黒猫の獣人ワール
獣国『ベスティア』に対して激しい侵攻を続けていたウルザ陣営の突然の撤退や同じ亜人族として長らく親交のあるエルフ族がウルザ陣営から『イグドラシル』を奪還するなど吉報が続き『ベスティア』が喜びに包まれていた。
その一方で、『ベスティア』の盾である百獣ノ騎獅団において、小隊長という要職に就く黒猫の獣人ワールは焦っていた。
「本当にまずい! エルフの件もだけど、ウルザ陣営が撤退したのが致命的だ。先日まで一定の主張が認められていた融和派が途端に国民の反発を食らうようになってしまっている!」
ワールはウルザ陣営に『ベスティア』の情報、主に軍事的な情報を流したり、『ベスティア』内に融和思想が広がるように暗躍したりなど内通者として活動していた者の1人であった。
当初は獣人族が生き残るためとはいえ、国や所属を裏切ってウルザ陣営に情報を流す行為に罪悪感を覚え、取り返しのつく情報だけを選別して送っていたワールであったが、ドワーフ、エルフと次々にウルザ陣営に下っていく姿を目にした結果、独善的な思想に染まっていった結果、精力的に内通者として活動するようになっていた。
そして取り返しのつかないレベルまで手を染めてしまった矢先に今回のウルザ陣営の撤退であった。
その結果、ようやく若年層や歴の浅い勇者たちの間で広まり始めた融和思想も一瞬で下火となってしまっていた。
「獣人族に融和思想を広めるのにどれだけ苦労したと思ってる。それをこんな一瞬で……しかも諜報活動を行っていたせいで、騎獅団員として実績を上げられていないし」
しかもそれに加えて、ワールは、内通者として入手していたウルザ陣営の作戦の一部を利用して、自身が長を務める隊を比較的被害が少なくなるエリアに配置されるようにするなどの画策も行っていた。
それによってワールの隊は他の隊よりも危険に晒される場面は少なかった。しかしそれは敵を倒す機会が少ないということであり、結果としてワールは長い期間手柄を立てる機会を逸し続けていた事になる。
近い将来、獣人族がウルザ陣営の軍門に下るのであればそんな些細な事を気にする必要は無かったのだが、このままではワールは小隊長という役職を失ってしまうかもしれない。
「それもこれもウルザ陣営を裏切った勇者のせいだ。出来るだけ早く捕まって処されて欲しいものだ。っと、もうこんな時間か。そろそろ職務に戻らないと……」
「あ、おーい、ワール小隊長!」
その未来を回避するためには、ウルザ陣営が侵攻を中止し撤退した原因である『自爆』の勇者なる存在が速やかに発見されなければならない。
そのためワールは『自爆』の勇者の不幸を願いながら普段の生活に戻ろうとする。
そんな時、ワールに声を掛けてきた者がいた。
「あ、これはこれは、ベリハス副団長。どうされましたか?」
「今日の午後から『牙の森』の巡回を担当するのはワール小隊長の隊だったよね?」
「はい。そうなっております」
「ああ、よかった。伝え忘れていたんだが、今日の巡回は『牙の森』は行かないようにしてくれ」
「え! 行かないようにですか? 今日何かありましたか?」
ライカロープの勇者であり、百獣ノ騎獅団で副団長も務めている狼犬の獣人ベリハス。兎に角戦闘能力に優れており、『ベスティア』でも獣王レグルスに次ぐ実力者としてその名を知らしめている。その上、強さを鼻に掛けず誰とでも対等に会話をするため誰からも慕われている存在であった。
しかし、そんなベリハスに対するワールの評価は一般的な評価とは真逆であり、組織の重役に据えるにはあまりにも情報管理の意識の欠けた阿呆というものであった。
「ほら、この前の、光神様がライカロープ様に接触してきたって話あっただろ。ウルザに一矢報いるための勇者がってやつ。あれが今からあるんだよ」
「えっ!?」
「うん? あれワール小隊長……あ! やべ。そうか。これ小隊長クラスには下りてないのか」
「は、はい」
元々叩き上げの兵士ではなく、ぽっと出の抽選勇者によくある性質なのだが、ユニークスキルや勇者としての身体能力によって重役に据えられるため、そういう細やかな意識がなっていない者たちが多いのだ。
言ってしまえばワールのような内通者にとっては絶好なカモである。
「そうか……やっちゃったぜ。すまんワール小隊長、聞かなかった事にしてくれ。じゃないと俺がレグルス様とフォルティス団長に大目玉食らっちまう」
「分かりました。内密にしておきます」
「また酒でも奢るから頼むぜ。あと『牙の森』には近付かないようにな」
「……はい。承知しました」
そう言い残し、気まずそうな表情を浮かべながら足早にその場を後にするベリハスを見送ったワールは、ベリハスの姿が見えなくなってから暗い笑みを浮かべるのであった。
「ウルザに一矢報いる勇者、光神ルミナ……ねぇ」




