第32話 父と娘の再会
「え、と……その……」
ベッドから身体を起こして、リンは困惑の極地に至っていた。
――誰か代わって。
見覚えのある造りだと、リンは確かに思っていた。
それもそのはず、そこは生家ジェンティアンの邸だった。
目の前には、リアにしがみつき泣き崩れて寝てしまった母と、静かに椅子に座っている父。
――少し、痩せた?
約六年前に家を出て、初めて相対する父は元々線が細かったが、影まで薄くなってしまったようにリンは思う。
「久しぶりだね。お帰り、リア」
「……はい、お父様。その……、ただいま、帰りました」
ぎこちない挨拶。死に戻る前だって、婚約者だからと王城に居室を移されて、家族とは疎遠になっていた。
――何を話せば、いいの。
今世に至っては、リンは自ら出ていったのだ。それも忽然と、置き手紙だけを残して。
出ていって、すまなかったと言うべきなのか。
迷惑をかけてごめんなさいと、言うべきなのか。
邸に身を寄せている今。再会を無かったことにして出ていくことも出来ない。
リンは包帯を幾重にも巻かれて、両の手に至っては、ドアノブも握れないのだからなおさらだ。
「装飾箱の……リアの宝物入れに、ね。手紙を入れただろう?」
窓の外を見た父が、ポツリと言葉を溢した。それは、一人言のような声だった。
「……はい」
――ああ、言い訳の手紙を、お父様はちゃんと読んだのか。
失踪後にリンを探して欲しくなくて、これから辿る未来の話を、死に戻る前の前世を書き綴った手紙。
「守ってやれなくて、すまなかったね」
「――っ!」
息を詰めて父を見つめた。父は、ただ静かに微笑んでいた。
今世の父はまだ何もしておらず、当然、悪くない。前世だって、嵌められたカメリアが悪いのだ。
「不甲斐ない父で、リアに苦労をかけた。家族にも」
悲しげに笑う父を見て、リンは言葉を詰まらせた。
リンの目頭が熱くなり、ポタポタと雫が落ちる。
「……違います。違います! 私が悪いのです。私のせいで、お父様も、お母様も、皆、皆……」
――首を。
包帯から覗いたリンの指先が、ガリと自身の首を掻いた。何度も、何度も。
大きく目を見開いて、ボタボタと涙が溢れて前が見えなくなる。
あの日のリンはすでに、泣くことも出来なかった。ただ、皆の首を見ていただけで。
まるであの日の分まで涙が流れるように、溢れて止まらない。
「皆の、首が……っ!」
「うん。覚えていない父様が何をと、リアは言うのかもしれないけどね。
リア。その未来の私たちは最期まで絶対に、リアを恨んではいないんだ。だから、もういいんだよ」
父の優しい声が響く。けれど、リンには受け入れられなかった。俯いたまま、慟哭する。
「でも、私が……!」
――本当に謝りたかった、あの父と母。家族の皆はもういない。
死に戻ってきたこの世界は、リンが愚行を犯したことを知らない、優しい人たちしかいない。
「もう大丈夫なんだ。リア。
リアが見た未来は、もう二度と訪れないよ。リアとアスフォデル陛下が変えたんだ」
父が椅子から立ち上がり、リアの傷のない肩を掴んで、優しく話しかけてくる。
けれど、取り乱したリアにはその声が届かない。
何度も、何度も、もしもと、必死にアスフォデルでリンは生きてきた。
けれど、いくら謝っても、いくら過去を変えても、彼らはもう二度と戻らない。
『一人で死ぬのは寂しかろう? 君の無実をうるさく主張するものだから、それならと先に送ってあげたよ。優しいだろう、私は?』
感謝するんだなと、おぞましい声が蘇って、ヒュッとリンの息が詰まった。
――どうして、私なの。私が何をしたの。
周りの音が遠ざかって、リンは過呼吸を起こした。
駆けつけた医師が、鎮静剤をリンに投与する。暗くなっていく視界。遠のく意識の中、リンはただ、謝罪を口にした。
「……ごめん、なさい」
――私だけが、消えてなくなりたかった。




