シンドウ・クレア後編
「や、やめなさ……はっ! 夢……じゃない。ここはどこ?」
『惰眠の呪い』によって眠らされていたクレアが目を覚ます。
目を覚ましたクレアが、周囲を見渡してみると自分は見知らぬ場所に閉じ込められているようであった。
「牢屋? 何が……確か突然レイアが部屋に入ってきて……」
惰眠から覚めたばかりということもあるが、眠らされる前の出来事があまりにも衝撃的過ぎたためか記憶が混濁しており、状況を飲み込むのにしばしの時間を有した。
「そうだ、あの女に眠らされて連れ出されたのね! ……ということはもしかしてここは不死族の、いやシーラ陣営の支配領域?」
しかし徐々に記憶も鮮明となっていき、クレアは、ようやく現在自分が置かれている状況を把握する。
鉄神アインの支配領域である街に滞在しているのは最中に突然レイアに襲われ、拐われてしまったのである。
しかも眠らされ連れ出される前にレイアは、ここでは殺せないから場所を移すと言っていた。そのため、少なくとも現在地はウルザやその従属神の支配領域では無いのだろう。
かなり絶望的な状況である。クレアが単なる1人の信者であれば泣き喚いていただろう。
しかしクレアは勇者のため、最悪の展開は免れられるというセーフティがある。そのためこんな状況でも取り乱さずにここから脱出する方法について考える事ができた。
「……あのー」
「……眠らされてからどれくらい経っているか分からないけど、助け出されて無いと言うことは、下手したら拐われた事にすら気付かれてない可能性すらある」
「……すみません」
「それよりも問題なのは、私のスキルがあの女に通用しなかったことね。なぜ通用しなかったのかも分からないとなると、ここから脱出する以前の話だし。そもそも……」
「あのー、すいませーん」
「なに! さっきからうるさいんだけど!?」
しかしそんなクレアの思考を邪魔する声が聞こえてくる。最初は無視を決め込んでいたクレアであるが、再三の呼び掛けに怒ったクレアが声のする方向に目を向ける。
声の主はクレアが囚われている牢とは別の牢に囚われている者であった。クレアたちがいるこの場所は僅かな光しか入ってこないほど薄暗く、遠くで人らしい影が動いている様子がうっすらと見える程度であった。
「それでなに!?」
「す、すいません。もしかして貴方は鉄神アイン様の勇者の方かと思いまして」
「はぁ? そんな……いやなんでそう思ったの」
その者はクレアを鉄神アインの勇者だと思っている様子であった。誇り高いクレアとしては、本来の主神の従属神の勇者と間違えられるなど許せない事であった。
しかし、顔すらしっかりと見る事ができない地下牢内で、自身を鉄神の勇者だと思った理由に興味を持ったクレアは、話を引き出そうとする。
「あ、いえ。僕が捕まって直ぐに連れてこられたので、もしかしたらと思いまして。もしそうなら僕のせいで捕まった事を謝りたくて」
「アナタの…………そう。別に気にしなくていいわよ」
「あ、やっぱりそうだったんですか……すみません。僕を匿うためにアイン様が派遣してくださったと言うのに。ウルザ陣営じゃなくてシーラ陣営の追手が迫ってるなんて予想外でした」
「シーラ陣営、追手……アナタ! もしかして……オリガミ・タイガ?」
「え、はい。あ、そうか。シーラ陣営と関わりの無い鉄神アイン様の陣営にはあまり知られていないのかもしれませんが、僕らを襲ったのはレイアっていうシーラ陣営の勇者なんです。『シイアの大森林』から僕を追ってきていたらしく、今回貴方を巻き込む形になってしまいました」
そして男の話を聞いたクレアは驚愕してしまう。まさかよく分からぬまま投獄された牢屋で、今現在ウルザ陣営を騒がせに騒がせている裏切りの勇者オリガミ・タイガと言葉を交わすことになるとは想像すらしていなかった。
そのため若干、怪しい反応をしてしまうが、捕まっているというのに警戒心の欠片もないタイガは、クレアを疑うこともなく、クレアがシーラ陣営について知らなかったが故に状況を把握できていないのだと判断し、一生懸命今の状況について説明し出す。
「……あ、でも安心してください。僕が説得して貴方は解放するように掛け合いますから」
「……でもアナタは? シーラ陣営から逃げ出したのよね?」
「大丈夫です。『自爆』を強要されたり魔神陣営に売られたりするかもしれませんが……これ以上、逃げ回って他の方々に迷惑を掛けるよりはマシです」
「……魔神陣営に。いや、諦めず、ここから脱出する方法を一緒に考えましょう」
クレアに下りてきている情報は少ないが、魔神陣営に売られそうになった事を機にタイガはシーラ陣営から逃げ出したと聞いている。
確かにクレアが鉄神アインの勇者であれば、タイガが大人しくなるのであれば、ほぼ無関係と言っても良い勇者1人を解放することもあるだろう。少なくともタイガを魔神陣営に売り飛ばした後でなら。
しかしクレアは鉄神アインの勇者ではない。仮にタイガがシーラやレイアに懇願した所で、クレアに対する対応が変わる訳もない。しかもウルザが最初に下した命令は、シーラ陣営が魔神陣営の軍門に下るのを阻止せよであった。
今でさえ錯乱状態であるウルザであるが、タイガが魔神陣営に所属したと知れば、状態は余計に酷くなるだろう。それだけは止めなければならない。
「ですが、ご存じかもしれませんが僕のスキルは『自爆』、脱出の役には立ちません」
「それでも」
「大丈夫です。こう見えてレイアさんも僕の言うことなら……」
「あー、もういいわ! 『アナタは私の言うことに従いなさい』」
「……はい。分かりました」
口で説得しようとしたが、タイガの意志は固い。普段から『精神傀儡』に頼って生活しているクレアに説得は難しかった。そのため思わず『精神傀儡』を使用してしまう。
「あ……まあ、いいわ。私が命令しないと動かないのは面倒だけど、脱出できれば良い手土産になるわ……手土産」
若干手間な部分もあるが、結果オーライである。そう、クレアは思った。
「そうだ、最悪脱出できなかったときのために裏切り者を匿っていた神のな……ま、え」
そして、それが最後の思考となった。
身柄を持ち帰れなかった場合の手土産について考えていると、突然胸に激しい痛みを感じ、そのまま意識は闇へ消えていってしまう。
「……私はウルザが許す筈は無いと思った。でもタイガは許す可能性もあると考え茶番を演じた。だから万が一許される事があったら、ウルザにしっかり誤情報を伝えてねクレア」
そのため、当然どこか嬉しそうなこの声も、クレアが聞くことは叶わないのであった。




