第35話 その執着が辿り着いた未来
「リンが死に戻ったのは、私のせいだ。君が悪かったことは、一つもないんだ。
あるとするなら、それは私だろう。君には、私を恨む権利がある」
固い声で、陛下がそう言った。金の瞳を歪ませて、表情を消している。
「……私、は」
途方もないような、話を聞かされた。
ただ、淡々と陛下は真実を述べてくれた。
ただ、リンのために。そこに情を一切込めずに、話をしてくれた。
その陛下の優しさが、リンには重い。
どう受けとめていいのか、分からない。
だってずっと一人で、逃げるのが正しいと思っていたから。
――血が。
リンのものではない、鉄の匂いを嗅ぎ付けて、瞳をさ迷わせたら、陛下の握りしめた手が僅かに震えて、赤い雫が落ちていた。
――ああ、この人も。
私と同じ、一度目の生を失くした人なのか。
私が死んだ、後の世界を見た人。
私の知らない、私を知る人。
「文、を交わしていたの、ですか」
「ああ。一度目では君が王城に行くまで。死に戻ってからは、君が死に戻る前まで」
リンの口から出たのは、何も脈絡もないことで。けれど陛下はそれに、応えてくれた。
「……どうして、私を」
「一目惚れしたんだ。君のいない世界は、私には本当に耐えられなくて。
どうしても、君と、もう一度やり直したかった。二度目の生では、ただ君だけを、ずっと探し続けていた」
そう言った陛下は、今にも泣きそうな顔で、リンを見つめてきた。
その瞳に、リンの胸はきゅっと締めつけられる。
――どうして、この胸が痛むの。
「王太子の地位では、権力に限りがある。
アスフォデルの秘術は一人につき一度だけ。私は二度も、同じ過ちを犯すつもりはないからね。
死に戻ってすぐ、アスフォデルの秘術を駆使したと、父上に紋様を見せたんだ。
数年後、貴方は過労で病に倒れると伝えれば、快く代わってくれたよ。あとはリンが見てきた通りだ」
――それは、脅しでは。
形容しがたい思いを胸に抱えて、ぼんやりとどこか遠くに聞いていたリン。
続けて発せられた陛下の言葉に、それは違うだろうと違和感を覚えた。口には出さなかったけれど。
陛下が即位したのは、リンがアスフォデルの教会に居を移してからだ。
国内の憂いを一掃した噂が市井に流れ、徴兵がかかったのは、リンが教会で過ごして季節が巡った後。
――ただ逃げた私と違って、陛下はずっと戦っていたのか。
「リンを探しながら、ミレットの証拠集めも、同時に進めていた。
何かの拍子に、君がまた、捕らわれることのないように。
あの国は、滅ぼしてしまおうと最初から決めていた。
そのための徴兵に、まさかリンが男として志願していたとは……完全に、予想外だった」
「……それは、ジェンティアンが攻められるかもと思ったからで」
陛下の乾いた笑い声が、泣いているように感じて。
リンはちょっと気恥ずかしげに、声をかけた。
――令嬢が一兵士に志願するなんて、変よね。
リンは戸惑いながらも、そっと手を伸ばして、陛下の手に指を触れた。
その手があまりにも痛々しくて、見ていられなかった。
陛下は、とても驚いた顔をして、そして年相応にくしゃりと表情を崩して笑った。
「リンがどう思っていたとしても、生きて会えたこと、それだけが私には救いだった。
君には残酷かもしれない。でも、生きていてくれて、ありがとう」
「――っ!」
それは処刑台に上がった時に思い出した、少年の面影が重なって、リンは息が止まった。
込み上げてくる熱いものに、ぎゅっと目を閉じた。
――だから、あの時。
自分の中で、点と点が一つ繋がったのをリンは感じた。
『っ! ……ああ。――っリア!』
閉じた目蓋の裏、リンを見つけた時の必死な声と、今の泣き顔のような笑顔を向けてきた陛下を思い出す。
『リア、君にはただ、私の無償の愛を受け取ってほしい』
リンが孤独にもがいた時間と同じだけ、陛下はカメリアに恋い焦がれていたのか。
――でもそれは、一度目の。
あの時、もう会えないと抱いた淡い気持ち。二度目の生で、リンはその気持ちに蓋をした。
汚れた自分には、ふさわしくないとリンは自ら手離したのだ。
「……陛、下。私はもう、カメリア・ジェンティアンでは、ないんです。出会った時の令嬢ではないんです。陛下の愛した人物とは、違――っ!」
流れる涙を拭わず、まっすぐに陛下を見つめてリンが叫べば、言い終わる前に口を塞がれた。
「……んん!」
それが口づけだと、リンは遅れて気づいた。
陛下の肩をドンと叩くけれど、リンに覆い被さった彼はびくともしない。
息を詰め、思考が溶かされたリンの手から力が抜けた頃――陛下はようやく、リンを解放した。
「違わない。リアも、リンも、私は、君の全てを愛している。
私を恨んでくれていい。その気持ちごと、私は君を受け入れる」
リンの言葉を真っ向から、瞳に熱を宿した陛下が否定した。




