第11話 リルラちゃんの東京初体験!「お子様ランチは美味しいニャ」
ファミレスに入店すると、リルラは比喩でなくよだれをだらだらと垂らし始めた。
「ニャァァァ、美味そうな匂いがいっぱいだニャァァ……」
「おい、リルラ、よだれ拭けよ」
あわてて、ハンカチを渡してやる。
リルラはよだれを拭きつつ、俺に言った。
「ホントにこんな高級店で食事しても良いのかニャ?」
「いや、ファミレスだし、高級店じゃないし」
ファミレスの中でも、どちらかと言えばお安めなチェーン店だ。
「ボ、ボク、こんな立派なお店に入るの初めてだニャ。緊張するニャ」
言いながら、リルラは再びよだれを垂らしてしまう。
ダメだこりゃ。
などとやっていると、店員さんがやってきた。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
「はい。できればテーブル席でお願いします」
「かしこまりました、ご案内します」
窓際の席に案内された。
「ご注文はこちらのタッチパネルからお願いします。お冷やはセルフサービスです」
「わかりました」
一方、リルラは目をキラキラさせて、窓の外を眺めていた。
「すごいニャァ」
「新宿の街がそんなにすごいか?」
「うんニャ。すごい世界だニャ。それにこのガラス」
「窓がどうかしたか?」
「こんなに透明なガラス、初めてみたニャ。でも触ったら割れちゃいそうだニャ」
あー、そういうところにも驚くんだ。
「お城みたいに大きな建物がいっぱいだニャ」
「お城みたいか。たしかにそうかもな。ま、景色を楽しむのは後にして、食事を注文しよう」
「うんニャ! 早くたのむニャ。あ、でも店員さんいなくなっちゃったニャ」
「タッチパネルで注文って言っただろ?」
俺は備え付のタッチパネルを手に取った。
「マホレットかニャ?」
「似たようなもんだよ」
実際にはマホレットの方がずっと高性能だ。
一般的なタブレットではダンジョン内と外とで交信なんてできない。
マホレットはまさに魔法のタブレットなのだが……この説明も今することじゃないな。
「何食べたい?」
「うんニャ……おにぎり」
「えーっと、さすがにそれはないかな?」
「やっぱり、米はむりかニャ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
しょうがない、タブレットの横に置いてあった写真付のメニューをリルラに渡した。
「その中で、どれか1つ選んで」
「わかったニャ」
リルラは熱心にメニューを見る。
「字、読める?」
『自動翻訳』のスキルが文字にまで有効かどうか。
「読めないニャ」
「やっぱ『自動翻訳』は文字まで翻訳してくれないんだな」
「うーん、ボク、元の世界の文字も読めなかったニャ」
あー、なるほど。
だとすると、翻訳はできているがそれでも読めない可能性もあるわけか。
どっちにしろ同じようなものだが。
「あー、どれもこれも美味そうニャ。1つなんて選べないニャ」
リルラはめちゃくちゃ真剣な表情でメニューを見まくった。
「決めたニャ! ボク、これにするニャ!」
リルラが選んだのはお子様ランチだった。
「え、お子様ランチでいいの?」
たしかにリルラは子どもではある。だがお子様ランチはもっと小さい子が頼むもののような……
「これが一番カラフルで美味しそうニャ」
本人の希望ならいいか。別に○歳以下限定と書かれているわけでもないし。
「俺はどうするかな……ハンバーグ定食でいいか」
俺はタッチパネルで注文した。
「リルラ、ちょっとここで待ってて。水持ってくるから」
「わかったニャ……なあ、ここでもフードをかぶってなくちゃダメかニャ?」
「ダメ」
むしろ、店の中こそ目立つだろう。
「うニャァ」
どうやらよほどフードは嫌いらしい。
耳を触られるのが苦手って言っていたしなぁ。
かわいそうだけど、我慢してもらうしかない。
俺が水をくんで席に戻ると、リルラはあたりをキョロキョロしていた。
「どうしたんだ、リルラ? 料理が待ちきれないとか?」
「うんニャァ、そうじゃなくて。やっぱりボクがこんなところに来るのは場違いなような気がするニャ」
「そんなことないって」
「だって……ボクは奴隷ニャ。レストランなんて使える身分じゃないニャ」
ふむ……これは卑屈なのか?
