第2話 ダンジョン配信開始!「私、初心者ウォッチャーのはるるんです」
新宿ダンジョンの受付係は冷たく言った。
「やはりここのダンジョンに入ることはおすすめできませんね」
俺は言い返した。
「なぜですか? 探索者免許は本物でしょう!?」
「ええ、もちろんですとも。ですが……」
また、『ですが……』かよ。
ここに来てから、10回は聞いた。
「だったら問題ないでしょう?」
「法律的には問題ありません。ですが……」
だから、その『ですが……』をやめろっちゅうに!
「あなたは、今日卒業式を迎えたばかりでしょう?」
「それがどうかしましたか?」
「ご家族に卒業を報告して、冷静になってから探索に出てはいかがですか?」
「俺に家族なんていません!」
これは本当だ。
俺が小学生の頃に両親は亡くなって、俺はばあちゃんに育てられた。
そのばあちゃんも、昨年俺が学園在学中に亡くなった。
「ですが、初心者が新宿ダンジョンにソロで入るのは無謀です」
「新宿ダンジョンは低難度じゃないんですか?」
「低難度の中でも細かくランクがあります。どうしてもソロで入りたいなら……そうですね、調布ダンジョンあたりがおすすめでしょうか」
ウダウダと言う受付係に、俺はイライラしてきた。
「調布ダンジョンなんて、ブルースライムしか出ない第一階層きりのダンジョンじゃないですか」
「ええ、まさに初心者向けでしょう?」
「冗談じゃない! 訓練中にはブルースライムどころか、ゴブリンもグリーンスライムも倒したことがある」
「ですが……貴方のスキルを見ますとですね」
く、またそれか。
「スキル『出会い』……どんな効果かは知りませんが、新宿ダンジョンで生き残れるスキルとは思えません。勇気と無謀は違うということを学園で習いませんでしたか?」
「俺は世界一のダンジョン配信者になるんだ。こんなところで足踏みできるか」
「ですが……」
「もう『ですが……』はいい! 早くダンジョンの入り口へ案内してくれ」
受付係は『やれやれ』とばかりに立ち上がった。
「わかりました。免許を持っている以上、私に拒否する権限はありません。警告はしましたからね」
「はい」
「では、こちらの書類にサインを」
その書類には『ダンジョンの中で怪我をしたり死んだりしても役所を訴えません』みたいなことが書かれている。
俺は『蒼凛空斗』とサインした。
新宿ダンジョンへの入り口は、新宿区役所の地下50Fにあった。
エレベーターを降りると、地下室の中に神秘的な青い光を放つオーブが浮かんでいた。
かつて実地訓練で池袋ダンジョンに入った俺は知っている。
これがダンジョンの入り口だ。
ここまで案内してくれた受付係が尋ねる。
「準備はよろしいですか?」
「ああ」
「食料、水、装備などは?」
さすがに水と食料はリュックサックに入れて背負っている。
だが装備は……
「初めてダンジョンに入る探索者は武器がもらえるのでは?」
「ええ。ショートソード、ロングソード、鉄の斧から選べます」
たしかにこの地下室には3種類の武器が立てかけられていた。
「なら、ロングソードを選びます」
俺はロングソードを手に取った。
「……まさか、ロングソード以外の装備を持たずにダンジョンに入るつもりですか? 普通、鎧くらいは準備する物ですよ。それに、回復薬も」
「そんな金、ありませんので」
受付係はまたしても『はぁ』とため息。
「あなた、ひょっとして自殺志願者なんですか?」
失礼な!
俺は言った。
「死ぬつもりなんてありません。装備はともかく、配信用のマホメラは買ってきましたから」
「そうですか、そのマホメラで死体になるところを実況中継しないよう、せいぜい祈っておきますよ」
「わかりました」
これ以上、この女性と話をするつもりはなかった。
俺は青いオーブに手を伸ばした。
世界がゆがみ、目の前に光があふれる。
光に包まれながら、俺は幼い頃読んだダンジョン解説本の内容を思い出していた。
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以下、角談社発行【小学生にも分かるダンジョンの基礎知識より抜粋】
・ダンジョンとはここではないどこかです
・1970年代、世界中にオーブが現れました
・ダンジョンは不思議なことに入るたびにその姿を変えます
・昨日洞窟型のダンジョンだったものが、翌日訪れると森型のダンジョンになっているなんてこともあります。
・ダンジョンから脱出する方法は2つ
・ダンジョンの最奥に到達する(最奥にはボスがいることもある)
・脱出の巻物などのアイテムを手に入れる(ただし超貴重アイテム)
・ダンジョンには危険なモンスターと摩訶不思議なアイテムがあります
・特に、倒されたモンスターが落とす魔石は世界のエネルギー不足問題を一気に改善しました
・ダンジョンを冒険する人々はダンジョン探索者と呼ばれ皆から尊敬されています
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なんで今更あんな初心者向け本の、それも前書きを思い出してるんだろな。
やっぱり、探索者デビューで、俺もまいあがっているのか?
