閑話 女神ウルザⅥ
ウルザは前よりも明らかに焦燥している様子であった。
魔神ルフェルや獣神ライカロープといった者たちとの領域争いを一時的に中断してまで、裏切りの勇者大河と、その裏切り者を匿っている従属神を見つけるべく戦力を総動員させるが未だ見つからない。
更には、ウルザ陣営が内側でゴタゴタしているのを幸いにと、ルフェルやライカロープ、最近ウルザの支配下から逃れた樹神エルフィードなどが活発に動き始めた。特にルフェルは信者である魔獣を使ってウルザ陣営の内情について調べようとしてきており、今の状況を魔神陣営に知られる訳にはいかないウルザは、その対応にも神経を注がなければならず、これまで以上にタスクと心配事に忙殺されるように過ごしていた。
そんな矢先であった。
[なんで!? どうして、クレアの居場所が確認出来ないのよ!]
シンドウ・クレアが失踪した。
裏切り者を匿っている陣営を炙り出すために、従属神たちの支配領域を回らせていた勇者クレアが忽然と姿を消し、主神の権能を使っても居場所が分からなくなってしまったのだ。
[いつから? 普段なら定期的に見守っているのに……]
倹約家、というか自分のためにしかポイントを使う気のないポイントの亡者であるウルザは、自分の勇者のためにポイントを使うことを極端に嫌う。
しかしクレアなどを筆頭に他神に改宗することを許容できない勇者たちは、定期的に位置情報の確認などを行い、裏切らないかのチェックしていた。大河というウルザ史上最低最悪の勇者が誕生してからはそれが顕著であった。
しかし、忙しさのあまりしばらく確認を怠っていたところ、クレアの『精神傀儡』が必要な事案があり呼び出そうとした今のタイミングで、クレアに干渉できなくなっていることに気が付いたのだ。
ウルザは直ぐに普段から報告役を務めている従属神の1柱を呼び出す。その従属神も謀略に秀でたウルザ陣営の屋台骨を支えていると言っても過言ではないクレアが居なくなったという緊急事態に思わず息を呑む。
[……し、失礼ながらシンドウ・クレア様は改宗はなされていないのですよね?]
[当たり前でしょ! クレアが自発的に姿を消したと、そう言いたいの!]
[い、いえ。そういう訳ではこざいません。ただシンドウ・クレア様の『精神傀儡』のように精神操作系のスキルを使われ無理やり改宗させられるなどの可能性はあるかと……]
従属神は、実際、逃げられたのではないかと思っていた。支配領域や信者たちを抱えている神々では、そう易々と裏切ったり従属する先を変えることはできない。
しかし勇者、それも『精神傀儡』という稀有なユニークスキルを持つクレアであれば、幾らウルザ陣営が2大勢力であろうと別の陣営に行く選択をする可能性はあるだろう。今のウルザ陣営の状況では特に。
そんな本音が思わず飛び出てしまった従属神は、慌てて弁明をする。
[……違うわ。クレアは私の勇者よ。当然ね]
[不快にさせてしまい申し訳ありません。シンドウ・クレア様の居場所の最終地点はどこになるのですか?]
[……クレアが消息を絶ったのは辺境の『スチル』って街よ]
[『スチル』、錆びた街『スチル』ですか。鉄神アインの支配領域ですね]
[鉄神……といえばあの髭オヤジの元従属神だったわよね?]
[髭……はい鉱神の。ですが鉱神は先の一斉粛清の際に裏切り者ではないと……]
[その時裏切り者ではなかったけど、今回、裏切り者かどうかは分からないわよね?]
[それは、そうですが……ですが、]
ウルザ陣営の中で怪しい従属神たちが保有する勇者たちを全滅させ、裏切り者を炙り出そうとした一斉粛清。
ウルザ陣営に所属していれば安心であるという信頼を叩き落とすのと引き換えに行われたあの作戦によって、鉱神たちの嫌疑は晴れた筈であった。そんな中で、またクレアが『スチル』付近で消息を絶ったというだけで疑うとなると、ただでさえ地を這っているウルザ陣営への信頼は、地の底に落ちていってしまうだろう。
これまでイエスマンであった従属神の予想外の抵抗にイラつきを隠せなくなったウルザは、見下したような視線を向けながら言い放つ。
[それなら、『スチル』近辺をお前が調査してクレアを見つけ出しなさい。もし出来なかったら……分かっているわよね]
[…………分かりました。探させていただきます]
ウルザからの突き放したような冷たい言葉に、従属神は希望を失ったような表情を浮かべながら静かに頭を下げるのであった。




