第33話 一度目の真実
部屋の前、ライラックは扉に手を掛ける。
鍵はかかっていないのに、強固なそれは開く様子がない。
『鎮静剤を打つまでは良かったんだけど……』
ライラックが戻った時、ジェンティアン伯爵が、手当てを受けながら苦笑いを浮かべていた。
ジェンティアン家は、グラジオラスの使節団や賓客が、ミレット王国に来るときの滞在先の一つ。
その為、昔から魔法使いの理解は深い。
ミレット王国の腐敗が、ジェンティアンに及ばなかった理由の一つでもあった。
それは同時に、飼い殺しにされる未来へと繋がったけれど。
過呼吸を起こしてパニックになった彼女に、鎮静剤を打った結果。
感情と連動して膨れ上がっていた行き場のない力が、爆発を起こしたとのことだった。
――王城よりは、マシと思っていたが。
手当てのための、一時滞在のつもりだった。
彼女が望むなら、家族水入らずも良いだろうと機会を設けてみた結果がこれだった。
――ミレットの屑どもが。
どんな感情であれ、彼女の中に自分以外の占める割合が多いなど到底、ライラックには許せそうにない。
それが、彼女の負担ともなればなおのこと。
ライラックは手に力を込める。魔法使い同士なら、拒絶された空間だろうと力の優劣で、押し入ることは容易だ。
ライラックの力は単純に見ても、人の二倍の力を有していたから。
「……起きていたか」
部屋へと入れば、ベッドに横たわったままの彼女が目だけを動かし、チラリとこちらを見てきた。
その目元が赤く、腫れていた。たくさん泣いたのだろう。ひどくやつれている。
無感動な彼女の瞳がライラックに苦い記憶を呼び起こす。
ズキリとした胸の痛みを、目を閉じてやり過ごした。
「……陛下」
「リンが知りたいだろうことを、話に来たよ。聞いてくれるかな?」
抑揚のない声で反応した彼女に、ライラックは、呼び名だけを変えた。
優しい態度だけは変えずに接した。
ベッドへと近づきながら、ライラックは上着を脱ぐ。
さらに中のシャツも、上のボタンを幾つか外す。
訝しげに眉根を寄せている彼女に、左胸の花の紋様がよく見えるように。
「私も、死に戻っている。リンが死に戻ったのは、私のせいだ――と言えば、君は私を恨むかい?」
「は……?」
予想外だったのだろう、驚きに目を見張った彼女。
ライラックはそれを見て、満足げに笑みを深めた。
――負の感情も全て、私に向ければいい。
先ほどの無関心な目より、よほどいい。彼女の興味が引けたことに気を良くして、ライラックは話を続けた。
「アスフォデルは、死の花とも言われていてね。
王家が特殊な魔法を扱うと、兵の講義で聞いたかな。それが、死に戻りの禁術なんだ」
一人につき一度だけ、過去に戻ってやり直せる禁術。
それが使えるために、アスフォデルの王をしているとも言える。
「私は左に、君は首の後ろに、アスフォデルの紋様が刻まれている。禁術の証拠だ」
ベッドに腰掛け、ライラックはこの辺りと自身の首裏を代わりに指差した。
彼女が、首を触られることを厭うからだ。過去を考えればしかたのないことだろう。
――紋様は、それぞれの死因を表している。
リアはギロチンでその首を。ライラックは、自らの心臓を剣で貫いた。
けれど、それを改めて口に出すことはしない。
「リン、どうか一人の男の、哀れな生を聞いてくれないか」
代わりに、ライラックは静かな目で彼女を見た。
彼女はなぜとずっと孤独にと思っていたことだろう。
その答えを与えられるのは、全てを知って、死に戻ったライラックだけだ。
「……一度目の生で私は、リアを婚約者に据えるため、模範的な王太子として実績をつんでいた。お茶会からずっとリアと文通を交わしながら」
他国の伯爵令嬢をライラックが娶るには、いくつもの手順を踏まなければならなかった。
周りを納得させるだけのものを、ひたすらにライラックは積み上げた。
――全てはただ、リアのために。
ガーデンパーティーのお茶会からライラックが帰国して、リアとは、会えない代わりに文のやり取りをしていた。
彼女がミレットに奪われるまで、ずっと。
「魔法使いとしての才に目覚めたリアを、ミレット王国は、野放しにすることを是としなかった。
その結果が、自国の王子との婚約だった」
グラジオラスと親交のある、ジェンティアン家の令嬢。
さらに、アスフォデルのライラックが婚約者にと、密かにリアを慕っていた。
魔法使いを迫害するミレット王国は、カメリア・ジェンティアンをすぐに殺せなかった。
自国の異質さを隠蔽するためだけに、彼女の後ろにある国を、警戒したからだ。
結果、自国の王子の婚約者として飼い殺しを選んだ。
同時に、リア自身にも限定的な情報のみを与え、自由を奪っていた。
――ジェンティアン伯爵が、ずっと婚姻を反対し、婚約で時間を稼いでくれていた。
「奴らは、魔法使いに人権を与えていない。
それゆえ数年もしないうちに、リアの立場に苛立ちを募らせ始めた。自分勝手も甚だしい」
ライラックは、つい語尾に苛立ちをのせてしまった。それほどまでに、同じ王族として憎らしい。




