シンドウ・クレア前編
シンドウ・クレアはうんざりとしていた。
クレアは、『精神傀儡』という最高クラスのユニークスキルを獲得した事によって、この世界の二大神の一角であるウルザの寵愛を受けるという幸運に恵まれ、転生以降特に苦労することもなく悠々自適な勇者生活を送っていた。
しかしここ最近、その生活に陰りが見え始めていた。
「だから! 私はつい先日蘇生されたばかりなの! まだレベルもスキルも元の水準までもどってないの!」
「それは分かっておりますが、ユニークスキルの使用に支障はありませんよね?」
最近のウルザはとある勇者が原因で情緒が安定せず、寵愛されていた筈のクレアでさえ他の底辺勇者たちと同様こき使うようになってしまったのだ。
そんな事情もあり、『精神傀儡』を使っての人探しをウルザから命じられていたクレアは、現在、魔族領との境界線付近に存在する寂れた街にある一番高級な宿に滞在していた。
ウルザから特別甘やかされていた事もあり、ウルザの命令であろうとやる気を見せないクレアであるが、つい先日、任務中に奇襲に遭い、死亡ペナルティを受けたばかりという事もあり、街に出ず宿に引き籠っていた。
「はぁー、そもそもこのアタシが何でこんな辺境の街まで回らなきゃならないのよ」
「……仕方がありません。ここは鉄神アイン様の支配領域ですので」
「今、ウルザ様が一番疑っている鉱神ノワームの従属神だった神様でしょう。分かってるわよ!」
「でしたら我々と一緒に……」
「ああ、うるさいうるさい。『アタシがよしと言うまで、お前たちだけで鉄神アインの勇者を探しなさい』」
「……はい、分かりました」
クレアの理不尽とも思える命令を受け、先程で説得をしていた勇者たちは素直に部屋から退出する。
クレアを護衛として複数の勇者が側仕えとして派遣されているが、既に彼らはクレアの『精神傀儡』によって操り人形と化していた。普段は自由行動を許しているが、口煩く喚けば今のように命令し大人しくさせる事ができる。
「本当に……あーあ、早く裏切り者が見つかって前の状況に戻ってくれないかな。そうしないと私の身が持たないわよ。ただでさえ少し前にあのゾンビ女に殺されたばかりなの……」
そうして1人になった部屋で愚痴を言っていると、部屋の扉を開けようとする音がした。
「ちょっと。アタシがよしと言うまで帰ってくるなって言ったで……」
「残念。お前の操り人形じゃない」
「誰!? な……お前は」
クレアは、一瞬命令が上手く伝わらなかった勇者たちが部屋に戻ってきてしまったのかと思った。しかし部屋の扉を開け入って来たのは、別の人物であった。
「『コンボ』近郊で殺されて以来のゾンビ女だ。嬉しい?」
「なん、何でお前が、こんな所にいるのよ……レイア!」
ウルザの勇者という立場を捨てて、女神シーラという零細神の元に改宗していった元同僚レイアが目の前に立っていた。
そんな彼女を目の前にしてクレアは自身が震えていることに気が付く。しかしそれは仕方がないだろう。何を隠そう目の前の彼女こそ、先日クレアを死亡させた勇者であった。
「前と同じ。お前を殺すため……って言いたいけど違う。ここでは殺せないから場所を移す。ついてこい」
「そんなこと言われてハイそうですかとついて行くと思う?」
「……来ないなら力ずく」
「そんなことしている間に直ぐにウルザ様が気付いて……」
この場で殺される事は無いと言われて内心安堵するクレア。勇者の中には蘇生されるため死を恐れない輩もいるが、彼女は違う。何度経験しても死は彼女にとって恐怖の対象である。
そのため、レイアの言葉によって多少精神的なゆとりを取り戻したクレア。しかし冷静になったが故にレイアが無策でこの場に現れる訳は無いと言うことにも気が付いてしまう。
「ウルザが気付いてくれるといいね」
「なるほど。裏切りの勇者を匿っていた陰湿なアンタたちだもんね。主神から見えなくするなんて簡単よね。なに? 結界でも張ったの?」
「さあ?」
あのウルザが自身の勇者を必死に探しても見つからないように隠した陣営である。
わざわざ姿を見せたということは、ウルザに視られないように準備をしてきたのだろう。となると、自力でこの場面を切り抜ける以外の道はクレアには残されていなかった。
「白々しいわね」
「仮にそうなら頼みの援軍もこない。どうする?」
「どうするも何も……」
レイアの問い掛けにクレアは大人しく手を上げ、降参のポーズを取るふりをする。そして若干レイアが力を抜いた瞬間を見逃さず、喉に力を込めて発声する。
「『アタシを安全な場所まで送り届けなさい!』」
「……!」
クレアの『精神傀儡』で人を操るには、相手に直接触れるか、命令を聞かせなければならない。しかしクレアが命令を下している間に、歴戦の勇者であれば攻撃を放ったり、声の届かない地点まで退避することが可能である。実際、先日レイアに殺された場面も、命令を発しようとした瞬間に切り刻まれてしまったのど。
その経験があるからこそレイアは今回は大人しく従うだろうと考え油断していた。加えて向こうがこの場でクレアを殺す気がないのであれば、瞬時に攻撃しようとすれば躊躇してしまうだろう。
そのため不意打ちでの『精神傀儡』が通用するとクレアは考えたのだ。
「あ、危ない。あの一瞬で剣を抜いて斬り掛かってくるなんて。本当にこの世界の勇者たちは化物みたいなのしかいない。まあでも、そんな化物もアタシの言葉ひとつで……」
「……もういい?」
「アナタに発言を許した覚え……えっ!」
「もういい?」
確かに『精神傀儡』は発動した。命令はしっかりとレイアの耳に届いた。
発動しさえすれば最強である筈の『精神傀儡』を受けて、しかしレイアは操り人形にはなっていなかった。
「なん、何でアナタ『精神傀儡』を」
「なんで? 体質?」
「馬鹿を言うな! 体質で私のスキルを防げる筈が……そもそもウルザ様の元にいた頃、アナタは私の命令で何度も捨て駒に……」
「さあ? まあそんなことよりそろそろ黙る……『惰眠の呪い』」
「な、って……ぐぅ」
『精神傀儡』が不発に終わり、激しく動揺するクレアを黙らせるように、レイアは呪いで彼女を眠らせるのであった。




