第15話 老ドワーフとの出会い「ボクはクートといっしょニャ」
俺の中で警戒心がマックスになった。
リルラにはフードをかぶらせている。
耳は見えていないはずだ。
老人は「ふんっ」と鼻を鳴らしてから言った。
「獣人は匂いで分かる」
「ボク、昨日お風呂に入ったニャ」
たしかに。
「そういうことじゃない。ワシらドワーフにしか分からん匂いだ」
本当にドワーフなのか?
俺はそっとリルラを自分の後ろに庇いながらたずねた。
「あなたも異世界転移の罠を踏んだのか?」
「異世界転移の罠か……そうだな。たしかにあれはそういう物だったのかもしれんな。もう、こっちの世界の暦で40年以上前のことだよ」
40年前……まだダンジョンに関する法律が整備されきってない頃か。
「自己紹介しておこう。ワシはラボック。しがないドワーフだ」
名乗られたら名乗り返すしかない。
「俺は蒼凛空斗。こっちはリルラ」
名乗りあうと、老ドワーフ――ラボックは右手を差し出してきた。
「それはそうと、見せろ」
「何を?」
「虹の魔石。鑑定と買い取り希望なのだろう?」
なぜそれを……と言いかけて、やめておく。
さっきの魔石鑑定士から連絡を受けているのだろう。
「わかりました」
俺は虹の魔石を手渡した。
「なるほど。こりゃあすごい。あの店じゃ買い取れんわけじゃな」
「なぜですか?」
俺の問いに、ラボックは直接は答えなかった。
「2億3500万円」
「は?」
「鑑定額だよ、不満かね?」
え、億? 聞き間違いかな?
「今、2億って言いました?」
「言ったな」
う、うそだろう?
「ウチで買い取るならそれが限界。国内ではウチ以外で買い取れんだろう。米国あたりならもっと高く買う店もあるかもしれんが、手数料や関税の方が高つくのがオチだな」
いやいやいや、ちょっと待って!?
「あの店で買い取れなかった理由もわかるだろう? 価値通りの価格で買ったら、資金がショートしちまう」
「あ、あの、本当に億単位で買い取っていただけると?」
「まあな。ちなみに虹の魔石は国家機密級の貴重品だ。ダンジョン庁に目をつけられたくなければ、早めに金に換えることだな」
ま、まじかぁ……
「ウチもさすがに即日現金では渡せんな。1週間後の振り込みになるが、いいか?」
「か、かまいません。お願いします」
2億、2億、2億……
「あ、ついでにこっちの魔石も買い取ってもらえると助かります」
ゴブリンやトロールがドロップした赤い魔石も差し出した。
「かまわんぞ。せいぜい全部で40万くらいじゃが」
妥当な価格だろう。
トロールの魔石は大きいが、他は珍しくもない魔石だ。
「こっちは現金でください」
「かまわん」
ラボックは無造作に40万円を俺に投げよこした。
ずいぶんと豪快なじいさんだ。
「一応、こっちの書類にサインはしてくれ。それと振込先の口座を……」
と、まあ、一通り買い取り交渉が終わったところで、ラボックは言った。
「さて、商売の話はこれくらいでいいか?」
「ありがとうございます」
「で、だ。これは老婆心から聞くが、嬢ちゃんはこれからどうするつもりだ?」
それだよな。
異世界人がこの国でどうやって暮らしていけばいいのか。
同じく異世界人だというラボックの話は参考になるかもしれない。
「ボクはクートといっしょに暮らすニャ。いっしょにダンジョン探索もするニャ。なにか問題があるかニャ?」
ラボックは「問題だらけだ」と言った。
「ダンジョン探索というが、探索者免許はどうする? いや、それ以前に戸籍は? マイナンバーもなかろう? 病気になっても病院にもかかれんぞ」
「病院は10割負担でなんとかなりませんかね?」
「さあな。身元不詳の患者を受け入れる病院がどこまであるか。そもそも保険云々ではなく、病院に行ったら普通に人間でないことはバレる」
まあ、そりゃあそうだわな。
耳を隠したまま診察を受けるなんて不自然すぎる。
「ま、病気に関しては強回復薬でも使うしかないだろうな」
「あれ、高いですよね」
「だろうな」
2億以上の金が入るのだ。
なんとかするしかないか。
「忠告しておくが、この国で異種族が暮らしていくのは並大抵のことではないぞ」
その言葉には深い実感がこもっていた。
彼も相当苦労してきたのだろう。
「坊や、おぬしはこれからどうする? 見たところ探索者免許を取って間もないようだが?」
「俺の目標は世界一のダンジョン配信者になることです」
「配信? ああ、最近流行ってるあれか。だが、嬢ちゃんと一緒に配信するつもりか? あまり勧めんがな」
たしかに。
リルラの姿を配信するのはまずい。
さすがにモンスターと戦うとき、つねに猫耳を隠しておくのは現実的じゃない。
「やっぱり、配信は諦めるしかないですかね?」
単純な探索者として頑張る道もあるのだ。
すでに動画加工をお願いしたはるるんさんには申し訳ないけど。
動画配信者は俺の夢だが、リルラの安全には変えられない。
いや、そもそも探索者免許を持たないリルラをダンジョンに連れて行くのは、少なくともこっちの世界では違法で。
「リルラ、探索は俺1人に任せて、家で待っているっていうのは……」
「いやニャ。リルラはクートといっしょニャ」
まあ、そうだろうなぁ。
俺が悩んでいると、ラボックが「はぁ」と吐息をついた。
「仕方ないのう。ワシがなんとかしよう」
え?