やがて光が収まる。ダンジョンの第一階層に着いたのだ。
これで、ダンジョンを制覇するまで元の世界には戻れないってことだ。
超レアな脱出系のアイテムなんて手に入るわけもないしな。
俺は目を開いてあたりを確認した。
岩に囲まれた8畳ほどの広さの部屋の真ん中に俺は立っていた。
今日の新宿ダンジョンは洞窟型のようだ。
太陽の光が届かない洞窟の中のはずなのに、ちゃんと周囲の様子を見ることができる。
光源がなくても探索に問題ない。
これもダンジョンの不思議の1つだ。
部屋の奥には1本の通路がある。
そして、俺のすぐそばに等身大の女神像が立っていた。
(女神の間か)
女神像がある部屋に、モンスターは入って来れない。
ダンジョンに入って最初の場所が女神の間なのはラッキーだった。
(よし、落ち着いて準備しよう)
俺は背負ったリュックサックからマホメラを取り出した。
マホメラとは『魔法のカメラ』の略である。
ダンジョン配信をするなら必需品だ。
スイッチを入れるとマホメラはスッと浮き上がった。
マホメラは操縦することなく、自動的に冒険者を追いかけて撮影し続ける。
しかも、自動的にモンスターの攻撃をよけてくれる。
便利なだけに値段もバカ高い。
比較的低性能なタイプですら、70万円もした。
実地訓練で手に入れた魔石を売った金の大半はこれに消えた。
ばあちゃんが遺してくれた家はあるが、このまま稼ぎがなければすぐに生活に行き詰まるだろう。
この冒険で魔石やアイテムをゲットしないと、食費すらままならん。
……勢いでここまで来たが、やはりもう少し冷静に行動すべきだった気がしてきた。
いやいやいや!!
しっかりしろ!
いまさら何を弱気になっている!
俺の頭の中に次々と色々な人々の顔が浮かぶ。
俺がダンジョン配信者になると言ったら、無理して学園の入学金を捻出してくれたばあちゃん。
俺のスキルを見て笑ったスキル鑑定士。
夢を諦めろと言った担任。
馬鹿にした顔で俺をあざ笑う金酔。
『ですが……』を連発しやがった受付係
(負けてたまるかっ)
夢だった探索者免許を手に入れて、ついにダンジョン配信ができるんだぞ!
撮影開始だ。
俺はマホメラに付属していたマホレットを操作した。
ちなみにマホレットは『魔法のタブレット』の略らしい。
なんでも『マホ』ってつければいいってもんじゃないと思う。
(初日だし、生配信にしてみるか)
配信タイトルは……特に考えてなかったな。
ま、適当でいいか。
【初めてのダンジョン探索】とタイトル欄に入力した。
サムネイルは……あー考えてなかったな。適当にフリー素材を使うか。
……こんなところかな?
俺は『配信開始』のボタンをタップした。
これで、生放送がスタートしたはずだ。
俺はマホメラの方を見て言った。
「俺の名前は蒼凛空斗。今日からダンジョン探索をするぜ。よろしくな」
だが、マホレットに表示された数字は無情だった。
『同接0人』
(……そりゃ、そうか)
何の予告もなく初心者が生配信を始めて、いきなり見てくれる人がいるわけない。
でも、どうしたら良いのか分からない。
学園ではダンジョンについての勉強や、モンスター退治の訓練はあったが、配信で視聴者を呼ぶ方法は教えてくれなかった。
(ま、いいさ。まずはモンスター退治だ)
俺は女神の間の部屋を出ようとした。
その時だった。
マホレットがピコンと鳴った。
(なんだ?)
あわててマホレットを見ると、そこには『同接1』と書かれていた。
どうやら、デフォルト設定では生放送を見に来てくれる人がいると音で通知してくれるらしい。
俺はちょっぴり浮かれて、マホメラにむかって言った。
「閲覧してくれてありがとうございます。俺、蒼凛空斗っていいます。マジうれしいです」
何しろ初めての視聴者だ。
絶対逃すまいと必死だった。
すると、マホレットから機械っぽい声が聞こえてきた。
『ふふふ、よろしくお願いしますね。空斗さん』
(え?)
