニャ!」
こうして、俺たちは谷のダンジョンをクリアした。
そして、第3階層へ着いたとき、俺たちは目の前に現れた物を見て、思わず声を上げたのだった。
『なんだこれっ!?』




