第36話 孤独の終わり
「陛――」
涙で揺れる視界、今まで築いたものが足元から壊れていく戸惑いに、リンはどうしていいか分からない。
「ロス。ロスだ、リア。
……無理なら、ライラでもいい。ナイツたちも、そう呼ぶからっ」
リンの肩を掴み、リンの胸へと顔を埋めて、陛下は力強く、そう懇願する。
「リアに陛下と、そう呼ばれると、拒絶されてるようで、胸が引き裂かれるほど、痛い……」
その声は、段々と消え入り弱々しく震えていた。彼の手もまた、同様に震えている。
その姿はまるで、このまま彼自身が、消えてしまいそうだと錯覚するほどだ。
――今の私に、出来ること。
「……ロ、ス。」
声に出すだけなのに、どうしても勇気がいった。無邪気に呼んだあの頃とは、もう何もかもが違う。
今のリンには、ロスと文通をした記憶もないから、なおさらだ。
前世も合わせれば、それはリアにとって十年以上続いた、長い歳月の果ての再会なのだった。
「ロス。私……、貴方に、会いたかったわ」
処刑台に立って見た、走馬灯の中でリアが思い出した少年。
死に戻った時に、思い出せなくてリアの心に引っ掛かった違和感。
施設で捕まった時にリンが垣間見た、過去の記憶の欠片たち。
おぼろ気な過去の記憶でしか、見ることの出来なかった、淡い気持ちを向けた相手。
「私、そう。ロスにずっと、会いたかったの……」
隣国の教会へ身を寄せた。男の子のリンとしての平穏な生活は、安心もそこそこの幸せもあるけれど、とても空虚だった。
自ら志願した先の訓練では、一度目の生に懺悔するように、がむしゃらに打ち込んだ。
自分の弱さを、全て過酷な訓練へと追い込むことで、見ないふりをした。
前世よりも貧相な身体は、兵士として望んだ姿。
濡れた艶めく青い髪から、くすんだ青みの残る濃いグレーの髪へと変貌したそのリンの姿に、もう戻れない過去を突きつけられた。
ジニアや同期生、上官やシスター、子どもたち。偽りの自分が付き合うには、常に後ろめたさと、これから先の不安に駆られて怖かった。
家族へ手紙を書こうと、筆に手を伸ばしたこともある。けれども前世がちらついて、一度も書くことは出来なかった。
何がきっかけで、何がどうなってしまうか不確かな未来に、リンはとても不安だった。
再会した家族は、リンを見てそれでも喜んでくれた。けれど、前世がちらついて、やっぱり苦しくて。
――今、私の目の前に、彼がいる。
汚れてしまった。変わってしまった。もう、綺麗で美しい令嬢のカメリアじゃない。それでも、リンでいいと彼は言ってくれた。
一度目も二度目の今も、リンの全てを知ってなお、それでいいと、彼が言った。
「こんな、私で良いの……ロス?」
涙ぐんで、震える声をリンも絞り出していた。
――そう。一人はずっと、寂しかった。
手の甲まで、しっかりと巻かれた包帯では、指先までリンは力が入らない。
けれど、添えるようにリンに覆い被さるロスの背中へと、手を回した。
「――っ! リア。私も、ずっと君に……会いたかった。
君がいい。君だけがそばにいてくれたら、それでいいんだ」
ロスは、リンの背中の傷を気遣って、横向きに二人で寝転がった。ギシッとベッドが沈む音がする。
僅かにリンの背中が痛んだけれど、それよりもロスに守られている安心感が勝った。
リンの頭をロスは、その手でしっかりと包み込んでいる。
温かい温もりと、優しい香りに包まれて、リンの冷えた心に、その言葉は少しずつ染み込んでいった。
溢れた涙は、止まることなく流れ続けた。
あの日、家族の死を悼むことも出来なかったリアの分まで。
それこそリンは、子どものように声をあげて、泣き出した――。