どうやら視聴者のコメントが、音声で流れる設定になっていたようだ。
機械音声っぽいのは、文字のコメントをマホレットが読み上げているからだろう。
マホレットの表示によると、コメント主の名前は『はるるん』というらしい。
もちろん、ハンドルネームだろうけど。
「はるるんさん、どうして俺の動画を見てくれているんですか?」
『ふふふ、私、初心者ウォッチャーなんですよ』
「初心者ウォッチャー?」
聞いたことがない。
『探索初心者……特に初めて配信する探索者の動画や生放送を好んで見ているんです』
「へー、そんな人もいるんですね」
『はい。いかにも素人丸出しな、空斗さんの生放送を見つけて。私、興奮しちゃいました!』
おい!?
「そ、そんなに素人丸出しですかね?」
『そりゃあもう』
「たとえばどこら辺が、ですか?」
『いやー、もう。配信タイトルからして『初めてのダンジョン探索』って。笑えるくらい初心者丸出しじゃないですか』
笑えるって、あのなぁ……
「そりゃあ、『初めて』ってつけましたからね」
『それもそうですが……そういう問題じゃなくてですね。ここまで訴求力のない動画タイトルも珍しいって意味で』
「どういうことですか?」
たずねた俺に、はるるんさんはたずね返してきた。
『今、どこのダンジョンにいるんですか?』
「新宿ダンジョンですけど」
『なるほど、パーティのお仲間は?』
「ソロです」
『ひょっとして国立ダンジョン探索者学園の卒業式直後に、ソロで新宿ダンジョンへ?』
「はい」
(また『無謀だ』とか言われるのか?)
もう、いいかげんそういうのは聞き飽きたんだが。
しかし、彼女が言ったのは別のことだった。
『それなら、例えば……
【《蛮勇?》学園卒業直後にソロで新宿ダンジョンに来てみた《無謀?》】
あるいは……
【《ガンガン》超初心者が新宿ダンジョンをソロ攻略!《いこうぜ》】
こんなタイトルならどうですか?』
うお!?
たしかにその方が俺も見てみたいって思うかも。
こんな一瞬で2つもタイトル案を考えたのか?
俺はすっかり感心してしまった。
「すごいです」
『いえいえ。今のは即興で考えただけなので、もっと良いタイトルもあると思いますよ』
「な、なるほど」
『それと、タイトル以上にサムネがひどいですね。っていうか、これ、“イラスト邸”のフリー画像そのまんまじゃないですか』
うう、バレたか。
だって、他にどうしていいか分からなかったし!
『初めての冒険とはいえ、もう少し何かあるでしょう? AIイラストという手もありますが、それよりも学園の訓練中の写真を撮っておくとかできなかったんですか?』
「授業中の写真を使うのは旧友の肖像権の問題とかあるんじゃないかと」
『たしかにそれはそうかもしれませんね』
俺はちょっと考えてから言った。
「あ、でも自主練中の写真もあったかも」
『少し弱いですが、フリー素材よりはマシでしょうね』
「ですよね」
『タイトルとサムネは動画の顔です』
「なるほど」
『それと、ツイタラーなどのSNSアカウントはありますか?』
「いいえ。やっぱり必要ですか?」
『当然です。どんなに良い動画でも視聴のための導線がなきゃバズりようがありませんよ』
そこまで聞いて、俺は叫んだ。
「はるるんさん。お願いします!」
この人、すごい。
絶対に逃しちゃ駄目な相手だ!
『なんですか?』
「俺に動画配信のイロハを教えてください!」
『えええっ!?』
「お願いします!」
俺は動画配信の勉強はほとんどしてこなかった。
クラスメートにはそういうのに詳しいヤツが何人もいて、そいつらとパーティをくむつもりだったから。
勉強するにしてもそのうちでいいだろうと、後回しにしてしまった。
はるるんさんは少し戸惑ったのだろう。
直接的な返信は保留して、俺に言った。
『それより空斗さん、そこは女神の間みたいですが、探索は良いんですか?』
「あっ」
たしかにいつまでも女神の間にいてもしょうがない。
「えっと、それじゃあダンジョン探索を始めます」
『はい、頑張ってください』
こうして俺は女神の間を出て、本格的な探索を始めたのだった。
拙著をお読みいただきありがとうございます。
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