「嬢ちゃんの探索者免許と、配信で猫耳が映らないようにするアイテムを用意しよう」
マジで?
「もっとも、探索者免許は偽造だがな」
「それって犯罪じゃ?」
「そもそも、密入国が犯罪だろうに」
ああ、たしかに今のリルラは密入国っちゃあ密入国状態だからな。
「心配せんでも、ワシが本気で作れば問題ない」
信用していいのかな?
「猫耳が映らないようにするアイテムとは?」
ラボックはちょっと待っていろと言って奥の部屋に入っていった。
どうやら倉庫になっているらしい。
しばらくすると、ラボックは指輪を持ってきた。
「幻の指輪だ。こいつをつければ、マホメラをごまかせる。好きな姿を映せるが背丈を大きく変えるのはやめておけ。映像が不自然になるからな」
「AIの動画加工みたいなものですか?」
「効果は似たような物だが、より精巧じゃな。まずばれることはない。使い方はなりたい姿を念じるだけだ」
リルラは渡された幻の指輪を物珍しげに観察した後、左手の人差し指にはめた。
「これ、ブカブカニャ」
たしかにサイズがあっていない。
ラボックがその様子を見て言った。
「サイズ調整はあとでしてやる」
「わかったニャ」
俺はラボックさんに頭を下げた。
「何から何までありがとうございます」
「ふん、こっちも商売だからな」
「商売?」
「偽造免許と指輪、あわせて3500万。虹の魔石の代金から引いておく」
ええぇ?
「なんだその顔は。不満か?」
「いえ、不満は特にないです」
実際、色々とありがたい話なのだ。
お金だって2億円の収入だ。
何も文句はない。
「ああ、それと、振込金額は2億じゃないぞ」
「え、どうしてですか?」
「これだけの取引だと税金がかかる。まったく、この世界の政府もがめつい」
な、なるほど。
「っていうことは、ここはちゃんとしたお店なんですね」
「ああん? どういう意味だそりゃ? ケンカを売ってんのか?」
ラボックにすごまれ、俺は慌てて両手を振った。
「あ、いえ、そんなつもりは。でもラボックさんも戸籍がないでしょうし、正規の開業届けができるのかなとか」
「当時は今ほどには色々な管理が行き届いていなかった。なんとか戸籍をでっち上げたよ」
「それ、リルラにも可能ですか?」
ラボックは首を横に振った。
「無理だな」
「なぜ?」
「言っただろう。当時はまだ色々な管理がいい加減だった。ようやくコンピューターが出回りだした時代だ。ダンジョンの出現でこの国の行政も混乱状態だった」
ほとんどが紙の書類で、しかも管理がずさんだったという。
「それでも戸籍の偽造は大変だった。まして、今となってはとても同じ手は使えん」
「そうですか」
「探索者免許の偽造だって、ワシだからできる裏技だ」
そう言われるとありがたいのと同時に、少し不安になってくる。
本当にバレることはないのか?
「さ、指輪のサイズを直してやる」
「魔石の鑑定以外にそんなこともできるんですか?」
「ドワーフをなめるな。だが勘違いするなよ、ワシだって何でもできるわけじゃない。いつもいつも今回のように解決できるとは思うな」
そんなわけで、指輪のサイズを直してもらってから、俺たちはラボックに礼を言って店を出た。
偽造免許をもらえるのは明日、2億円の振込は1週間~10日後になるという。
ふむ。
魔石の鑑定と換金をするだけのつもりだったのに、思わぬ収穫だったな。
これで、リルラと一緒にダンジョン配信ができる。
指輪の効力は事前に確認する必要があるだろうけど。
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