いや、違うな。
そういう教育というか、調教を受けた結果なのだろう。
俺はリルラと目を合わせて言った。
「でも、今のリルラは奴隷じゃないだろ?」
「えっ……」
リルラは目を見開いて驚いた顔をした。
「ボク、もう奴隷じゃないニャ?」
「そりゃそうさ。何しろこの世界には奴隷制度なんてないからな」
言ってから、ちょっとだけ嘘をついたかもと思った。
日本はともかく、海外では奴隷同然に働かされている子どもはいるかもしれない。
だが、今のリルラにはこう断言した方が良いだろう。
「じゃあ、今のボクはなんニャ?」
「そりゃあ、俺の仲間だろ?」
自然と俺はそう言っていた。
「仲間……」
リルラは感極まった表情だ。
「うれしいニャ。異世界で出会ったのがクートでよかったニャ」
「俺も、最初に出会った異世界人がリルラで良かったよ」
最初に?
俺はまだ誰かと出会うつもりなのか?
スキル『出会い』なんとも曖昧だが、俺にはそんな予感がしてならなかった。
店員が料理を持ってきた。
「お待たせしました」
俺たちの前に注文した料理が並べられる。
「うぉぉぉ、こ、これがお子様ランチニャ。なんといい匂いだニャ……」
どっちかというと、ハンバーグの匂いの方が強いと思うんだがな。
「ほ、本当にボクがこんなごちそう食べてもいいニャ?」
「もちろんだって」
店員さんがさすがにいぶかしげな表情だ。
語尾の『ニャ』が不審なのかな?
いや、むしろお子様ランチも食べさせてもらえないかわいそうな子と思っているのかも。
「リルラ、早く食べようぜ」
「う、うんだニャ」
リルラはフォークを握り、ソーセージに突き刺した。
俺もハンバーグを切り分けて口へと運んだ。
(ま、普通の味か)
当たり前だが、お値段相応のお味だ。
一方リルラはソーセージを口に入れて叫んだ。
「うニャァァァァ、美味いニャァァァ、なんニャ、これは。王様の食べ物かニャ?」
さすがに王様はお子様ランチなんて食べないと思う。
「いちいち叫ぶなよ、恥ずかしい」
「こ、こっちはなんだニャ?」
リルラはオムライスにとりかかる。
「うニャ、とりにくいニャ」
そう言うとフォークを置いて、右手でオムライスを鷲づかみでムシャムシャムシャ。
って、おい。
「リルラ、さすがに素手はダメだって」
ああ、両手にケチャップがついちゃってるよ。
俺は紙ナプキンでリルラの手をふいてやる。
トイレで洗った方が良いかな?
でも、さすがにリルラを男子トイレに連れ込むわけにも、俺が女子トイレに入るわけにはいかない。
リルラに水道が使えるか微妙だし……
そこで俺は気づく。
リルラって、1人で水洗トイレ使えるのか?
そこらへん、教育した方が良いよな。
でも、男の俺が女の子にトイレの使い方を教えるのってマズくね?
リルラがコップを手に取り、水を見る。
「なんとキレイな水だニャ! 全然濁ってないニャ」
それはつまり、リルラはこれまで濁った水しか見たことも飲んだこともないってことで。
リルラはとっても明るい良い子だが、過去には色々とつらいことがあったのだろう。
そう思うと、つい顔をしかめてしまったようだ。
「クート、どうしたニャ? なんか怖い顔しているニャ」
しまった。リルラをこわがらせてどうする。
「ごめんごめん、なんでもないよ」
俺はハンバーグを口に放り込んだ。
「そうかニャ。なら次はこれを食べるニャ」
リルラは唐揚げを口の中に放り込む。
「これは……蛙の揚げ物かニャ?」
「いや、鶏肉だから」
たしかに食用蛙って鶏肉と味や食感が似ているらしいけどっ!
