第40話 新しい一歩のために
次回、最終話です
朝7時10分更新します
「なあに?」
にこにこと嬉しそうなライラックに、リンはどう切り出そうかと言葉に詰まった。
「……私、知らないことが、多いの」
一度目の人生では、都合よく扱われて終わった。
二度目の今、必死に生きたつもりでも、その視野はとても狭いのだと自覚する。
――忘れてしまった、ロスとの思い出も。
お茶会の記憶や文通で交わした言葉、そのどれもリンはほとんど覚えていない。
リンの穴だらけの記憶では、ライラックの想いに答えれるだけの自分がそこに居ない。
「そんなこと、これから知っていけばいい」
どこまでも甘く囁くロスの声は、リンを責めたりはしない。きっと、これからもそう。
勧められたフルーツを口にいれれば、甘酸っぱい味が広がった。
「私の隣にいることで、リアが引け目に思うことは一つとしてない」
「でも、それじゃ私、変わらないわ」
――言いなりだったあの時と。
即座に否定してリンはカメリアだった頃を思い出し、ぎゅっと拳を握る。鈍い痛みが、そこにあった。
「今、誰を思い出した? あんなのと私を、一緒にしないで?」
フォークを皿へと置いて、ライラックは拗ねたように言う。その瞳が悲しげに歪んでいた。
そうじゃないとリンは横に頭を振って、思いを吐露する。
「私、ちゃんと自分の足で立ちたいの。逃げるんじゃなくて、向き合いたい」
リンはこれまで、流されて、逃げてきた。そして今、もういいのだと言われた。
仮に全てが元に戻るのだとしても、無かったことには出来ない、したくない。
――ミレットで、ウィローみたいな子をもう生み出さないように。
アスフォデルが統治をすると言っても、そう簡単に人の意識は変わらないだろう。
そしてライラックは王で、リンは兵だ。
伯爵令嬢として戻っても、今のままではリンに出来ることはない。
――例え、どれだけ必要とされたとしても。
それに甘えては、お飾りの言いなりだった頃と変わらない。
「ロスが待っていてくれるのなら、私はグラシオラスで正しい知識を学びたいと思ってるの」
かの国は教育に熱心な国だという。それに、魔法使いを加護と呼んで神聖視するほどの文化の違いがある。
「……それは私の元で、アスフォデルでも学べることだよ」
驚きに目を見開いて、ライラックは俯いた。かき消されそうなほどか細い声が、ポツリと聞こえる。
「そうね。でもグラシオラスの国も知りたい。アスフォデルの市井も、少しは知ってるし。
知見を増やして、その上で私は貴方の隣に立てるようになりたい」
王としてすでに立つライラックの隣に、今のままでは、リンはふさわしくないと思う。
彼だけがそれを気にしないことも、この数日で分かってしまった。
「次はちゃんと貴方の元に帰ってくるから、お願い、行かせてくれない?」
「……リアは酷い。初めてのお願いが、私の元から離れることなんて」
リンの肩を掴んで、ライラックは悲痛な声をあげた。
見上げた彼は、頼りないほどの泣き顔で笑っていた。けれどそれも一瞬のことで――。
「アスター! リアの留学の手続きを」
扉に向かって声を張り上げたライラックは、もう泣いてはいなかった。
「……ありがとう」
その早さに呆気に取られながら、リンはライラックに感謝を述べた。
それに、ライラックも仕方がないと息をつきつつ、不敵な笑みを浮かべた。
「リアの、初めての願いを断るほど狭量な男と思われたくない。
護衛をつけるし、無茶は許さないからね。
それから、帰国したら婚姻を結ぶよ。もう、待たないから。
リアのお願いを聞くんだ、私にもご褒美はあっていいだろう?」




