第37話 張り詰めた糸が切れる時
目元を真っ赤に腫らし、泣き疲れて眠るリア。
穏やかな寝息を立てる、あどけない少女の額に、ライラックは口づけを落とす。
いつまでも眺めていたいその愛らしい姿が冷えないよう、ライラックは布団を掛けた。
そのまま静かに立ち上がると、部屋を出る。
「ナイツは何人、戻ってきた?」
壁に持たれ控えていたアスターに、ライラックは話を振る。近状報告の書類を受け取って、目を通していく。
「四人ですね。残りは、粘ってるのか遊んでるのかと言ったところかな。急かす?」
「いい。リンに護衛をつける。選別しておけ、それと……」
好きにしろと命令を下している。戻ってきていないナイツに、とやかく言うつもりはライラックには無かった。
それよりも、リアの周囲を固める方が先だろう。
顎に手をやり、目を細めてライラックは記憶を辿る。
確か従騎士として同室者がいたはずだ、名前は――。
「ジニア、と言ったか。ソイツをナイツに入れろ。拒否するようなら――」
「すでに監視はつけてるよ。拒否もしないと思うけどね。彼女を医務室に連れていったの、彼らしいから」
アスターの言葉を受けて、ザワリと空気が震える。ライラックの金の瞳が、嫉妬に駆られ怪しく光った。
「体よく片付けようか?」
臆すること無く涼しい顔でアスターが、提案してくる。
それが出来たら、どんなに良いか。甘い誘惑を蹴って、ライラックは頭を振った。
「……いや、仮にもリンを手助けしていた男だ。腹立たしいが、機会は与えるべきだろう。それに居なくなれば、リンが気にする」
――そう、全てはリアのために。
リアを泣かせることは、極力避けなければならない。
片付けるのは、いつでも出来るのだ。今はまだ、その時ではないだろう。
「従騎士リンに詳しいのも事実だ。最近の彼女について、うまく吐かせておけ」
目を通した書類をアスターへ返し、ライラックは再び、部屋の扉を開ける。
「ミレットは、アスター、お前がシグラズルと共同で進めておけ、サインが必要なら書こう。
俺は、ヤツらの前には姿を出さない方がいいだろうからな」
先ほどとは別の、ほの暗い感情が陽炎となって空気を揺らした。
殺しても殺したりない、けれど殺す価値も、もうない。
舌打ちをして、漏れでた力を抑えるとライラックは部屋へ戻った。
死に戻りの秘術で、ライラックは一度目の生の力をそのまま引き継いでしまった。
元々の強い力が、単純計算で二人分だ。気を抜けば、暴発のリスクが高まる。
リアに会うための代償と言えるのが、それくらいなら可愛いものだ。
けれど、笑えないのはリアの様子の方だった。父に宛てた彼女の手紙の内容やライラックとの会話から、記憶障害にも似たものを感じていた。
些細なことではあるが、積み重なれば不安となって、いつか現れるだろう。
ライラックにとっては些事ではあるが、リアにとってはそうではないはずだ。
――これ以上、辛い目に合ってほしくない。
失った時間を、傷ついた心を、取り戻せるなら、取り戻そう。そのためにこれから心を砕こう。
――願わくば、リアの笑顔をいつか。
起こさないように、そっとベッドに潜り込む。
愛しいリアをその胸に抱え、ライラックは目を閉じる。
彼女の体温が、鼓動が、吐息がその全てが生きていると教えてくれる。
眠る度に、あの雑な並べ方をされた瓶が並ぶ部屋を思い出した。
夢の中、あの施設でずっと生きた彼女を探し続けた。
けれど何度探しても、探しても、見つけたのは彼女の瞳だけだった。
温かい微睡みの中、ライラックはようやく張り詰めた心が崩れていくのを感じた。
きっともう、あの夢を見ることはないはずだ。
――リアが、ここにいるかぎり。