さすがにお子様ランチに蛙肉はでてこないからっ!
その後もリルラはパクパクとお子様ランチを食べていく。
食べるたびに「美味いニャァァ」とか、「貴族の食べ物ニャァ」とか、「ボクなんかがこんな美味しいものを食べられるなんて」とか、「もう死んでもいいニャ」とか、とにかく感動の声を上げ続けた。
正直、ちょっとどころじゃなく恥ずかしいんだが。
「リルラ、ハンバーグも食べるか?」
「い、いいのかニャ?」
「ああ、少しならな」
俺がハンバーグを取り分けてやると、リルラは感極まったとばかりに泣き出してしまった。
「ボク、一生クートについていくニャ」
「おいおい、まるで結婚の約束みたいだな」
「ニャア? ボクとクートが結婚かニャ?」
いや、それはさすがにな。
リルラの年齢は聞いていないが12歳くらいだろう。
俺はもう18歳だから……まあ、大人になれば6歳くらいの年の差結婚はありかもしれない。だが、現段階でそんな話をするのは犯罪スレスレだ。
ともあれ、2人で食事を終えレジに向かった。
料金を払うと、リルラが首をひねった。
「なあ、クート、さっき服屋でも思ったんだけど、店員に渡した紙はなんニャ?」
紙? 伝票? いや、違うか。
「お金だよ。千円札」
「お金!? 紙がお金なのかニャ?」
「ああ、リルラの世界では違うのか?」
「お金っていえば銅銭ニャ。銀貨とか金貨とかもあるらしいけど、ボクは見たことないニャ」
つまり、リルラの世界では紙幣がなかったと。
「こっちの世界では紙のお金があるんだよ。コインも使うけどな」
「うニャァァ、ボクの世界ではありえないニャ」
次々とカルチャーショック状態らしい。
こりゃあ、今日のところは早く家に向かった方が良いな。
これ以上はリルラの頭がオーバーヒートしてしまいそうだ。
(だけどなぁ、ばあちゃんの家に行くためには最大の試練があるんだよな)
案の定、電車に乗るとリルラが騒いだ。
「うニャァァァ。なんじゃこりゃニャァァァ。とんでもないスピードニャ、死ぬニャ、ボクらはこのまま死ぬニャ! クート、短い間だったけどお世話になったニャ、お子様ランチおいしかったニャァァァ」
おいおいおい。
車内で叫んで俺にしがみつくな!
他の乗客の目が痛すぎる!!
「リルラ、落ち着け。これは電車だ。ただの乗り物だ!」
実際のところ、電車に乗るまでも大変だった。
何しろ世界一の大ターミナル新宿駅から乗ったのだ。
周囲のありとあらゆるものが、リルラにとっては初体験。
いちいち、ニャアニャア驚き叫んでいた。
そんなリルラをなだめ、なかば引っ張るように電車に乗せたのだが。
結果がこれである。
俺にしがみついて号泣状態。
「死ぬニャ、もうダメニャ」
そんなことを言っている。
(まいったなぁ)
ばあちゃんの家の最寄りは立川駅。
それなりに遠い。
「なあ、リルラ、落ち着いて。ただの乗り物だから。車……っていうか、馬車の速いバージョンみたいなものだから」
リルラの世界に馬車があるかは知らんが、文明レベルを聞いていると、きっとありそうだ。
「ほんとに? 本当に大丈夫なのかニャ?」
「大丈夫だって。ほら、リルラより小さな子もおとなしく乗っているだろ?」
椅子に座っている5歳くらいの男の子をしめしてやった。
「う、うん、勇気がある子だニャ」
勇気とか、そういう問題じゃないと思うけどな。
「だから、リルラもさわがない。みんなに迷惑だろ?」
「わかったニャ」
……とまあ、そんなかんじで。
さすがに新宿からしばし電車に揺られ、国分寺駅に停車したあたりでリルラも電車に慣れたっぽい。
その後は静かになった。
立川駅で下車し、俺たちは家へと向かった。
拙著をお読みいただきありがとうございます。
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